クリムゾン†レーキ


…52、手招き

エド、アル、ブレダの三人は、まっすぐに第三研究所へと向かい、警戒しながら慎重に入り口の扉を開けた。

『っ!』

そして、三人ほとんど同時に息を飲んだ。

入り口から見て、廊下や研究室は斬殺された死体の山だったのだ。

エドの不吉な予感は当たってしまったことになる。

着用者の血で赤黒くそまっているが、白衣を着ていることから、この研究所の職員であろうことを伺わせる。

入り口から室内を見渡しただけで、ざっと五人以上は倒れていた。

「ひ、ひどい…!」

アルがひきつった悲鳴を漏らす。

「なんてこった!」

ブレダも奥歯を噛み締めて唸るような声だ。

血だまりが海のように広がった廊下を進まなければ、どこにも行けそうにない。

「この建物はでかい。
犯人もさすがに皆殺しはできていないだろう。

隠れている人間を探して犯人がうろついてないとも言い切れない。

気を付けろ。」

ブレダの言葉にエドとアルは慎重に頷く。

ブレダも、ハボックがこうなっていないことを祈り、そして一刻も早く確認したいのだろう。

その声色のなかには、近しい人間でないとわからないほどかすかにだが、焦燥が滲んでいた。

三人はロイを見かけた3階の部屋を目指そうと、エドの案内で階段を上がりかける。

階段の手前に、建物のおおざっぱな地図が掲示してあった。

ブレダはその地図で現在地と、エドが道順を教えてくれた部屋を確認し、最後に眉を潜めた。

「やっぱりおかしいな。」

「何が、ですか?」

ブレダは地図で庭と書かれている場所を指差した。

「ハボックの現在地をしめす発信器の電波なんだが、この第三研究所のここらへんから弱々しく感知しているんだ。

だけど、軍の見取り図で確認しても、この地図でも、この辺りには何もない。

見取り図で見たが、地下室もここの下にはなかったしな…。」

多少考えこんだブレダだったが、銃を構えて先頭に立ち階段の一段に足を乗せた。

その時、今までなんの音もしなかった研究所内のどこかから音が聞こえた。

それは金属同時が擦れてきしむような、キィキィという音だった。

三人は音を立てないように止まり、その音に耳をそばだてる。

近づいてくるような音ではなく、一ヶ所でなり続けているようだ。

ブレダが階段に乗っていた足を下げる。

「…今までなんの音もしなかったんだ。

いってみよう。」

エドはオートメイルの手甲部を剣に錬成して、ブレダに頷き返す。

三人は小さくきしむ金属音を頼りに、音がする方へと研究所の廊下を進んだ。

進めば進むほど気が滅入る光景が続いた。

階段に仰向けで倒れた死体や、机におおい被さるように事切れた死体。

腕や足が無かったり、逆に腕や足だけ転がっていたりもした。

まさに地獄のようである。

エドたちはむせかえりそうな血の匂いの中、奥へ奥へと進む。

耳には時折聞こえる金属音と、血だまりを進む気持ち悪い足音、そして緊張して早鐘をうつ心臓の音しか聞こえない。

あれきり、誰も口を開けていなかった。

やがて地下へと続く階段を見つけた。

どうやら、金属音は地下で鳴っているらしい。

転げ落ちたのか、踊り場を塞いでいる、首があらぬ方向に曲がった死体を跨いで通り、階段を慎重に降りていく。

地下だという先入観からだろうか。もともと窓が少ない建物だったのだが、よけいに閉塞感がまし、ひやりとする肌寒い冷気には、生きている人間を押し潰してしまおうとする重さがある気がした。

