クリムゾン†レーキ
…41、砂上の楼閣
ロイに案内されたグラマン達が墓地を出ていってしばらくして、うなだれたエド達も、ようやくリザの墓の前を離れた。
大人達には、とぼとぼと前を歩くエドの背中が、弱々しくやつれて見えてしまう。
エドは、目に見えて落ち込んでいた。
アルも、心配のあまり、どうやって声をかけるべきか、考えあぐねているようだった。
「…大将、大丈夫すかね…?」
ハボックが、そっとヒューズに耳打ちした。
ヒューズの表情も、暗い。
「エドが子供だってこと、忘れてたな…。
大人失格だ。」
本来ならば、まだ守られるべき年齢で大人の世界に踏み込んだ二人の子供。
大人以上の存在感を持っている。
それゆえに、大人達は忘れてしまっていたのだ、エドは、軍人の大人ではなく、軍属の子供であることを。
「本来なら、俺たちが何とかするべきことを子供に押し付けて甘えた結果がこれだ。
俺は情けないよ。」
ヒューズは、苦い顔で言った。
しかし、その言葉は、ハボックにではなく、自分自身へ言ったように、ハボックには聞こえた。
「もう、子供が傷つくところは、みたくねぇ…。
軍人として、大人のことは、大人がケツを拭くべきだった。」
ヒューズの苦々しい言葉は、まさに、そのままハボックの胸の内でもあった。
ほかのメンバーも、同じだろう。
「中佐。
それで言うなら、後でご相談が。」
エドの耳に届かないよう、ハボックはことさらに、低い声で言った。
ヒューズは言葉を返さない。
しかし、目は確かに策士の光を灯していた。
墓地を出て、石畳の道を少し歩いたところで、エドの肩に、いきなりヒューズが腕を回した。
「エードっ!」
「うわっ!?」
完全に不意討ちをくらったエドは、前につんのめりながらヒューズを見た。
「ヒューズ中佐?」
「エド!
腹減ってねえか?」
明るく笑うヒューズに面食らい、エドは曖昧にうなずいた。
「腹はへってんだけど、あんま食欲ないんだ。」
「昨日から、兄さんろくに食べてないんですよ。」
心配そうなアルの声に、ヒューズは頭を振った。
「あー!
ダメダメ!そんなんじゃ!
子供は食わないとでかくなれねーぞぉ?
そんなことだろうと思ったぜ!」
ヒューズは、エドをがっちりホールドしたまま、近くにあったオープンカフェにつれこんで、無理やりテーブルに座らせた。
小さいながら、日当たりもよく、開放的でアットホームなカフェだ。
「ヒューズ中佐!」
エドの抗議には耳を貸さず、エドが立ち上がれないように肩を上から押さえながら、ヒューズは店員を呼ぶ。
「おーい、ウェイトレスのおねーさん、オススメってなんだー?」
「いらっしゃいませ、本日のオススメは、トマトスープ仕立てのロールキャベツです。」
かわいい制服のウェイトレスが、ニッコリ笑顔でヒューズにメニューを差し出した。
「お、いいねぇ、ロールキャベツ。
うちのエリシアちゃんも大好きなんだよなぁ~。
エドは好きか?」
エドはヒューズの勢いにのまれっぱなしだ。
「うん、まぁ…」
エドがあいまいにうなずいたのを見て、ヒューズはメニューをパシッと閉じた。
「いよっし、決まった!
じゃあ、オススメのロールキャベツに、ポテトサラダとコーンスープつけてな。
パンは白パンをちょっとあぶったやつと、オレンジジュース。
デザートには、チョコバナナパフェで。
全部一緒に持ってきていいぜ。
できれば急ぎでお願いな。」
ヒューズが手際よく注文したので、エドは止めるチャンスがない。
「かしこまりました!」
伝票にメモったウェイトレスは、笑顔で店内に引っ込んでいった。
「ヒューズ中佐!」
エドがようやく抗議の声をあげると、ヒューズは、エドの頭を力いっぱい撫でた。
「ダメダメ!
子供は腹空かせてちゃいけねーの!
金だったら安心しろ、俺のおごりだから。」
「そーゆーことじゃない!
