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クリムゾン†レーキ


…42、疑問の提示


ヒューズが頼んでくれたメニューを、噛みしめるように食べていたエドの手元が、急に暗くなった。

夕日はだいぶ沈んでしまったが、店で取り付けてあるランプに火が入り、明るかったはずなのに。

エドが顔を上げると、そこにはホーエンハイムが向かいの席にいた。

しかも、勝手にチョコバナナパフェのバナナを摘まんでいる。

エドは、げっとした顔になった。

「てめぇっ!なんでいきなり現れてんだっ!
つーか、人のもん勝手に食ってんじゃねーよっ!」

「ははは、思ったより元気だなエドワード。」

にこやかなホーエンハイムは、構わずにチョコバナナパフェを食べていく。

「だーかーらっ!
食うなっつってんだろーがっ!
食いたいなら自分で頼みやがれっ!」

「いいじゃないか、減るもんでなし。」

「減ってるっ!
どんどん減ってる!
食うな止めろ、今すぐ止めろっ!」

エドが憤怒の形相で怒ると、ホーエンハイムはしぶしぶスプーンを置いた。

「だって、うかうかしてたらパフェのアイスクリームが溶けちゃって台無しになるだろ?」

「俺のっ!
そのパフェ俺のっ!
てめぇに食わせるものはないっ!」

言って、エドは普通のフォークでパフェのバナナをグサッと刺した。

「あー…、バナナー。」

物欲しいような、寂しいようなホーエンハイムの目の前で、エドは得意げにバナナを咀嚼(そしゃく)した。

「俺のだっつってんだろーが。
それに、なんで、てめーがここにいるんだよ。」

ホーエンハイムはチョコがくっついたフォークを自分に向けるエドに、笑う。

「そりゃ、お前、そろそろ暗くなるだろ?
お前たちの帰りが遅いから迎えに来たんじゃないか。」

「俺たちは小学生かっ!
いらんわいっ!そんなん!」

テーブルをばっしんばっしんエドが叩くせいで、空になった皿がカチャカチャと音をたてた。

「そうだ、アルフォンスはどうした?
置いてきぼりにしてきちゃったのか?
困った兄ちゃんだな。」

やれやれと、ため息をつくホーエンハイムの言葉にエドが真っ赤になった。

「するかぁぁぁっ!
あそこの路地で猫と戯れてんのが見えねーのかよ、この節穴っ!」

エドはアルの背中がはまった路地を指さして叫ぶ。

ホーエンハイムがそちらに顔を向けて、あぁ、と頷いた。

「そうかー。
アルフォンスは猫派かぁ。
トリシャも猫が好きだったなぁ。
猫も可愛かったが、猫と戯れてるトリシャがすごく可愛くてなー。」

エドは、殺気すら含んだ面持ちでテーブルを叩いた。

あまりの勢いに、パフェのグラスが危なげに傾いたのを、ホーエンハイムが受け止めた。

「あんたが、
母さんを、
語るなっ!」

視線で人が殺せそうなほど睨み付けられながらも、ホーエンハイムはキョトンとしている。

「どうして。
俺の奥さんだぞ?」

「うるさいっ!
あんたなんか、母さんの何を知っている!」

エドが、吠えるように叫んだ。

「母さんの気持ちも考えないで、勝手に出ていきやがって!

母さんがどんだけ苦労したと思ってやがる!

そのせいで病気になっちまったんだぞ!

母さんは、母さんは、ずっと待ってたんだ!

てめーが帰ってくんのを!
絶対帰ってくるって、待ってたんだぞ!

それなのに、葬式にすら顔ださねーで、ちくしょうがっ!

