クリムゾン†レーキ
…48、真理の片翼
エドとアルは、二人して部屋のなかでぐったりしていた。
あれからエドはずっと、アルは、ホーエンハイムと出掛けていない時はずっと、基地の隣の部屋で検証作業を続けていた。
かつて行った人体錬成の理論を一から洗い直す作業は、全くもって、ちっとも、さっぱり進んでいなかった。
そして三日目の朝日が昇ったとき、エドは机につっぷして脱力していた。
「そーだよなぁ…あの時、俺たちが絶対完璧だと思ったやつを、今さら検証しなおしたって、穴が見つかるはずないんだよな…。」
エドはまるでうわごとのように言葉を垂れ流した。
その目の下にはくっきりと隈ができている。
「…そうだよねぇ…。
何か穴があったら、あの時何度も検証したんだから見つかるよねぇ。
何せあの時は二人してかなり気合い入ってたから、きっと今より集中して検証していただろうし。
でも、僕たちはあの時、失敗してしまった…。
絶対にどこか、穴があるはずなんだよね。
でも兄さん、根を詰めすぎるのも良くないよ。
休憩して一眠りしたら?
検証作業に入ってから、ほとんど寝てないでしょ。」
机の真向かいに座るアルも疲れている声を出した。
「うー…。
いや、もうちょい頑張ってみる…。」
エドは無理やり体を机からひっぺがし、どうにかペンを握る。
その様子を見て、アルはもう少し強い口調でエドに言う。
「もう、ずっとその調子で寝てないんじゃないか!
それだからいつまでも小さいんだよ!」
「なっ!
何を!」
エドはアルの言葉にくってかかろうとしたが、立ち上がったとたん、足をもつれさせた。
「ほらぁ!危ないなぁ。
そこのソファー、錬成してキレイにしておいたから、使いなよ。
一眠りしたらすっきりして、何か思い浮かぶかもよ?」
アルが指差したのは、黒い革製のソファーだった。
この部屋を借りると決めたた時は、続きの部屋でぼろぼろになっていて使えそうになかったのだが、アルが気分転換にと錬成して修理したため、今は完璧に生き返っていた。
エドはそれからも二言三言理由をつけて嫌がっていたのだが、そのうちとうとうソファーに吸い寄せられるように横になった。
着ていたコートを布団の代わりにして、朝日を遮るために目元を腕で隠す。
アルもソファーの近くに椅子を引き寄せ、エドに日光が当たらないように影を作った。
「ちくしょう、俺たちがやったことが無駄じゃないことを証明するのが、こんなに難しいなんて。」
横になったまま、エドが悔しげに言う。
「僕たちの錬成式の穴か…。
それを見つけられる父さんって、やっぱり凄腕なんだね。」
アルは半分ため息のように言った。
その一言にエドは少し引っ掛かりを覚えた。
「…。
そういえば、何であいつ俺たちの錬成式が間違ってるって知ってるんだ?」
エドの言葉に、アルはキョトンとした。
「え?
まぁ、そりゃ体を失った僕がここにいるし。」
しかし、エドはそれでは納得しない。
「違う。
リバウンドは、術者が自分の力量以上の錬成をしたときに起こるものだ。
つまり、錬成式が正しくても起きうる。
間違ってるか間違ってないかは、リバウンドが起きたかどうかだけじゃわからないはずだ。
つまり、あいつが俺たちの錬成式を否定するには、俺たちの錬成式を知ったうえでなきゃできないはずなんだ。
…あいつはどこで式を知ったんだ?」
エドの言葉に、アルは順を追って思いだそうとした。
「そうだな…。
僕たちが先生のところに修行に行ってた時は?」
エドも過去を思い出しているのだろう、すぐに否定の言葉を返した。
「あの時はまだ今の理論にはいたってなかった。
だから、錬成式はまだできていなかった。
あれを組み立てたのは先生のところから帰ってきてからだ。
しかも、あいつが帰ってきてたら絶対噂になるはず。
修行行ってた期間にあいつは帰ってきていない。」
「それもそうか…。
先生のところに修行いった他は、長く家を開けていたことなんかなかったし…。
じゃあ、僕たちが人体錬成をしたあとは?
兄さんがウィンリィのとこで手術していた最中。
ピナコばっちゃんもウィンリィも兄さんにかかりきりだったから、外まで気が回らなかっただろうし…。」
エドは腕を少し上げてアルを睨む。
「バカアル。
お前自分を忘れてるぞ。
お前は見たのかよ、ホーエンハイム。」
「…………見てない。
確かに僕は日がな一日外見てたりしたから、来たら気がつくし、来てたらきっと兄さんのお見舞いをさせていたよね。」
アルは兜の顎に手をやりながら答えた。
「じゃあ、国家錬金術師試験の時は?」
「あの時はたしかに留守にしたが、本試験にまですすんだのは俺だけだ。
俺はずっといなかったが、アルは残っていただろ?
俺とアルが揃って出掛けた時だって、ピナコばっちゃんとウィンリィに家を預けていたんだから、ホーエンハイムが帰ってきたのなら気がついていただろ。」
エドに否定されたアルはさらに考える。
「それじゃあ…?
そのあとは国家錬金術師の資格を取ったあと、僕たちはすぐに家を焼いてしまった。
つまり…」
アルの言葉をエドが受け継ぐ。
「ホーエンハイムには俺たちの理論を知るタイミングはない!」
エドの言葉にアルは慌てた。
「どういうこと!?