今、俺、あんまり食欲が…」
ヒューズが、エドに顔を近づける。
その顔は真剣だ。
「わかってるよ。
そりゃ、食欲がわからいことぐらい見てればわかる。
だけどな、ホークアイ中尉が今のエド見てたら、きっと寂しいだろうぜ?
自分のせいでエドがものを食う気になれないなんてな。
ホークアイ中尉も、自分のせいでエドが病気になっちまったりしたら、悲しむだろう?
それに、俺たちだって、エドには元気でいてもらいたいんだよ。
だから、な?
大人の身勝手なのはわかってんだけど、ちゃんと食ってくれや。」
そう言われてしまっては、エドには、もう食べないと突っぱねる気になれなかった。
「ちゃんと胃がびっくりしないように、軟らかくて消化がいいもんたのんだから、ちゃんとしっかり全部たべるんだぞ?
ちなみにみんなエリシアちゅわんが好きなものばっかりなんだ。
後で感想聞かせてくれよ!
エリシアちゃん連れてくるかどうか参考にすっからさ!」
ヒューズはちゃんと体を起こして、エドに笑いかけた。
「…わかったよ。
ありがとう、ヒューズ中佐。」
そうしているうちに、エドの前に、先ほどのメニューがズラリと並べられた。
暖かい食事に、エドが引き付けられるようにパンをちぎり、ロールキャベツのスープに少し浸して頬張った。
「…美味しい。」
エドの一言に、心配そうみ見ていた大人たちは安堵の表情になった。
「良かった。
俺たちは、これから残務整理があるから、一度軍に戻って仕事しなくちゃならないんだ。
ロイちゃんも、ゲームが終わったから、いきなり襲ってくることもないだろ。
アルと二人で大丈夫か?」
エドはうなずいた。
「大丈夫だよ。
今までずっと二人旅だったんだから。」
ヒューズは、二人にすまなさそうに笑う。
「悪いなエド。
じゃ、アル、
後はよろしくな。」
最後のチョコバナナパフェを運んできたウェイトレスに、紙幣を渡すと、ヒューズは他の大人達を引き連れて中央指令部の方へ歩いていった。
夕方の太陽が、世界をオレンジ色に染めている。
エドは、しばらく大人達を見送っていたが、気をとりなおしたように食事を食べ始めた。
「やっぱり、うまいや。」
モグモグと口を動かすエドを見て安心したアルは、しばらく兄から離れてあげようと思った。
自分がいると、兄でいるために無理をしてしまう質であることが、よくわかっているから。
それに、かわいらしいお店なので、体の大きなアルが幅をとってしまうのも、心苦しい。
「兄さん、僕、ちょっとあそこの路地にいていいかな?
さっき通ってきたときにね、子猫がじゃれてるのが見えたんだ。」
アルが、食事をするエドに言った。
エドが顔を上げて見ると、たしかにアルが指差した方には細い路地がある。
「拾ってくんじゃねーぞ。」
「わ、わかってるよ!
見るだけだよ!」
内心ちょっとギクッとした。
「わかった。
俺、ここで食ってるからしばらく見てこいよ。」
「うん、ありがとう兄さん。」
アルが路地に入って…、というか、横いっぱいにハマるようにしゃがみこむのを見て、一抹の不安を覚えたが、エドは食事を再開した。
☆☆★★
「なるほど…。
確かにそいつは有力な手がかりかもしれない。
だけど、いいのか?
確実に命懸けだぞ。」
軍へと向かっている途中、ブレダに耳打ちされたヒューズは、足を止めて、真剣な顔で振り向いた。
「構いません。
命懸けなほど、やりがいがあります。」
答えたのは、ハボックだった。
「それに、ブレダには士官学校のころから、命は預けっぱなしですよ。
俺は、ブレダを信頼してます。」
真っ向から目を合わせるハボックに、ヒューズが折れた。
「わかったよ。
挑むからには、本気でいくぜ?
聞いてなかったことにできるのは、ここまでだぞ。」
ヒューズの真剣な瞳に、アームストロング、ハボック、ブレダ、ファルマン、フュリーがうなずいた。
「…頼もしい奴等だぜ。」
クリムゾン†レーキ42へ
続く。