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クリムゾン†レーキ


…49、罠の中


ずらりと並んだ拷問器具が生々しい、コンクリートがむき出しの冷たい壁。

何やらどす黒いものの染みや大小様々な傷がついた、コンクリートの床。

唯一の出入口は、鉄格子のドアがイビツに立ちふさがっている。

そしてそれらを照らし出す、火桶の紅蓮の炎。

それは紛れもない、拷問部屋であった。

そのただ中で、唯一気品を漂わせるものがいた。

ホムンクルス、ラストである。

ラストは壁に拘束されている男を冷ややかに見下ろした。

「ジャン、どうかしら?

あなたたちが企んで事を教えてくれる気になって?」

ラストの冷ややかな視線の先には、さらした上半身を青アザや切り傷、みみず腫れだらけにしたハボックがいた。

ハボックの両手は手錠で拘束され、その手錠は頭上の壁に取り付けられた金属のリングに通されている。

足の力が抜けても、ぶら下がる状態になるだけで横になることは許されない作りだ。

ハボックは、頬が無惨に腫れ上がった顔を力なく上げて、弱々しいながらもニヤリとした笑いをみせた。

「企みなんてないさ…、ソラリス。

そうだな…、俺が企んでいたとするなら、どうやって君とデートの約束をとりつけようか…。

それぐらいだよ。」

ラストはフンと鼻で笑うと、手にしていた鞭をハボックのたくましい胸に振り下ろした。

「あぐぁっ!」

最初こそ耐えていた痛みだが、体力的にも限界が近づいているらしく、ハボックは悲鳴を上げるようになっていた。

「貴方みたいなヒラの男を抹消することなんて、簡単なことなのよ?

ジャン。

正直になることをオススメするわ。」

ラストは鞭の先でハボックの顎をくいっと上に上げた。

「正直…か、昨日から何回も君にいってるじゃないか…。

俺の正直な気持ちは、ソラリス、君が美人だと思ってるってことだよ。」

「そのお世辞は聞きあきたわよ。
ジャン。」

ラストはうんざりした顔で言うと、肘から手首へのしなりを使い、先ほどの跡と同じところに鞭を打ち付けた。

「ぐっ!」

にじんだ血が床に数滴飛び、殺風景なコンクリートに新しい模様を描いた。

ラストはため息をついて鞭を近くの、拷問道具が無造作に並ぶ棚に置いた。

「やっぱり軍人だけあって、痛みの耐性は強いわね。
わかった、そんな貴方には今までに話していれば、良かったと思う苦痛をあげる。

私を本気にしたことを後悔するといいわ。

…今さら後悔しても遅いけどね。」

ラストは部屋を照らしていた火桶の中から、真っ赤に焼けた火かき棒を取り出した。

思わずハボックの喉がごくりと鳴る。

「さぁ、どこにしましょうか。

首?耳?それとも、もっと大事なところがいいかしら?

初めてですものね、せっかくだからリクエストを聞いてあげる。」

ハボックは突き付けられた火かき棒を見ながらひきつった笑いを浮かべる。

「えっとー、火かき棒は使わないってリクエストは?」

「情報さえ渡してくれれば、それも聞いてあげるわよ?

どうする?」

しかし、ハボックはがくりと頭を垂れて否定の言葉を口にする。

「義理がたいのね。

残念だわ、ジャン。」

ラストの手が、すっと前に出て、ハボックの胸に押し合てられる。

それは2回鞭で叩かれたあの場所で、ハボックは雷にでも撃たれたように…



「あ゛あぁああぁぁあっ!」



苦悶の絶叫を上げることしかできなかった。

ラストが火かき棒をすっと退くと、ハボックの絶叫が止み、脂汗を流しながらがくりとうつむいて肩で息をした。

ラストは持っていた火かき棒を再び火桶に突き刺し、別の火かき棒を抜き出す。

「いかがかしら?

