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クリムゾン†レーキ


…44、オレンジの種


リザのことと、ホーエンハイムの言葉を悶々と考えているうちに、エドは、ソファーで横になったまま、ついつい1日過ごしてしまった。

夕方になっても、なかなかアルとホーエンハイムは帰ってこない。

「んだよ、俺にはちゃんと帰ってこいっていっておいて。」

エドがむくれていると、複数人が廊下を歩いてくる音がした。

エドはアル達が帰ってきたと思い、遅いと怒鳴るためにドアの前に立った。

開いた瞬間、エドはドアを開けた人物に挑みかかる!

「俺にとやかく言っておいて、自分はなかなか帰ってこないってのは、どーゆうことだっ!」

しかし、入ってきたのは、アルとホーエンハイムではなかった。

「うおっと!
エド、どうした!?」

そこにいたのは、ヒューズ、ブレダ、ファルマン、フュリーであった。

「ヒューズ中佐!
みんなまで!
あ、その、ごめん、怒鳴っちゃって。

なんか、作戦会議?」

ヒューズは少し困った顔をして、エドを撫でた。

「いやー、ははは、それが仕事の話でな、ごめんな。

アルは、いないのか?」

部屋の中を見渡してヒューズが言う。

「アルなら、すっとこどっこいと出かけて、まだ戻ってねーよ。」

「そうか…。
ちょっと部屋の端借りていいか?

仕事がたてこんじまってて、どうしようもなくなってるんだ。」

エドは一歩下がって、四人を中にいれた。

「仕事の話じゃ、俺解らないから、ソファーで寝てるよ。」

「…すまないな」

ヒューズ達が部屋の端で何やら話だしたのを横目で見ながら、エドはまたソファーに横になった。

こそこそと話をするヒューズ達を見て、エドは寂しくなる。

ーそうだよな。中尉を守れなくて、ゲームは惨敗して…。

俺なんか、まだ頼られてるわけ、ないよな。

エドがソファーで自分たちに背を向けて横になったのを見たヒューズは、エドをのけ者にしてしまった事を、すまなく思っていた。

みな一同に思ったのだろう、フュリーが立ち上がり、ヒューズに二言三事耳打ちすると、エドの方にやってきた。

「エドワード君」

名前を呼ばれてエドは顔を上げた。

「あれ、何?フュリー曹長。
ヒューズ中佐の話は?」

フュリーは、残念そうな顔をする。

「それが、僕はあまりお役に立ちそうになかったので、ちょっと抜けてきました。

エドワード君、もし君が良かったら、ちょっと僕の護衛してくれませんか?」

「護衛?」

エドがおうむ返しに言うと、フュリーはうなずいた。

「僕の方が下だから、変なお願いなんですが、どうですか?」

エドは、ソファーの上に、起き上がる。

「別にかまわないし、フュリー曹長の方が年上なんだから、俺なんかに敬語なんか止めてくれよ。
どこかでかけるのか?」

フュリーはニッコリ笑う。

「ありがとう。
そうなんだ。
ちょっと秘密基地にね!」

★★☆☆

「うおぉっ!
なんかスゲー!」

フュリーがエドを案内したのは、雑居ビルが立ち並ぶ一角であった。

その雑居ビルの一室にフュリーの秘密基地はあるのだが、そこは通信機器の見本市のようになっていた。

「すごい!
なんかラジオ局みたいだ。」

エドに感激され、フュリーは嬉しそうに笑う。

「ふふ、ありがとう。
さすがにラジオは放送できないけど、セントラル内の無線なら、だいたい受信できるよ。

軍関係の無線もね!」

いたずらっ子のように笑いながら、フュリーはエドを中へ案内した。

「なるほどね。
たしかに秘密基地だ。」

エドは感心しながら、案内されるまま中に入る。

中は、足の踏み場がないほどにコードが入り乱れ、エドには何に使うのか解らないような機器に繋がっていた。

「整備している間はどうしても無防備だから、護衛をたのんだんだよ。

しばらく付き合ってくれるかな。」

エドはうなずいて返した。

「あ、でも、腹減っちまったから、ちょっともの食べていいかな?