今頃になって、
父親面すんな!」

厳しく睨むエドを前に、ホーエンハイムは気にせずまたもやチョコバナナパフェをつつき始める。

「て、め、え、はっ!!」

エドがついにつかみかかろうと腕を伸ばした。

「エドは、トリシャをよく覚えてるか?」

ホーエンハイムの胸ぐらに届く寸前に、エドの手が止まる。

「当たり前だっ!」

「まぁ、そうだろうな。
トリシャの髪の色、覚えてるか?」

エドは脳裏にはっきりとトリシャを思い浮かべた。

「母さんは、茶髪だったっ」

ホーエンハイムはウンウンと頷く。

「そうそう、やわらかくて、なめらかな、キレイで明るい栗色の髪だったよな。

瞳もキレイだった。」

思い出を噛みしめるホーエンハイムの胸ぐらを、今度こそエドはがっちりと掴んだ。

「だ、か、ら、てめぇは…」

ホーエンハイムの手が、胸ぐらを掴んだエドの手に重ねられた。

振り払う訳ではなく、上に置かれた状態だ。

「ピナコに聞いたぞ。
トリシャを作ろうと人体錬成したんだってな。」

「っ!」

息を飲んだエドを、今度はホーエンハイムが見据える。

「今さら、俺たちを怒るつもりか?」

「怒って欲しかったか?
もうだいぶ昔の話なんだろ?
今さらお前たち怒ったって、何もならないだろ。」

当てが外れてエドはいぶかしんだ。

「なら、何が言いたい。」

「俺が言いたいのは、ただの事後確認だけ。

お前はトリシャをしっかり覚えている。

じゃあ、お前たちが作ったモノはどうだ?

頭のいいお前なら、覚えているだろう。

作ったものの、髪の色は?体つきは?瞳の色は?

思い出してみろ、作りだしたものに、少しでも面影はあったか?」

襟首を掴んだエドの手が震える。

あの日の惨状と、やさしいトリシャが、フラッシュバックする。

作りだしたものに、トリシャの面影が感じられたかといえば、それはエドも否定するしかない。

しかし、母ではなかったと断言するには、感情がそれを否定する。

「俺たちは、母さんを…」

「違う。」

エドがいいかけた言葉を、ホーエンハイムはピシャリと封じた。

「人体錬成のせいで、アルフォンスの体が持っていかれた。

無駄なことをして、弟が犠牲になったと思うのが怖いんだろう。

トリシャとは全く別ものを錬成したと思いたくないのだろう。

だが、お前なら解るはずだ。

お前たちが、何を錬成したのか。」

真っ青になって立ち尽くしたエドの手を、胸ぐらからそっと外し、そのホーエンハイムは空っぽになったチョコバナナパフェのグラスをテーブルの上に置いた。

「迎えがいらなかったのなら、すまなかった。
俺は先に戻る。

せいぜい悩め。
エドワード。」

ホーエンハイムがパフェを食べてしまったことも、ホーエンハイムが何を言ったかも、エドにはとどかなかった。

ただ、呆然と立ち尽くすのみ。

ホーエンハイムが席から立ち上がった。

「今のお前では、次の可能性にすら、気がつけない。」

横を通りかかりざま、ホーエンハイムは言う。

「パフェ、ごちそうさま」

「父さん!待って!」

カフェを立ち去ろうとしたホーエンハイムに、声をかけたのはアルだった。

「兄さん、本当にごめん!

僕、ちょっと父さんに大事な話があるんだ。

先に基地に戻っててくれない?」

アルは、エドの横を通ってホーエンハイムの後を追いかけていく。

一人残されたエドは、そのまま夜の闇に押し潰されてしまいそうだった。

★★★☆☆

「父さん!」

ホーエンハイムの後を追いかけてきたアルは、少し行ったところで追い付くことができた。

「おお、アルフォンスか。

なんだ?
兄ちゃんを置いて来ちゃったのか?」

ホーエンハイムは、アルの方に振り向いた。

「兄さんなら大丈夫だよ。

セントラルには何度も来てるし。

それより、父さんにお願いがあって。」

ホーエンハイムは少し驚いたようだが、にっこり笑いかけた。

「俺にお願い?

なんだろうな。」

アルは、意を決したように言った。

「僕に、医療系の錬金術を教えて欲しいんだ。」

ホーエンハイムは、少し考えると、アルと目を合わせた。

「理由を聞いていいか?」

ホーエンハイムの問いに、アルは、はっきりと答えた。

「もう、犠牲になる人を出したくない。

それだけだよ。」

ホーエンハイムは、クスッと笑う。

「やさしいな、アルフォンスは。

しかし、肉体がないお前は、触診することができない。

その分、難しいぞ。

それでいいなら、できるかぎりのことを教えてやろう。」

アルは、目を輝かせた。

「やった!
ありがとう父さん。

僕、頑張るから、よろしくお願いします!」

アルは、ホーエンハイムに深々と頭を下げた。



クリムゾン†レーキ43へ 続く
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