おかわりはたくさんあるんだから、遠慮しなくていいのよ?」

ラストは楽しんでいるかのように、紅をさした唇の口角を上げた。

先ほどのハボックの絶叫を耳にしてのことだろうか。

拷問部屋の戸口から、何を考えているのかわからない表情でロイ・グリードが中に入ってきた。

「昨日からの絶叫はこれが原因か。

精が出るな、ラスト。」

ラストは火桶に火かき棒を戻して振り向いた。

「あら、グリード。
何か用?」

ハボックもつられて顔を上げ、ロイの顔を見たとたん顔を歪めた。

ロイ・グリードは、用は特にないと言いながら肩をすくめた。

「ちょっと見学さ。

ハボックも簡単に捕まってしまうとは、私はお前を過大評価していたようだな。」

ハボックは嫌味っぽく笑う。

「そ、いつは、御愁傷様。

ひ、人を見る目が、く、くもっちまったんじゃ、ないすか?」

切れ切れながらも、ハボックの声は自信があるような雰囲気があった。

「…」

そんなハボックをじっと観察するロイ・グリードは何も言わない。

「…色仕掛けでオとしたのか?」

しばしの沈黙の後、ロイ・グリードがラストに聞いた。

「私はラストだもの。

独身の若い軍人一人オとすなんて朝飯前。

そうね、捕まるほんの前までこの男は私の…ソラリスの相思相愛の恋人気分だったわ。

それが罠だと気がつきもしなかった。」

「ほぉ…。」

ラストの方を向かず、ずっとロイ・グリードの目はハボックを観察し続けついた。

ロイ・グリードの目がすぅっと細くなる。

「罠を仕掛けられたのはこちらかもしれんぞ?

ラスト。」

ロイ・グリードの言葉に、ハボックはほんの微かだが奥歯を噛んだ。

「?

どういうこと?」

ラストの言葉にロイ・グリードは返事をせず、ハボックに一歩近づいた。

そしてハボックが履いていたズボンを止めていたベルトを、カチャカチャと音をたてながら外す。

ベルトは外されて、だらりとハボックの腰の左右から垂れた。

ロイ・グリードの指は止まらない。

さらにズボンのチャックの上に留めてあるボタンに指をかける。

ハボックの履いていたズボンは、軍服のズボンだったので、チャックの上部のボタンは上下に並んで二つついている。

ロイ・グリードが指をかけたのは、下のボタンだった。

外すのかと思いきや、ロイ・グリードは力まかせにボタンを引きちぎる。

「あっ」

ロイがボタンを引きちぎった時、ハボックの口から悔しそうな悲鳴が漏れた。

「そのボタンが何なの?
グリード。」

ロイ・グリードが、ラストの目のたかさにボタンを差し出した。

銀色のくすんだボタンが、火桶の炎でオレンジ色に輝いていた。

「よく見たまえ。

中に発信器が仕込んである。

この場所、特定されたとみて、まず間違いない。」


★★★★★

エドとアルは、ブレダが運転する軍用車にて、朝日が照らす道を爆走していた。

まだ人が出歩いていないからいいものの、歩行者がいたら街中でこんなにスピードは出せないだろう。

「ハボック少尉がおとりになったぁ!?」

後部座席から身を乗り出し、エドはブレダが言ったことが信じられず、思わず大きな声で叫んでいた。

ブレダは右に左にハンドルを操りながら、真剣な顔で頷く。

「今の今まで黙っていて悪かった。

本当は最後まで俺たち…大人組で方ぁつけるハズだったんだがな。

結局大将たちを巻き込むことになっちまった。

すまねぇ。」

「謝るところが違うだろ!

何でだよ!確かに…俺は中尉を守れなくて…、頼りない子供だろうけど、でも、一度は俺に上になってくれって頼んでくれたじゃないか!

なんで俺たちを仲間外れにしたんだ!」

「仲間外れなんかじゃねぇさ!」

ブレダはカーブに合わせてハンドルを強く切る。

タイヤが、きゅるきゅると音をたてる。

「確かに、俺たちは大将たちに無理を言った。

大将たちには大事な目的があるのが解っていたのにな。

だが、それは間違っていたとホークアイ中尉が亡くなった時に思い知らされた。

事の発端は大将たちだったかもしれない。

だけど、大佐のことや軍の内部のこと事件のこと、ましては俺たちのことなんかは、俺たち、軍人の問題だ。

俺たちが解決するべき問題を、大将に被せちまった。

ホークアイ中尉の死に酷く傷ついちまった二人を見て、俺たちは間違いに気がついたのさ。

ホークアイ中尉の葬儀の後、大将に内緒で作戦をヒューズ中佐に相談した。

ヒューズ中佐もうちひしがれている大将を見て、俺と同じ気持ちだったみたいでな。

大将たちには内緒のまま作戦を進めたんだ。」

「じゃあ、じゃあなんで!

今になって俺たちに協力を求めてくるんだよ!」

ブレダは悔しそうに眉を寄せて唇を噛んだ。

「どうしても、大将たちに頼む他はなくなっちまったんだ!

ごめんな…、情けない大人でよ。」

ブレダは悔しそうに歯を食い縛ったが、すぐに首を小さく振ってその思いを振り切る。

「それより、時間がねぇ!

これからのこと、説明するぞ!」




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続く

ついに次で50話目…。
長い物語に付き合ってくださっている、読者の方々、感謝感激超激励です。
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