いや、僕たちの人体錬成は、家の父さんの本を基本にして構成していたんだから、同じような理論にたどり着くことはあるんじゃないかな?」
エドは顔から腕を外し、天井を見上げて言う。
「いや…。
違う。例え似ている理論だとしても、それは全く違う理論だ。
例えば、人体錬成のうち、たとえ同じ理論にたどり着いたとしても、錬成を一番始めに行うのが、精神からなのか、魂からなのか、肉体からなのか…。
はたまた、人体からだとしても、腕からなのか心臓からなのか脳からなのかで、式は微妙に違ってくるはずだ。
それに、同じ錬成式を共有したとしても、俺とアルの間では解釈の違いが微妙にあるかもしれない。
それは同一の人間じゃないから仕方がないことだ。
でも、同じ錬成式を共有していてもそういった差異がでるのだとしたら、
それこそ、前にウィルファットの事件の時に言ったように、人体錬成を考えるかぎり、何万通り、いや、無限の組み合わせがあると言えるんだ。
同じ資料を元にしたからといって、本当の同一をホーエンハイムが検証して割り出すのは、ほとんど無理だと言える。
つまり、ホーエンハイムは…」
エドは一瞬強い目をしたが、すぐに困惑した目をアルに向けた。
「……俺たちの錬成式や理論を知らないで真っ向から否定している?」
「そう…なっちゃうよね」
エドとアルは、呆然としながらその結論を反芻した。
ホーエンハイムが兄弟の仲直りのために言った根拠なない言葉だったとしたら、かなり無駄な時間を幻の検討に使っていたことになってしまう。
しかし、不安にかられたものの、エドは首をふった。
「いや、違う。
確かにホーエンハイムは俺たちです錬成式や理論を知らなかったかもしれないが…。
あいつの投げつけてきた言葉、あれは検証してみるだけの価値があるって俺の錬金術師の勘が言っていた。
つまり、ホーエンハイムは俺たちの人体錬成を否定するだけの根拠を、何か持っているんだ。」
エドの言葉に慌てたのはアルだ。
「でも兄さん!
『理論や錬成式の内容を知らなくても、それを否定できる』ってことは、それは『全ての人体錬成を否定』するってことだよ!?」
アルの言葉に、エドは再びいつか聞いたパズルのピースがはまる音を聞いた気がした。
「全ての人体錬成か…。
いや、きっと俺たちの言い方がマズイんだ。
人体だけなら、やろうと思えば作れる。
ホーエンハイムはきっと、『全ての人間錬成を否定』しているんだ。
人間の体の一部だけ、それこそ人体だけなら錬成できる。
だけど、生きた心ある人間一人となると、生き返らせることはおろか、近い紛い物すら、作ることはできない。
…だから…。」
エドの脳裏に、オープンカフェであの時言われた最後の言葉がフラッシュバックした。
『今のお前では、次の可能性にすら、気がつけない。』
次の可能性。
それは…。
エドは突然目の前の視界が開けたような気がした。
「そうだ、わかったぞ…ホーエンハイムが言いたいことが。」
アルがびっくりして兄を見た。
「本当に!?兄さん!」
エドはソファーから起き上がって兄を見た。
「ああ。
アイツの言うように、一からの人間錬成は不可能だと過程すると、逆に今あるものを利用した錬成は可能ということになる。
つまり、アイツは、アルが元に戻ることは可能だといいたかったんじゃないか?
今まで、俺たちがやった人間錬成の理論を軸に考えてきたけど、それが間違っていたとしたら。
今まで理論の組み立てがうまくいかなかったのは、当たり前だったんだ。」
アルもはっとした様子で、エドを見る。
「そうか…!
そう理論を立てれば、兄さんが腕や足を取り戻すのだって可能なんだ!」
エドはふと引っ掛かった気がして、顎に手をやって考えこむ。
「もしかしたら、ウィルファットでホムンクルスの作り方を残した錬金術師も…、同じ考えだったんじゃないか?」
「どういうこと?」
「人間錬成は不可能だって理論に行き着いていたんじゃないかってことだ。
でも、やっぱり親しい人に生きていて欲しい。
それは何百年たったって、きっと変わらない人間の願望だと思う。
だから、見かけだけでもその人に生きていてもらう方法の最終手段としてホムンクルスの作り方を残したんじゃないだろうか。
死んでから三日間姿を見てはならない、その掟を破るほど大切に思っていた人と、また一緒に過ごせる禁断の方法、これが本当の禁忌だったんだ。」
エドの言葉の後、部屋は一瞬の沈黙に閉ざされた。
そして、エドとアルは同時に体の力が抜けるのを感じた。
「すげぇな、アイツ。」
「完敗だよね。」
エドはソファーにまた横になる。
「あ~、なんか気が抜けたら眠くなってきちまった。
ちょっと一眠りするわ。」
「うん、兄さんおやすみなさい。」
エドがコートをかけ直し、寝る態勢になった時、いきなり部屋のドアが猛烈に叩かれた。
「大将!大将いるか!?」
アルが慌てて開けると、そこに立っていたのはブレダだった。
「ブレダ少尉!どうしたんですか?」
ブレダは走ってここまで来たらしく、肩で息をしながら二人に言った。
「すまねぇ、二人とも。
悪いが力をかしてくれ!
ハボが殺される!」
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続く