クリムゾン†レーキ
…58、人有らざる者の心
「ぬりゃぁぁぁあっ!」
アームストロングが大きな瓦礫を錬成して踊り場を作り上げると、その先にはまだ崩れていない空間が待っていた。
どうやら、研究所の地下一階のようである。
ここでも爆弾は爆発したらしく、煤で通路は真っ黒、遺体は炭になっていたが、建物の崩壊はしていなかった。
「まだ崩れていないが、時間の問題か。
アームストロング少佐、少し補強をしてくれないか?」
ロイが持ってきたランタンで通路を照らしながら言う。
アームストロングは言われた通りに通路を補強した。
こういった軍関係の建物は、ゲリラなどに侵入された時に簡単には占領されないよう、階段や廊下が普通の建物のような便利な作りになっていない。
いりくんだ通路と、何階かごとに場所がちがう階段になっているのだ。
ここの階段は地下一階までしか続いていない。
さらに下を目指すためには、地下二階へ続く階段の場所まで行って錬成したほうが無難であろう。
「行こう。」
ロイとアームストロングはさらに奥へ進む。
他の部下は連れてこなかった。
電気は断絶しているので、闇が広がる。
アームストロングは明かりを持ち、先にたつロイの背中を見ながら、ロイの真意を考えあぐねていた。
ロイには、生き埋めになる可能性のリスクを背負ってまで、ヒューズやエドたちを捜索する価値はないはずだと思ったのだ。
「不思議か?
アームストロング少佐。」
背中を向けたまま、ロイが言った。
心を読まれたとも思ったが、予想することは難しくないかと思い直す。
「不思議です。
我輩には、マスタング大佐が何をなさりたいのかが解らない。
貴方にとって、…鋼の錬金術師ならばともかく、ヒューズ中佐はただの邪魔な障害でしかないはず。
しかし、貴方が我輩に提案したのは、ヒューズ中佐を助けるための救助要請でした。
鋼の錬金術師ではなく。」
ロイは三歩分ほど何も言わなかった。
「言葉のあやとは思わないのか?
私は、鋼の錬金術師が中にいることを知らなかった。」
アームストロングは首をふる。
「貴方はご存知のはずだ。
何もかも。」
先に突入した三人から、第三研究所の窓からロイが見えたという報告があったことはアームストロングも知っていた。
三人同時に見たのならば、見間違いではないだろう。
何もかも知っていた上で、爆発した直後にタイミング良く駆けつけた風を装っているとしか思えなかった。
「ふふふ、ははははっ!
それは買いかぶり過ぎだな、アームストロング少佐。
全てお見通しなんて無理だ。
私だって、限度はあるよ。
ただ…、その限度のなかで」
ロイは不意に振り向いてアームストロングを見上げた。
「私がやるべきことを精一杯やる。
それが私だ。」
アームストロングはぎょっとした。
あまりにロイの目が真意に満ちていたから。
今、目の前に立つ人物は、何者なのだろうか。
「私にとって…」
ロイは再び前を向く。
その向きざまに、ロイは言う。
「ヒューズは大切な友人なんだ。」
★★★★★
「ヒューズ中佐!」
アルは傷口を押さえながら倒れているヒューズに駆け寄った。
「あ、ある…か」
ヒューズは貧血で青くなった顔を上げてアルを見た。
「動かないで!
今、止血しますから!」
アルがヒューズの切断された左手にかがみこむ。
鮮やかとさえ言える切り口で、筋肉繊維から骨に至るまで綺麗に切断されている。
「悪いな…。
こんな情けない姿見せちまって…。」
「そんな、情けないなんて!
…血がだいぶ流れてしまっています。
ちょっと止血するときに痛いかもしれませんが、我慢してくださいね。」
アルがヒューズの腕の下に手早く錬成陣を書きながら言う。
「アルは生体治療ができるのか?」
その様子を見ながらヒューズは聞いた。
「応急措置程度は父に習いました。
止血だったら自信があります。」
アルは言いながら細かい記号をチョークで書き入れていく。
アルの言葉を聞いてヒューズは何か思い付いたようだ。
「じゃあ、止血の加減とかも、自由にできるのか?」
「え?
