クリムゾン†レーキ
…43、秘密主義者たち
「葬式はつつがなく終わりましたー。」
地下に帰ってきたエンウ゛ィーは、楽しそうにラストに報告した。
一方のラストは手に紙袋を持ち、気だるげにエンウ゛ィーを見ている。
「そう、ご苦労様。」
変身して葬式の様子をうかがってきたエンウ゛ィーに、ラストは、あまり気持ちのこもっていない労いを返した。
「うわ、冷た~い。
せっかく仕事してきたのに。」
エンウ゛ィーはふて腐れたように、頬を膨らませた。
ラストは知らん顔だが。
「ま、これでグリードは扉を開けられるね。
材料は手にはいったんだから。」
人体錬成には、人間の情報がどうしても必要だ。
「そうね。
だけど、グリードは来るべき時に開けるとお父様に言ったみたいだわ。
今すぐに開けるつもりはないみたい。」
エンウ゛ィーは、頭の後ろで腕を組んだ。
「まぁ、人体錬成って、かなりエネルギー使うし、賢者の石を使いきったらまずいし、だからじゃない?」
ラストは、軽くため息をついた。
「そうね。
それだけならいいのだけど。」
エンウ゛ィーは首を傾げた。
「ラストは、グリードを疑ってるの?」
ラストがエンウ゛ィーに顔を向けた。
しかし、その表情に気だるさはもう感じられず、雌彪(めひょう)のような鋭さがあった。
「グリードの考えが読めないの。
まったく疑っていないと言えば、嘘になるわね。」
「確かに、読めないよね。
でも、来たばかりのころのラースも、似たようなもんだったと思うけど?」
エンウ゛ィーが軽く言ったので、ラストはまたため息をついた。
「そうかもね。
でも、情報を集めておくに、越したことはないわ。
私も、私なりに情報を集めるから、あんたはグリードを見張ってなさい。
お父様のためになるかもしれないんだから。」
「はーい。
あ、それから、ラスト。」
「何?」
「その紙袋、何さ。」
エンウ゛ィーが、ラストが手にもっていた、大きめの紙袋を指差した。
「ああ、これ?
餌よ。
一つ貴方にもあげる。」
ラストは紙袋の中身を取り出すと、エンウ゛ィーに放った。
エンウ゛ィーは投げられたものを、あわてて受け取った。
「うわっ!
とっとっと。
…これ、オレンジ?」
エンウ゛ィーの手には、大きなオレンジが乗っていた。
「言ったでしょう。
餌だって。」
エンウ゛ィーの返事を聞かないうちに、ラストはエンウ゛ィーに背を向け歩き出す。
「ラスト、お出かけ?」
「情報収集よ。
しばらく留守をお願い。」
ラストはオレンジの入った紙袋を手に、ヒールの音を立てながら、通路を進んでいく。
「グリード、本当に貴方は何を考えてるの?」
☆☆☆☆
「もぉーっ!
兄さんてば、一晩どこいってたのさ!
心配したんだからね!」
リザの葬儀の翌日、エドは朝帰りだった。
昨日の夕方別れてから、一晩基地に戻らなかった兄を、アルはドアのところでしかりつけている。
「べ、別にいいじゃねーか。
ちょっと考えごとがあったんだよ。」
朝食用に買ってきたらしい紙袋を片手に、エドはばつが悪そうに答えた。
「よ、く、ないっ!
また誰かに襲われたのかって、ひやひやしたんだからねこのバカ兄っ!」
両手を腰にあてて、エドを覗きこむようにして怒るアルは、ものすごい迫力があった。
「悪かったって。
寝てないんだから、そう怒鳴るなよ。」
「寝てないの!?
睡眠をとらないと成長しないんだよ?
いっそのこと縮んじゃえ!バカバカバカっ!」
よっぽど心配したのか、アルはかなりの怒りようだ。
「ち…っ!?
おまっ!兄に対してなんたる言い種だよ!」
NGワードに反応したエドは、真っ赤になって言い返した。
「まーあ、まあまあ、二人とも落ち着きなさい。」
そう言いながら、二人の間を割ったのは、にこやかな笑みを浮かべたホーエンハイムだ。
「まずは、エド、お帰り。」
エドは殺気のこもった目でホーエンハイムを睨んだ。
「アルも、エドを心配でたまらなかったのはわかるが、そんなに怒っても、仕方ないだろう?
