このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

クリムゾン†レーキ


…57、戦うものたち


「しっかりしろ!

生きる気力を持て!」

アームストロングは、崩れはてた第三研究所の瓦礫の山をかき分け、一人でも多くの部下を救おうと、自らの怪我を圧して救助活動を行っていた。

「ぬぅ!」

天井の一部であろう大きな瓦礫の下に、青い軍服の足が見える。

「今、助けようぞ!」

アームストロングは重い瓦礫を両手で掴み、筋肉を躍動させて瓦礫を引き上げにかかる。

「ぬりゃぁぁあっ!」

音をたてながら、大きな瓦礫が動いた。

「無事か!?」

アームストロングが瓦礫を脇に除けてから、倒れていた部下に振り返る。

そこにいた部下の一人は、仰向けに倒れていた。

肩から腹にかけて瓦礫が直撃したのだろう。
押し潰された肩はひしゃげ、胸は陥没し、体の下にはひどい血だまりができている。

明らかに、すでに絶命していた。

先ほどから、何人瓦礫のなかから救出しても、手遅れだった。

アームストロングは顔を歪めて、部下の遺体を胸に抱く。

「ぬぁぁぁあああっ!」

崩れた瓦礫が、部下の遺体が、血に染まった体が、地獄の戦禍の中にいるのだと、アームストロングを錯覚させた。

イシュヴァールの恐怖が、アームストロングを縛る。

恐怖がアームストロングの精神を破壊しようと…。

「アームストロング少佐!」

その時、アームストロングは肩を強く掴まれてハッとした。

「しっかりしたまえ!」

目の前にいたのは、ロイだった。

厳しい顔でアームストロングを除きこんでいる。

「ま、マスタング大佐…。」

アームストロングが自分を認識したことに、ロイは安堵のため息をつく。

だが、そのほっとした顔もすぐにかききえた。

「生存者は…、君だけか?」

ロイがアームストロングが抱いていた部下の死体に視線を向ける。

「何故…、貴方がここにっ」

アームストロングは装備したままだった手甲を握る。

ロイはそんなアームストロングを、片手を翳して牽制した。

その手袋には、黒い革手袋がはめられている。

「心配しなくていい。

私は…、いや、我々は君たちと研究員の救出にきた。

争うべきは今ではない。

アームストロング少佐も負傷しているようだが。」

ロイの言葉にアームストロングは情けない顔になったが、やがて悔しそうにうなだれた。

「我輩の負傷は、たいしたものではございませぬ。

今のところ確認している生存者は、我輩だけです。」

ロイはアームストロングの肩においた手に力がを入れた。

「しっかりせんか!

君には、まだやって貰わなくてはならないことがある。

いや、君にしかできないことがあるのだ。

気を強く持て!」

ロイの強い視線に真っ向から睨まれ、アームストロングは頷く。

「申し訳ありませんでした。」

ロイはアームストロングの肩を掴んでいた手を離した。

「うむ、今、救助している最中だが、瓦礫に阻まれて作業が難航している。

負傷しているところに無理を言うが、手を貸してほしい。

ヒューズ達を助けたいだろう?」

ロイの言葉に、アームストロングは、はっとする。

しかし、ロイの意図するところが読み取れず、怪訝な顔をした。

「なぜ、そのようなことを。

今の貴方にとって我々は…。」

ロイはスッと目を細めた。

「今の私を敵だと認識したいのなら、勝手にするといい。

だが、その場合、ヒューズ達は助からない。」

アームストロングは致し方なく、ロイの言うことを聞くことにした。

「…我輩は、何をすればよろしいのですか?」

ロイがにっと笑う。

「よく決断した。

軍法会議所から来た部隊は人数が少なく、まだ地下までいっていなかったのだろう?

あらかためぼしはついている。

だが、ヒューズだけは何処を探しても発見できない。

地下だとすれば、まだ地下まで道が確保できておらん。

アームストロング少佐には、地下への道を錬成してほしいのだ。」

アームストロングは一瞬考えたが、あのときヒューズが向かった通路の先は地下への階段があったはず。

ヒューズやエドたちが崩落に巻き込まれている可能性を考えると、一刻の猶予もないのは明らかだった。

ロイの言いなりになるのは危険に思われたが、致し方なくアームストロングは頷いた。

「承知、いたしました。

して、どのように錬成するのが適切だと考えておられますか?」

ロイはスッと瓦礫の山の一角を指差した。

「あそこに歪んだ手すりがあるのが解るかね?