地下一階の廊下を進むと、だんだん死体の数は減っていった。

普段はあまり使わないような場所なのだろうか。

壁に寄りかかった首がない死体の脇にあった、さらに下に下がる階段には、もう死体は転がっていなかった。

下に行く階段の先から、金属音ははっきりと聞こえてきている。

一行は再びそろそろと階段を下りた。

下りきって角を曲がった先には、短い廊下が待っていた。

まっすぐに進むと倉庫と書かれた鉄の扉が。

そして廊下の左側の壁には、頑丈な鉄線で作られた、武骨な扉があった。

壁は扉二枚分、四角い穴が開いている状態で、扉はそれを塞いでいる。

鉄わくに鉄線を張ってある、フェンスのような両開きの扉であった。

その扉の片方が、開いて耳障りな音を奏でている。

手招きする扉の陰で、誰かが扉を揺らしているのかと思ったが、扉は勝手に揺れているだけであった。

しかし、扉にはもともと南京錠が下がっていたらしく、壊された鍵が扉の下に転がっていた。

つまり、誰かが獲物を招き入れようと鍵を破壊したのだ。

「なるほど、見取り図にも載っていない秘密の地下室とは、畏れ入るぜ。」

ブレダは苦々しくいい放った。

「この鍵、錬金術で壊されてる。」

エドが屈んで壊れた南京錠を調べた。

「大佐か?」

ブレダの問いかけに、エドは首を振る。

「わからない。

けど、さっきの手招きみたいな扉の動き…。

俺たちを誘っているみたいだった。」

三人が鍵を調べている間に扉は動きを止め、もはやピクリとも動いてはいない。

やはり、何者かが故意に揺らして音をたてていたとしか考えられなかった。

「虎穴にはいらずば、虎児を得ず…か。」

ブレダはひしゃげた南京錠を手に取り、鉄わくの扉を指差すように金具を向けて床に置いた。

「…ここまで来たからにはいってみよう。

ハボックを誘き出すエサにしているなら、まだ生きている可能性があるからな…。

すまねぇな、大将。

ワガママ言っちまって。」

エドは首を振る。

「行こう。ブレダ少尉。

ここで引き返して間に合わなかったなんて、いやだ。」

エドは険しい顔つきで言うと、慎重に扉を開ける。

鍵が壊されてるため、扉はスムーズに外側に開いた。

銃を構えてブレダが先に踏み込んで様子をみる。

待ち伏せはなさそうだ。

続いてエドとアルも扉から出た。

扉の外側は一車線の車道ほどの幅がある、暗い通路だった。

扉の左右へ暗い通路が延びていて、両方どこまで続いているのかわからないほど、奥が深そうである。

エドが通路の左右を見比べた。

「どっちへ行こう、ブレダ少尉。」

ブレダも左右を見比べる。

「左側に行こう。

敷地の配置と、方角から考えて、ハボックの発信器の反応があったのはそっちからのはずだからな。

ただ、危険だと思ったらすぐに引き返すぞ。」

エドとアルがブレダの意見に頷いた時、再び離れたところからの音が聞こえた。

音は似ていたが、今度はもっとざらざらした音で、錆びた蝶番の音のようだ。

ブレダが行こうと言っていた、左側の通路の奥から聞こえてくるようだった。

誘われている。

三人は直感した。

そして、あえて罠に飛び込むために、暗がりの中へ踏み出したのだった。


★★★★


一方そのころ、第三研究所の前にようやくヒューズ達が到着した。

ヒューズとアームストロングが、早速、軍法会議所の軍を指示していた。

実は、ブレダの一報のおかげでようやく、ヒューズは軍を動かすことができた。

名目は、不正の調査ではなく、殺人事件の調査になってしまっていたが。

新たに軍を編成するよりも、もう出かけられる状態になっていた自分たちを行かせれば早い、という説得で、上が折れざる得なかったのだ。

「名目はともあれ、第三研究所にこれたのは助かった。

先に入ったっていう、エドたちが心配だ。
突入しよう。」

ブレダの無線は、地下に入るまでをフュリーに伝えていた。

ヒューズは準備が整ったという報告を受けると、すぐに言った。

「一班と二班は周りを包囲、三班と四班は、俺とアームストロング少佐と一緒に突入して犯人を捜索。

五、六、七班は、慎重に現場検証を初めて、安否確認と、遺体の身元確認を。

中にはまだ犯人がいる可能性が高い。

気を抜くな。」

ヒューズとアームストロングは、四十人ほどの部下と一緒に第三研究所の中に入った。

ブレダの無線の内容を知っていたので驚きはしなかったが、それでも胃のムカつきは押さえられない。

死体の確認と安否の確認をしだした部下を残し、ヒューズとアームストロングは研究所の奥へと入っていく。

研究所の重要な部屋が集まるブースに繋がる廊下で、アームストロングがとある遺体に目をとめた。

「ヒューズ中佐、この遺体、この研究所の所長です…。」

その言葉を聞いて、ヒューズも遺体を詳しく検分した。

「たしかに。

ここの所長だな。

俺たちの抜き打ち検査をかぎとって、職員全員を呼び出して隠蔽工作…ってのはわかるんだが、どうしてこいつがこんな所で死んでるんだ?

自分の所長室でもない、資料室でもない、こんな廊下で。

隠蔽工作の最中に殺されたんなら、自分の部屋で死んでそうなものだが…。」


アームストロングも遺体にかがみこんだ。

「向きと表情も気になります。

この体の向きだと、研究所の奥に向かって倒れているので、外に逃げようとした訳でもないようですし、表情は驚きと恐怖でひきつった顔をしています。

まさか自分が教われるとは夢にも思わなかった、そんな感じがしますな。」

ヒューズとアームストロングが屈んでいる背後で、ゾッとするほどの殺気が膨れ上がる!

視界が届かないはずなのに、自分たちの頭に向かって降り下ろされる凶刃がはっきりと見えた気がした。

ヒューズとアームストロングは咄嗟に飛び退き、振り向きざまにヒューズは投げナイフを投擲(とうてき)した。

ドンッという衝撃とともに、ヒューズとアームストロングが先ほどまで屈んでいた場所が揺れた。

ヒューズの脇を、切り離された所長の首が勢いよく転がっていった。

タイミングはぴったりだったはずだが、ナイフが目標物を傷付けることはなかった。

ガンっと音がしてから、チャリンと力なく下に落ちのだ。

不安定な姿勢から投げたとはいえ、人間の体ならば刺さるほどの威力だったはずなのに。

ヒューズとアームストロングが、態勢を建て直し、しっかりと襲撃者を確認した。

そこにいたのは一体の鎧。

まるで鬼のような風体の鎧が、血に染まりながら高笑いを上げていた。

「ゲハハハハ、なかなかいい動きだぁ。

だが、そんなちゃっちいナイフじゃ俺様は殺れねぇよ。

この、バリー・ザ・チョッパー様はなぁ!!

ゲハハハハ!!」



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続く
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