クリムゾン†レーキ
…53、血塗られた場所
ヒューズとアームストロングの前に現れたバリーは、右手に持った出刃包丁で肩をとんとん叩きながら、二人を値踏みするように観察した。
「うーん、平均的な軍人体型と筋肉質な大男か。
メガネのおっさんよりも、大男の方が切り分けがいがありそうだなぁ。」
ヒューズは鎧のバリーを見て、冷や汗が背中に伝うのを感じた。
「バリーだと?
アルが第五研究所で見たって言ってたが…。
マジもんででてくるとはな。」
アームストロングも油断なく、手甲をした拳を構える。
「では、この研究所の死体は全てこやつが…。」
ヒューズは頷く。
「だろうな。
正気のさたじゃないと思っていたが、本物の連続殺人鬼の仕業となれば、見事な仕事としか言えねぇ。
たいそう楽しかっただろうよ。」
ヒューズの言葉をちゃんと聞いていたらしいバリーが、肩をすくめる。
「ちっちっち、ちょっと違うぜ。
なんたって、今はまだ、オタノシミの最中なんだからなぁっ!
ゲハハハハ!
この建物の中の研究者と、次に入ってきた奴はみぃんなぶったぎれって命令だがらな!
安心しな。綺麗にさばいてやる。
ゲハハハハ!いくぜぇ!」
バリーは両手の出刃包丁を構え直すと、ヒューズに向かって跳躍した!
アームストロングは咄嗟にヒューズとバリーの間へ分厚い壁を錬成する。
「おろ?」
バリーは仕方なく壁の手前に着地した。
ヒューズが立っていた場所と、アームストロングとバリーがいる場所が完全に隔てられ、通路は通れなくなっていた。
「ヒューズ中佐!
この場は我輩にお任せを!
中佐は先へお進みください!」
アームストロングがバリーを睨み付けながら、ヒューズに言う。
ヒューズはすぐにアームストロングの意を組んで、この場を任せることにした。
「わかった!
後は任せた!」
そう言ってヒューズは奥へと駆け出す。
「承知!」
アームストロングはバリーに向かって目を細めた。
「あーあー、手間増やしてくれちゃって。
俺、あんまり時間ねーんだけど。」
バリーがボヤいた。
「豪腕の錬金術師、アレックス・ルイ・アームストロングがそなたの相手である!
我が鉄拳に屈すがよい!」
アームストロングは上着を豪快に脱ぎ捨て、バリーに挑みかかる。
「おお、本当に切り分けがいがある奴だ。
面白い、いくぜぇっ!」
バリーの包丁とアームストロングの手甲が火花を散らす!
★★★★
一方で、ヒューズは研究所内を奥へと進んでいた。
廊下には、エド達のものと思われる足跡が、三人分ついていて、ヒューズの道しるべになっていた。
アームストロングが通路を塞いでしまったため、バリーとアームストロングが戦っている場所より奥には、ヒューズしか来ていなかった。
好都合と言えなくもないが、その分、自分の身は自分で守るしかない。
ヒューズは銃を構えながら、慎重に身を隠しながら、地下一階への階段を下りていった。
★★★★
エド、アル、ブレダの三人は、暗い地下通路を進む。
灯りはたまに壁にあるちいさな非常灯しかなく、かえって闇の中になにかがいそうな気にさせた。
それでも、ぼんやりと通路が見える程度には明るくしてくれているのは、とても助かる。
錆びた鉄扉の音は少しずつ近くなっているようで、よりはっきりと、より耳障りになっていた。
「もう少しみたいだな。すぐ近くに聞こえる。」
エドがぼそっと言う。
ブレダもアルも同じことを考えていたらしい。
三人の間により緊迫した空気が流れた。
「あれ、か?」
ブレダがピタリと足を止めて、アルとエドも見てみろとばかりに顎でしゃくった。
微かにカーブした通路のもう少し奥に、ひしゃげた鉄扉がわずかに揺れて、例の音をたてていた。
扉のなかは見えないが、開いた扉は、おいでおいでと明らかに手招きしている。
ブレダがチラッとエドたちに目を合わせる。
二人は無言でうなずく。
闇が手招きする扉へ、踏み出す!
★★★★
狭い通路の中で、バリーとアームストロングの一騎討ちが続いていた。
バリーはアームストロングの頭に向かって、牛刀を振り下ろす!
しかし、アームストロングは半身体を横に流しただけでその刃を避け、その勢いを使い、手甲をつけた拳で、バリーの肩を殴りつける。
バリーの体は、はものの見事に飛んで、廊下に積んであった木箱をなぎ倒す。
バリーは木屑をバラバラこぼしながら、素早く立ち上がった。
生身なら気絶ぐらいしていそうだが、体がないバリーには、ただ投げられたみたいなものだ。
「だーっ!
もぅいいかげんさばかれろ!おっさん!