見取り図でいうとあそこが階段のはずだ。

生存者がいることを考えて、階段を踊り場ごとに区切るように錬成して貰いたい。

いけるか?」

アームストロングはそっと部下の遺体を地面に寝かせると、すぐに立ち上がった。

「我輩の心配などご無用。」

アームストロングは瓦礫を掻き分けて、ロイが指差した手すりに近づく。

たしかにそこにはかつて階段があったようだが、今は完璧に瓦礫で埋もれていた。

周りを確認すれば、青い軍服を着た軍人たちが、瓦礫の山の中から遺体を掘り出しているのが見えた。

距離があるので、錬成に巻き込む心配はなさそうだ。

知った顔はいない。

アームストロングは息を整えて、軍法会議所で確認した見取り図を思い描く。

「ぬぁぁぁあっ!」

アームストロングは気合いとともに、元階段へ手甲をつけた拳を振り下ろした。

アームストロングの拳から錬成光が走り、崩れ落ちていた階段を、最初の踊り場まで復活させる。

「よし、その調子で頼む。

いくぞ!」

アームストロングが錬成した階段へ、ロイは疑うことなく降りて行く。

アームストロングはそのことに少し驚きながらも、ロイの後に続いて、自分が錬成した階段を降りていった。


★★★★★


エドは、壁を錬成し、まずヒューズとラストを隔てさせた。

続いてアルが走りだし、エドは、アルが安全にヒューズにたどり着ける道を確保するため、ラストを迂回させながら伸ばした壁で道を作る。

「ちょこざいな!」

ラストは壁の向こうで倒れているはずのヒューズを仕留めてしまおうと、腕を振り上げる。

しかし、振り下ろすよりも早く、ラストの背中に激痛が走る。

ラストが振り返ると、銃を構えたブレダが見えた。

肩を負傷しながらも弾をこめなおしたらしい。

「くっ」

背後と左右には壁が伸びているため、ラストは逃げることができない。

続いての一発が、額を撃ち抜いた。

「ただの人間が…」

ラストは一瞬仰け反ると、体勢をすぐに立て直し、発砲を続けるブレダに向かって駆け出した。

「細切れにしてあげるわ!」

ブレダはまた二発ほどラストを撃つが、一発を腹に、一発を胸に受けてもラストの足は弛まない。

逆に無理をしたブレダの肩から血がにじむばかりだ。

ラストが爪を構える。


「死ね!」

「させるかぁぁあっ!」

エドが叫びながらラストとブレダの間に割って入った。

今まさにブレダへ爪を振り下ろそうとしていたラストが、ギクッとしたように動きを止める。

エドはラストの腹を蹴りとばしてラストにたたらを踏ませ、その隙に自分の目の前に、床から生える巨大なガトリング砲を錬成した。

エドはすぐに銃口をラストに向けるが、一瞬怯む。

それを見たラストは、エドにニヤリと笑ってみせた。

「ふふふ、鋼の坊や。

貴方は撃てるのかしら?

私という人間を、殺すために。」

ラストが言った通りだった。
エドは引き金が引けなかったのだ。

「大将!退け!」

エドが躊躇(ちゅうちょ)してしまったのを見たブレダは、エドを押し退け、代わりにガトリング砲を発射した。

流石にブレダの射撃は容赦ない。

弾の限りに連射するガトリング砲は、鉄の雨をラストに浴びせた。

背後にある通路のために錬成された分厚い壁の表面も、あっという間にぼろぼろになっていく。

さすがに貫通はしなかったが、壁の後ろのアルとヒューズはさぞや恐ろしいことだろう。

床から急ごしらえしたガトリング砲の弾が尽き、ブレダがいくら引き金を引こうと硝煙をたなびかせることしかできなくなっても、ラストは銃痕の屏風の真ん中で、錬成光をあげながら立っていた。

乱れた髪をかきあげて、口から流れた血を舐める。

「死にはしないけど、痛みはあるのよ?

肉片から復活させるなんて、酷いじゃない。」

ブレダの顔が完全にひきつる。

ガトリング砲を連射した衝撃で、ブレダの止血していたはずの傷は、背中に模様を描くほどの出血をしていた。

「完全に、ばけもんだな…。」

ブレダが息を切らせながら言う。

「ふふ、残念だったわね。

まだよ。

私は、まだまだ死なない!」



クリムゾン†レーキ:58へ続く
57/72ページ
スキ