クリムゾン†レーキ
…60、真の的
「すまなかったね。
力になれないで。
あんたたちがロイ坊に第三研究所から救出されたと聞いたときにゃ、死体が見つかっただけなんじゃないかと肝を冷やしたよ。」
アメストリス中央軍病院は、セントラルにある、アメストリスで最も大きな病院である。
その病棟の一室、エドたちが入院している病室で、そう切り出したのは、見舞いに来たマダム・クリスマスだった。
四人部屋の中には、エド、ヒューズ、ブレダ、ハボックがベッドで寝ており、アルがエドのベッドの脇のパイプ椅子に座っている。
マダムが窓枠に寄りかかっているのを、全員が見ていた。
「俺たちも思いもよりませんでしたよ。
まさか、ロイに助けられるなんて。
それに、今回の第三研究所の一件や、それ以前の動きは、俺たちが勝手に動いたですから、この負傷は自業自得です。
協力体制にあったマダムに作戦を相談しませんでしたし。」
そう言うヒューズは上半身を起こした状態のベッドに横になっていた。
腕には点滴が刺さっており、失った左手には包帯が巻かれている。
その他の細かい怪我にもきちんと処置が施され、絆創膏や脱脂綿が至るところにくっついていた。
「そんなことないんだよ、マー坊。
私にかかれば、やろうと思えば軍内部だって、国外だって、いくらでも調べることは可能なんだよ。
あんた達の動きも、実のところ把握はしていた。
だけど…、ちょいと今回、脅されちまっていてね。
動けなかったんだ。」
マダムがため息をつきながら言った脅しという言葉に、その場にいた全員がギョッとする。
「マダムを、脅す!?
そんな事ができるやつがいるんですか!?」
一番びっくりしたのはヒューズだった。
士官学生の頃からマダムに可愛がられたヒューズは、マダムの強さをよく知っている。
「年は取りたくないもんだねマー坊。
この私が脅しに屈してしまうなんて。
情けないったらないよ。」
悔しげなマダムは、うつむき加減で言う。
「誰になんて脅されたんだ?」
そう言うエドはベッドの上で胡座をかいて座っていた。
大事をとって入院しているため、小さな絆創膏ぐらいしか処置はされていない。
「私の店の女の子…、ヴァネッサっていう子だったんだけど、その子が…見せしめに殺されちまった…。
私が軍を止めた時からそばにいてくれてるベテランだったんだけどね。」
殺されたと聞き、エドはさっと青ざめた。
「…エリザベス…いや、ホークアイ中尉の葬式の後、ロイ坊が店に客としてやって来てね。
バーカウンターで酒を飲みながら、私に手を引けと言ってきたんだ。
もちろん、私は断った。
そしたら、ロイ坊は私の前に血糊がついたヴァネッサのブローチを差し出してきてね。
他の子たちもこうしたくはないだろうと、言いながら。
確認したら、ブローチは本物でついていた血糊はヴァネッサのものだった。
その後…無惨な焼死体の遺体も確認されたんだ。」
エドは悔しげに奥歯を噛んだ。
「焼死…大佐が直接手を下したのか…っ」
マダムは寂しげな瞳になる。
「ずっと私についてきてくれた子だから、ロイ坊とも親しかったんだけどね。
容赦ないよ、…全くあの馬鹿息子は読めないね。」
マダムのため息から、そのまま言葉を失った室内に、ゴンゴンというノックが響いた。
「アームストロング少佐であります。
ヒューズ中佐はいらっしゃいますか!?」
慌てたような口振りのアームストロングに、ただならぬ気配を感じて、ヒューズはチラッとマダムを見た。
マダムもうなずき、ヒューズはアームストロングに中に入るように促した。
「失礼いたします!
これは…、マダム・クリスマスもいらしておりましたか!」
慌てぎみで入ってきたアームストロングは、マダムがいると思わなかったのか、少しおどろいたようだ。
アームストロングは軍服をキチンと着こなしていたが、やはり至るところに包帯や絆創膏などの処置の跡が見られた。
アームストロングは怪我を押して、軍に出勤し、軍内部のその後の動きをおってくれているのだ。
「あたしには構いなさんな。
何か大事な報告なんだろう?」
アームストロングはマダムに対して敬礼した。
「はっ!
報告なのですが、現在、<第三研究所大量殺傷爆発事件>として捜査中のあの事件の犯人について、公式見解に動きがありまして…。」
アームストロングの言葉に、その室内にいたものたちはハッとした。
捜査の流れによっては、今回のヒューズの作戦に乗っていた誰しもが、真犯人として仕立てあげられて検挙されかねないのだ。
ヒューズは眉間にシワを寄せながらアームストロングを見る。
「ついにきたか…。
それで?