キレイに筋とってやっから!」
バリーの言葉を無視したアームストロングは、床から無数の円錐を錬成し、バリーの足元を狙う。
「おっとあぶねーな!」
バリーは木箱があった場所からすぐに離れ、円錐は木箱しか貫けなかった。
「うねぅ、狭い通路では、動きが制限されていかんな…。
まぁ、それはやつとて同じだが。」
錬金術が使えるアームストロングの方が優勢と思いきや、その隆々とした筋肉には細かい切り傷が無数につけられていた。
卓越した体術と錬金術があるアームストロングでも、バリーはなかなかに手強い相手である。
しかも、向こうはアームストロングを殺してもなんの害もないが、アームストロングの方はバリーを生け捕りにして、情報を吐かせたいと考えていた。
アルから、バリーは血印で魂を繋がれていると聞いている。
迂闊な手をつかえば血印を破損しかねない。
「やっかい極まりない。」
アームストロングは、切り込んできたバリーの刃を後退して後ろに避けた。
着地した瞬間、アームストロングの足が、廊下に広がった地だまりで滑る!
「ぬおっ!?」
アームストロングが悲鳴を上げ、まともにバランスを崩す。
「ちゃーんすっ!」
バリーが目を輝かせて、アームストロングへ包丁を振りかぶる。
「アームストロング少佐!
危ない!」
叫びながら、倒れたアームストロングとバリーの間に入った部下が、バリーに向けて立て続けに発砲する。
「いかん!そこを退け!」
アームストロングの声と、
「ひゃーっはぁっ!
そんなちゃっちいオモチャじゃ、俺様は殺れねぇぇよぉぉお!」
バリーの歓喜の声が重なった。
アームストロングから恐怖に震える軍人に標的を変えたバリーは、生身であったなら、したなめずりでもしていたに違いない。
バリーの凶器は、勇気ある軍人の体をいともあっさりと切り伏せた。
「あ゛ぅっ」
軍人は悲鳴というよりも、肺から絞り出された空気を吐いて、頭から股間までが二つに分かれながら倒れた。
倒れた部下の血が、アームストロングにも飛んだ。
「き、きさまぁぁぁあっ!」
アームストロングが怒りに燃えた声で吠えると、バリーの兜をひしゃげるほど殴り付けた。
「ぎゃぁっ!」
怒りの鉄拳が直撃したバリーは、変な悲鳴を上げながら壁にぶち当たった。
アームストロングは勢いを緩めず突進する。
バリーはすぐさま起き上がり、突進してくるアームストロングに、真っ向から出刃包丁で切りつけた。
「うりゃぁぁあっ!」
「ぬぉぉおっ!」
真っ向からぶつかったアームストロングの手甲とバリーの出刃包丁。
勝ったのはアームストロングの方であった!
手甲にまともに当たった出刃包丁の刃は、見事に砕けた。
アームストロングの拳の勢いはそれでも衰えず、出刃包丁を持っていた鎧の右手の根元まで破壊する!
「俺の腕っ!?」
驚愕の声を上げるバリーの目の前に、アームストロングが仁王立ちになり、まさに仁王の形相でバリーを睨み付けた。
「観念するがよい!
バリーよ!
さもなくば、我が拳に打ち砕かれよ!」
アームストロングはいつでも振り抜けるように、バリーの目の前に拳を突きつけた。
一方、バリーの方はと言えば。
「け、けけけけ…
ひゃーっはっはっはっはっはっはっはっは!
いいねぇ、いいねぇぇえ!
さばきがいのありそうなおっさんよぉぉお!!」
バリーは箍(たが)が外れたかのように、笑い狂う。
アームストロングは警戒しながらいぶかしむ。
「残念、残念、残念だぜぇえ!
あんたいいよ、強い!
強い強いなぁ!
あぁ、あんたを綺麗にさばいてみたかった!
さばきたかった!
あー、勿体ねぇ勿体ねぇ!
もっと時間に余裕があったらなぁ!」
けたけたと笑うバリーの異常さに、アームストロングは言い知れぬ不安を覚えた。
バリーはひしゃげた兜をカタカタと震わせ笑う。
まるで戦場に磔のまま放置された、しゃれこうべのように。
そういえば、バリーは最初から時間があまりないと言っていなかったか?
「ゲハハハ、きちんとあんたを解体してやりたかったけどなぁ。
ちょっと間に合わなかったなぁ?
俺も、おっさんも!」
バリーはそう言うと、残っていた右手の包丁を放り出し、鎧の前の留め具を弾くように外すと、アームストロングの目の前で鎧の胸から腹の部分を扉のように開いた。
アームストロングの目の前、バリーの腹にあったものは、大きな時限爆弾。
「ー!!」
爆弾にセットされていた時計の針が、頂点を指した。
「ひゃははははっ!
あーあ、もっと殺したかったなぁー…」
「いかんっ!伏せろ!」
アームストロングの悲鳴とバリーの体が閃光につつまれたのは、ほぼ同時であった。
★★★★★
ヒューズは、地下道の入り口にまで到達していた。
開けられている金網の扉の前で、エドたちの後を追うかどうか考えているところである。
「多分、ハボックがこの先で捕まっているなら、やはり脱出してくるのはここだろうな。
行くか、いかざるべきか…。
証拠をつかむ為にはいっといたほうがいいんだが、安全を考えるとなぁ。」
考えているヒューズの耳に、遠くで爆発音が聞こえた。
地下ではなく、上からのようだ。
「何だ!?」
ヒューズがはっと階段を見たした瞬間、背後にあった倉庫が爆発した。
クリムゾン†レーキ54へ
続く