エドも、アルに心配させたことは自覚しなくちゃいかんな。
一晩、行方不明だったんだから。」
ホーエンハイムの言葉はごもっともだったが、エドは素直に言葉を受けとることはまだできなかった。
一方、ホーエンハイムに間に入られて、アルは一気にクールダウンしたのか、落ち着いた声音になって兄に言った。
「…兄さんにも、そりゃ、いろいろ思うところがあると思うけどさ。
黙ってどっかいっちゃうのは、お願いだからよしてよ、ね?。
誰かが、いなくなるのが、怖いんだ。
僕も、怒りすぎたよ。
ごめん、兄さん。」
頭をさげるアルと、間に入ったホーエンハイムを避けて、エドは、雑魚寝に使っている古いソファーに、飛び込むように横になった。
近くの壊れかけたテーブルに、紙袋を投げるように置く。
バランスが悪かったのか、紙袋は横倒しになり、中からオレンジが転がり出て、床に落ちてしまった。
「しばらく、寝かせてくれ。
マジで寝てないんだ。」
アルは兄に何か言おうとしたが、首を振ってその言葉をかきけし、代わりに他の言葉を選んだ。
「わかった。
実は、これからお父さんと出かける予定だったんだ。
夕方には戻るから、それまでゆっくりしてなよ。
帰りに、何か食べ物仕入れてくるからさ。」
アルはできるだけ明るく言ったが、エドの返事はない。
アルは動作でため息をひとつつくと、ホーエンハイムに向き直る。
「それじゃあ、行こう、お父さん。」
ホーエンハイムも、うなずいた。
「ああ、そうだな。
それじゃ、行ってくるなエドワード。」
二人が部屋から出ていって、足音が遠ざかっていく。
エドは、一人になった部屋の中、ソファーに突っ伏したまま、うっすらと目を開けた。
「俺は、絶対にお前を置いてなんか、いかねーよ。
置いていっちまうのは、…お前だろ…アル。」
床に落ちたオレンジを虚ろに映していた瞳が、ゆっくりと閉じる。
だらりと床に落ちた腕が、何かを求めるように微かに握りしめられた。
☆☆☆☆
「はぁー。
葬儀が終わったばかりだというのに、感傷にひたる時間もないとはなぁ。
感傷にひたるどかろか、休み時間すらままならんではないかっ!」
ロイは、自分の執務室で、積み上げられた書類と格闘していた。
「ああ、こんな時に中尉がいてくれたら、書類もスムーズなのだが…おっと。」
ロイは、自分を睨む部下の視線に気がついて口をつぐんだ。
「すまん、さすがに不謹慎だったか。」
言いながら、手元に束を引き寄せ、順番にサインしていく。
一枚一枚めくりにくいからか、ウロボロスの紋章を隠すためにはめていた黒い革手袋は、外されている。
「大佐。
3時から、会議っすから、忘れねーでくださいよ。」
昼食を食べ損ねたハボックが、間食用のオレンジの皮を剥きながら、ぶっきらぼうに、ロイに言った。
言われたロイはチラッと時計を見て、ぎょっとしたような声を出した。
「ぬっ!?
しまった!3時からだったか!
あと10分しかないではないか馬鹿者っ!
もう少し早く言ってくれ!
ファルマン、行くぞ!」
ロイは、あわてて会議の資料をまとめると、用意が整ったファルマンとともに、あわただしく部屋から出ていった。
二人が出ていって、静かになった室内には、ブレダとハボックとフュリーが残った。
「なにが、中尉がいてくれたら…だ。
自分が殺しておいて…!」
ハボックが悔しそうに、オレンジの皮を握りしめる。
その目は怒りに燃えていた。
「…今に、見てろよ…!」
★★★★
ヒューズは、軍法会議所の資料室で調べものをしていた。
セントラルにある軍の施設や、監視下におかれている施設の帳簿や書類が、背の高い本棚にみっちりと詰まっている。
軍法会議所は、国の司法として、不正がないかチェックしているため、そういった資料も蓄えられているのだ。
ヒューズは、それらを洗い直していた。
ーホークアイ中尉がエドに伝えたように、本当に軍が真っ黒だったら、なにかどこかで綻びがあるはずだ。
ロイをホムンクルスにしたっていう技術だって、ふってわいたわけじゃねぇだろうし、実験道具や場所だって、必要なはず…。
それを揃えたり、維持するには、何より金が必要だ。
軍が関わってるってんなら、どこかで帳尻を合わせた帳簿が、ここに絶対あるはずだ。
一度通った書類洗い直すのは大変だが、これもまた、戦いだ。
「仲間が命かけんだ。
めんどくさいからって、怯んでられるかってんだ。」
ヒューズは次の束に手を伸ばした。
通常業務と並行しなくてはならないので、使える時間は限られている。
睡眠時間を削ったり、食事や休憩を極力短くして、できるだけ時間を捻出した。
どんなに自分が苛酷でも、それでも、ヒューズは戦いを続けるのだった。
★☆★☆
ロイは、つまらない会議に出席していた。
広い会議室の真ん中には巨大な長机。
それを囲むお歴々。
その中の一人として、ロイは腕を組み、難しい顔をして考えているような素振りだが、頭の中は会議の内容など考えていなかった。
ーこれから、皆はどのような動きをみせてくれるだろうか。
ロイはいく筋もパターンをシミュレーションし、どれも望む形に導く。
ゲームは終わっていた。
もう、これは命懸けの勝負なのだ。
ーしばらくは、様子を見させてもらう。
せいぜい、楽しませてくれよ…。
ついつい、頬が緩むのを、ロイは禁じえなかった。
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続く