はい、まぁ。
怪我にもいろいろありますから。」
ヒューズはアルの言葉に、ニヤリと笑った。
「じゃあ、止血、こうしてくれ。」
ヒューズがアルの鎧に手を当ててこっそりと耳打ちするように言った。
ヒューズの言葉を聞いてアルはぎょっとする。
「そ、そんな!
危険です!」
しかし、アルの否定も、ヒューズには予想の内だった。
「危険なのは承知の上!
このまま長引けば殺られるのは俺たちだ。
手があるならなんでも試してみよう。
だから、頼む。
アルは俺のこと、手遅れなんかにゃさせねぇだろ?」
アルはヒューズを睨んだ。
「そんなこと言われたら…断れないじゃないですか!
絶対、絶対手遅れなんかにさせませんからね!
死なせたりしませんからね!?」
泣きそうな声でアルが言った時、壁の反対側でものすごい銃撃の音が始まった。
分厚い壁の向こう側でブレダがガトリング砲を発射したのだ。
「アル、頼む!」
銃声の中、ヒューズが叫んだ。
アルが描いた錬成陣から、錬成光が弾ける!
★★★★★
ブレダが横に飛び退いた瞬間、撃ち尽くされたガトリング砲はラストの爪によってバラバラに破壊された。
「こざかしいわ。
進化した人間である私たちにたてつこうなんて、あなたたちには到底無理な話なのよ!」
逃げるブレダの背中を狙い、ラストの爪が迫る!
「俺だって人間だぜ!?」
ラストとブレダの間にエドが飛び込む。
やはりラストは繰り出していた爪を慌てて引く。
「邪魔をしないでって言ってるでしょう?
鋼の坊や!」
エドは刃に変えたオートメイルをラストに向ける。
「最初にあんた言ってたよな。
ブレダ少尉たちは殺さなきゃしかたないけど、俺たちは自由を奪うだけで拘束しておくって。
錬金術師である俺たちのほうがよっぽど監禁するには厄介な生き物のはずなのにな。
それだけ、俺たちはあんたらにとって生かしておきたい人間らしい。
今だってさっきだって、俺が間に入った時、あんたは攻撃を止めた。
使わない手はないだろ?」
ラストは小さく舌打ちした。
「人柱だからと言って容赦はしないわ!
生きてさえいれば、事足りる!」
ラストは今度こそ手を止めずエドに切りかかる。
狙うのはオートメイルの左足だ。
「させない!」
アルが壁の裏から現れ、ラストの腕に、錬成した細い鎖分銅を何本も巻き付けた。
ぎしっと音を立ててラストの腕が止まる。
「アル!助かった!」
青くなったエドが体勢を立て直して弟に礼を言った。
鎖は壁から伸びている。
ラストは腕ごと鎖を斬ってしまおうと、縛られていない左手の爪を伸ばした。
ラストがその左手の手の甲に、どすっという衝撃と痛みが走る。
ラストが驚いたように見れば、手の甲にはヒューズのナイフが突き刺さっていた。
「ナイフは使いきらせたはず…!」
ラストが振り向けば、ナイフを投げたのは床に倒れたままのハボックだった。
投擲ナイフが落ちているところまではって移動したのだ。
「ジャン!」
ラストが苦々しげに名前を呼ぶ。
ハボックに気をとられている隙に、エドもラストに向かって鎖を錬成し、ナイフが刺さったままの左手を拘束した。
「ぐぅっ!」
磔(はりつけ)にされたラストの頭に向かって、ブレダが銃の台尻(だいじり)を振り下ろす!
鈍い音と手応え。
普通ならば頭蓋骨が陥没しあの世行きだが、ラストはそれでもまだ倒れない!
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続く
あああ、書いてて思う!
ラスト姐さん…、人間と戦わせると困るくらいに強い…。