俺の名前でも槍玉に挙げられたか?」
「いえ…それが、真犯人は留置所から脱獄した、ハイエスト・プレイスである、と公式に発表されました。」
病室にいた誰しもが、その予想外の<真犯人>に驚いた。
「ハイエスト・プレイスって、ウィルファットで連続殺人していた奴だろ?
俺とアルと…ホークアイ中尉で捕まえた。」
エドが面食らった顔で言った。
「元薬剤師の犯人でしたよね。
たしか、ジブリールって製薬会社の。」
アルの言葉に、アームストロングが頷く。
「うむその通りである。
アルフォンス・エルリック。」
納得いかないヒューズが苦い表情で言った。
「しかし、やつと第三研究所は関係がないだろう。
しかも、東方にいるんじゃなかったか?」
アームストロングも困った顔をした。
「それが…ハイエストは、あのウィルファットの事件の裁判にかけられるため、セントラルに護送されてきていたとされています。
そして、昨晩、ハイエストは留置所から脱走したと。
逃亡中のハイエストが、偶然第三研究所に目をつけて忍びこみ、たまたま招集されていた研究員たちを虐殺。
貯蔵していた燃料に火をつけ、爆発させたということになっているらしいのです。」
マダムもこの話は初耳らしい。少し腹を立てたように言う。
「マー坊とアームストロング少佐は、鎧のバリーと戦ったって話じゃないか。
実際、あんたは第三研究所で何人もに目撃されている。
犯人と戦ったとして聞き取りはされなかったのかい?」
アームストロングは力なく首をふる。
「それが、いくら言葉を重ねようとも変えられぬ事実があるのです。
マダム。」
マダムはアームストロングの言葉にぴんときた。
「…なるほど、ハイエストの死体が第三研究所跡から発見されたんだね?」
アームストロングは頷く。
「はい。
我輩とヒューズ中佐が相対したバリーは、体のない鎧の状態でした。
アルフォンス・エルリックを知っている我々にとって、魂のみの存在は普通に存在を認めることができますが、公式に存在を一から証明するとなると、我々国家錬金術師でも容易ではありません。
アルフォンス・エルリックには申し訳ないが、その状態では爆死したとしても、ただの壊れた鎧が残るのみ。
裁判の上で、鎧の残骸からでは、死刑になったはずのバリーの存在を証明することは極めて困難です。
それに比べ、ハイエストの遺体は…我輩が部下の救出時に、研究員のものと勘違いし、我輩自らが救出しております。
存在さえ証明できないものと、はっきりと実物を示すことができるものでは、後者の方が説得力が勝ります。」
ヒューズは苦々しげに舌打ちした。
「時間を稼がれたとは思ったが、まさか証拠を隠すためじゃなくて、凶悪犯を脱獄させる為とはな。
完璧に一本取られたぜ。」
ヒューズは失った左手をつい動かしてしまい顔をしかめる。
「ハイエストの捜索に当たっていたマスタング大佐がいち早く現場に急行し、別任務で第三研究所を捜索中だったヒューズ中佐の軍法会議所の部隊を救出した。
このようなストーリーで一般には公表するようです。」
「なるほど。
巻き添えくって生きているのはだいたい病院で缶詰だから、好き勝手話をつくりやすいってことだね。
だけど、その流れでは犯人に仕立てあげられるってことはなさそうだ。
そのストーリーに異議申し立てしなければ、この件は追求を食らわないだろう。
だけど、問題はその次だね。」
エドは怪訝そうな顔をした。
「…次?」
エドの言葉にマダムは頷く。
「そう。
いいかい?これまでなことを、ようく考えてごらん。
今回の話じゃ、捕まえていた殺人犯を逃がすのにかなり手際がいい。
時間稼ぎと平行して命令がでていたんだろうね。
第三研究所だって、資金を得るための隠れ蓑にしていたのに簡単に切り捨てている。
その地下にあったという秘密通路も、かなりの規模だと聞いてるし。
前の話じゃ、悲鳴が聞こえるなんて怪談や、薬の成分を変えろなんて命令や情報操作もしている。
そして極めつけはエリザベスの言った、上は全て黒。
なら、てっぺんだけキレイなわけないだろう?
お前たちの敵は大総統府、ひいては、大総統その人だよ。
病院の中で殺されないように気を付けるんだね。」
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続く