なんか朝から不規則なんだ。」

いいながら、エドは上着のポケットからオレンジを取り出した。

「朝ごはんようにサンドイッチは買ってきてたんだけどさ。

昼間は考え事で、ついつい食べ忘れちゃって。
オレンジ食べちゃダメ?」

エドは少し申し訳ないような顔でフュリーに聞く。

フュリーは、仕事の準備にとりかかりながら返事を返す。

「食べてもいいけど、こぼさないようにしてね。

うっかりしたら感電しちゃうから。

あと、ゴミは持ち帰ってね。

生ゴミの箱がないんで。」

「わかったー。」

エドはフュリーの許可を得ると、邪魔にならなさそうな端に座り、オレンジの皮をむきはじめた。

「そのオレンジ、いつの間に買ったの?」

フュリーがエドがオレンジを持っていたことを不思議がる。

「実は貰い物なんだ。

朝にサンドイッチ買ってきたんだけど、昨日寝てなかったから、ふらついて女の人に体当たりしちゃって。

その時に女の人が持ってた紙袋からオレンジがいくつも転がっちまってさ。

拾うの手伝ったら、一個くれたんだ。」

フュリーは、納得したようにうなずいた。

「ぶつかってしまったのはこちらだったのに、いい人で良かったね。」

エドは剥いたオレンジの一房を口に放り込む。

「うん、そうだな…でも…」

エドは少し思うところがあるのか、微かに眉間にシワを寄せた。

「?
どうかしたんですか?」

「いやー、その時、本気で眠くてかなり記憶がぼんやりしてんだけど、そのぶつかった人、

どっかで会ってるきがするんだよなー…」


☆★☆★


堅苦しさはないが、雰囲気がある、大人のレストランの窓側の席で、夕方を過ぎた宵の空のを眺めながら、一組の男女が食事をしていた。

それほど高くもなく、しかし、安すぎもしない、そんな値段のコースを楽しんでいる。

紛れもないデートをしているカップル。

男の名前は、ジャン・ハボックという。

口直しの小さなデザートを食べながら、相手の女性はハボックに微笑みかけた。

「美味しいお食事を、ありがとうジャン。」

お礼を言われたハボックは、照れたように頭をかく。

「いや、今日の朝の美味しいオレンジのお返しだよ、ソラリス。

しょーもない上司のせいで、忙しくて食事ができなくてさ、あれがなかったら飢え死にしてたな。

一気に全部食べちゃったよ。」

ソラリスと呼ばれた黒髪の女性は、艶のある唇で笑う。

「ふふ、貴方のためになったんなら良かったわジャン。

紙袋いっぱいのオレンジなんて…、さすがに買いすぎてしまったと思っていたから。」

ソラリスの言葉に、ハボックはにっこりと笑顔を返す。

「あれぐらい!
みんな平らげられるさ!
すごい美味しかったぜ。」

話す間に空になったデザートの皿をウェイターが下げ、最後のお茶が出された。

これでコースの内容はすべて終わったことになる。

二人はゆっくりと紅茶を楽しむ。

「私、ジャンの楽しいお話が大好きよ。

また、私とお食事してもらえるかしら。」

ハボックは、嬉しそうに笑う。

「もちろん!
俺も、また君に会いたいな!」

二人は次回のデートの約束をし、微笑みあった。

ハボックが会計を済ませ、店を出る。

ハボックが、夜道は危ないから送るとソラリスに言ったが、ソラリスは申し出をやんわりと断った。

「大丈夫よ。
私の家、実はここから、すぐ近くなの。

明日も早いんでしょう?
私を送っていったりなんかしたら、明日遅刻してしまうわ。」

「…そうかい?」

ハボックは心配そうに言い、最後まで後ろ髪を引かれているようだったが、結局、二人はレストランの前で別れた。

ハボックの後ろ姿が見えなくなるまで、ソラリスは見送る。

完全にハボックが視界から消えると同時に、ソラリスの表情から笑顔が消えた。

「今日は、大した収穫はなかったわね…」

彼女は少しばかり残念そうに嘆息した。

狭い路地に入り、緩く縛っていた髪をほどく。


ソラリスという名前は、
もちろん
彼女にとっての本名ではない。

よく使う偽名の一つでしかない。

彼女の偽名を一つ一つ消していき、最後に残る彼女の本当の名は、

最後という言葉そのものである。



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続く
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