クリムゾン†レーキ
…46、悪路の小石
マダムの言葉、リザの言葉、フュリーの言葉を、エドは基地のあるアパートの階段を登っていく間、反芻した。
マダムは、評価を改めてつけてみろ、と言った。
リザは、後悔する前に話してみろと言った。
フュリーは、嫌いだからと言って、その言葉を検証しないで捨てるなと言った。
そして、錬金術師としての自分が、ホーエンハイムが言ったことをよく考えろと警鐘を鳴らしていた。
たしかに、うじうじと考えるのは、自分の性分ではなかった。
―俺たちは、何がなんでも前に進むために、この悪路を選んだのだ。
皆それぞれに、覚悟がある。
その覚悟を忘れていた自分が、恥ずかしかった。
エドの目に、挑戦という名の火がついた!
「うぉぉおぉおっ!」
エドは気合いを入れて吠えると、前を行くフュリーを押し退けて階段をかけ上がった。
そして、びっくりしているフュリーを振り返りもせずに基地までの廊下を駆け抜けると、力任せに基地のドアを開けた。
どばんっと力任せに開けられたドアは、大きな音をたて、中にいた全員を驚かせた。
「あ、に、兄さんお帰り…」
帰ってきていたアルがどうにか声をかける。
エドはその声でいち早くアルを捕らえると、ずかずかとアルの前に進んだ。
「アル!
ちょっと面貸せ!」
まるでチンピラのような口調で、エドはアルに言った。
「は、はいぃ!」
アルは、びっくりしたのか声をひっくり返して返事をした。
エドが踵を返して、あっという間に部屋を出ていくのを、アルは、あわてて追いかける。
エドはそのまま廊下に出て、玄関に向かう階段と反対の方に進んだ。
そちらには、あまり使われていない非常階段がある。
エドは鉄の扉を開けると、ためらうことなく、非常階段に出た。
「兄さん、どこ行くの?」
「いーからついてこいっ!」
エドは振り向きもせずに言うと、古びた階段を上に登り始めた。
アルも大人しくついていく。
2階分ほど階段を上ると、アパートの屋上に出た。
4階分の高さともなれば、セントラルでもそこそこ視界が開ける。
雑多に広がるビルの影と、窓から漏れる明かりが、町の上空の雲をぼんやりと浮き立たせている。
見れば、地平線と、どんよりした空の間には、中央指令部、もとい大総統府の高い塀がそびえていた。
夜風が二人の間を吹き抜ける。
エドは屋上の端までまっすぐに進み、手すりに手をおく。
追いかけてきたアルは、少し離れたところで、兄の背中を見ながら立ち止まった。
「兄さん、何なのさ、こんなところに連れてきて…」
「まずはっ!」
アルの言葉を遮るように、エドは相変わらずの強い口調で言う。
「お前に謝らなくちゃならない!」
「え?」
エドの口調では、とうてい考えられなかったセリフに、アルは目を見開いた。
「こ、このごろ、俺たち、ギクシャクしてただろ。
だから、謝っとく。
…その、悪かった。」
アルは、落ち着いたように佇まいを直した。
「ううん、いいんだ。
僕だって、ちょっと兄さんをないがしろにしていたと思う。
でも、僕たちのケンカの原因は…」
エドは、少しうつむいて手元を見た。
「俺たちのギクシャクの原因は、あいつ…ホーエンハイムだ。
俺はまだ、あいつを許した訳じゃない。
あいつを受け入れた訳でもない。
…ただ。」
そこでエドは言葉を探すように口を閉じた。
「…ただ?」
アルは先を促す。
「はなっから否定するのは、卑怯だった。
古びた評価をそのまま用いるなとマダムに言われた。
後悔する前に、話すべきだとホークアイ中尉に言われた。
嫌いなやつだからと言って、言葉すべてを否定するなとフュリー曹長に言われたんだ。
おととい、中尉の葬式のあと、お前が猫と遊んでる間に、あいつは…、俺たちの人体錬成を否定してきやがった。
俺は、あいつの言葉にキレた。
そのあと、一晩中もんもんとして帰らなかった。
あいつを否定するのに必死だったんだ。
だけど、今は違う。
あいつの言ったことを検証したいんだ。
もし、あいつが言ったことが正しければ、俺たちの考え方は根本的に覆される。
もしかしたら、新しい価値があるかもしれない。
アル。」
エドはそこで初めてアルを振り返る。
その瞬間、雲が薄くなったのか、雲間から夜空が垣間見え、月明かりがエドの金髪を煌めかせた。
「俺に力を貸してくれ!」
エドの強い意志を感じたアルは、ふっと笑いをこぼした。
「な、ななな何笑ってんだよ!
笑うとこじゃねーぞっ!」
「だってー、兄さんてば本当に…。」
あははっと、アルは声を出して笑う。
「僕が断ると思ったの?
兄さん、たとえどんなことがあったって、僕の一番は兄さんなんだよ。
そりゃ、お父さんだって血が繋がってる家族だけど、一緒にいた時間は、そのくらいじゃ塗りかえられないよ。」
アルは、数歩進み出てエドの前に立った。
この数日間、この数歩がどれだけ二人の間を隔てていたことか。
「中尉のお葬式のあと、僕、兄さんと別れてお父さんについていったでしょう?」
「…ああ。」
「僕、もう中尉みたいに誰かがいなくなるなんて、嫌なんだ。
だから、僕にできることをしようと思ったんだ。
調べ事は軍の中に入れない僕にはできないから、他にできることはないかって考えたんだ。
今、いや、昨日からだけど、僕、父さんから医療錬成習ってるんだ。
今日1日後にくっついていたけど、とっても凄かったよ。
兄さんは、国家錬金術師。僕だって、そこそこ実力はあると思ってる。
だけど、やっぱり知らないこと、解らないことってたくさんあるんだと痛感したよ。」
アルはエドの目の前に、右手の拳を差し出した。
「まだ僕たちには知らないことがたくさんある。
そして、そこに希望があるかもしれないのなら、手伝わせて。
兄さん。」
エドも、拳を差し出し、二人はそれを優しくぶつけ合った。
「ありがとよ。
へへ、頑張ろうぜ!」
★★★★
二人が話している屋上から1階分下の非常階段の踊り場に、一人の影がいた。
その影はホーエンハイムだった。
二人の会話を聞いていたホーエンハイムは、鈍い街灯と夜の闇の間で、ニヤリと頬を歪めた。
「さて…、どうなるかな?
父さん楽しみだよ…。」
★★★★
「あんなでっかい声で話してたら、どこ行ったって筒抜けだよなぁ。」
基地では、ヒューズが苦笑いしながらソファーに寄りかかった。
「ですが、たまのガス抜きは大切ですぜ。」
ブレダも、苦笑いを浮かべる。
ヒューズは寄りかかったソファーから背中を離す。
「ガキどもに気合いがはいったんだ。
大人が負ける訳にはいかないよな?」
ヒューズが居並ぶ顔を見渡した。
そして、一同が頷く。
「いよっし!」
ヒューズは膝を叩くと、勢いをつけて立ち上がった。
「俺たちも本格始動といくか!」
クリムゾン†レーキ:47へ続く