クリムゾン†レーキ
…39、焔の鬼
エドの足が、地面を伝わるビリビリという衝撃を感じた。
「まさか…」
エドは爆発音がした方へ走り出した。
当てずっぽうに、横道に飛び込む。
狭い路地がいりくんだ都会を呪いながら、暗い夜道を駆け抜けるが、見つからない。
再び、大気を振動させる爆発音。
そして、数発の銃声。
「ホークアイ中尉、どこにいんだよー!
中尉!返事してくれぇ!」
エドは、真っ青になりながら、辺りを見渡す。
音はかなり近いのだが、どうやって近づいたらいいのかわからない。
街灯は無責任に、自分の足元しか照らさないので、視界も悪い。
「中尉ぃ!」
ズンッ
エドの横手に建っている建物の向こうに、オレンジ色の光が見えた。
銃声も、また、一発。
「ここの向こう側か!
あああぁ、どうやったらいけんだよっ!」
見ても、エドの周りにそちらに抜ける小道などはない。
回り道をするしかないようだ。
「中尉!
無事でいてくれ!」
エドは家をぶち抜いてしまおうかとも考えたが、中に人がいた場合、とんでもないことになりかねない。
仕方なく、エドは一旦大回りをして、光が見えた方に走る。
遮っていた家を回り込むと、道の先に真っ赤に燃える炎が見えた。
「あそこかっ!」
エドは腕のオートメイルを剣に変え、路地を走り、燃え盛る炎に飛び込んだ。
そこは、うらぶれた路地裏の公園であった。
周りは家の壁が迫っており、公園として作られたと言うよりも、場所が余ったのでただ遊具をおいたような質素な公園である。
鎖の切れたブランコが、隅の方で垂れ下がり、炎に照らされてオレンジ色に染まっている。
その公園は、できてからもっとも明るく照らされているにちがいない。
真っ赤に燃え盛る炎が、その公園で唯一の立木を犯していた。
そのせいで、ものすごい熱気とオレンジ色で埋め尽くされている。
「中尉ぃ!」
エドが、公園の入り口で立ち尽くして、リザを呼んだ。
エドからは、燃え盛る木立に遮られて、公園の真ん中辺りがよく見えなかった。
エドが公園を覗きこもうとした時、激しい爆発が公園の真ん中あたりから巻き起こり、その熱風は燃えた木立をへし折った。
「!」
自分の方に倒れる木立をよけて飛び退くと、巻き起こる熱風に巻かれ、エドはレンガの壁に叩きつけられた。
「あぐっ!
いででで…」
エドがよろよろと顔を上げると、視界を遮るものがなくなり、狭い公園を見渡すことができた。
公園の真ん中、土がむき出しの狭い広場に、二人の人物がいた。
焼け焦げた服装で、地面に倒れているリザと、そのすぐ近くで、冷徹な目で見下すロイである。
リザの手には拳銃が握られている。
ロイの手は発火布の手袋に包まれ、軍服の上に黒いコートを着ていた。
「大佐ぁぁぁぁぁあっっ!
てめぇぇえぇええっ!!」
エドは叫んで、すぐにロイとリザの間に壁を錬成した。
「ぬっ!?」
いきなり目の前にそびえた壁をよけて、ロイが飛び退いたスキに、エドがリザに駆け寄る。
「中尉ぃ!
しっかりしろ!
ホークアイ中尉!」
エドが、倒れているリザを、抱き起こした。
いつも髪をまとめているバレッタがとれてしまったのか、長い髪が地面に広がっている。
「…え、エドワードく…ん」
煤で汚れた体を抱き起こすと、下から支えるために差し込まれたエドの腕に、嫌な感触が伝わる。
どろり、とした、あたたかい液体の感触が。
「…中、尉…」
かすかばかりに目を開けて、リザはエドを見た。
「ごめんなさ…い。
はやく、逃げて…エドくん…」
「中尉も連れていく!
しっかり!」
エドが、リザを抱え直そうと、リザを抱き寄せる。
「…いいの…、それより、伝えなきゃならないことがある…の」
エドは仕方なく、リザの口元に耳を近づけた。
「な、なに?」
「…みんなに、伝えて、軍は、軍の上層部は…
みんな、黒…だと…」
「え?」
エドは、驚いて、目を丸くした。
それは、どういうことだ?
「やはり、気がついてしまったか。
君は優秀すぎるね、ホークアイ中尉。」
「!」
エドが顔を上げると、すぐ前にロイが立っていた。
「今日の会議で気がついたのだね。
君のような優秀な部下を手にかけなくてはならないのは、とても心苦しいよ。」
ロイは言いながら、リザの長い髪を掴んで引き起こした。
「うっ」
力が入らない体が、髪だけで支えられ、ロイに引き寄せられる。
「大佐ぁぁ!
その手を離しやがれっ!」
エドがロイに殴りかかる!
だが、ロイは繰り出された拳を軽く捻り、エドの体を投げ飛ばしてしまった。
エドの体は、壊れたブランコにぶつかる。
エドが体を起こそうとすると、ブランコの鎖がオートメイルの腕に絡み付き、ちょっとやそっとでは外れそうにない。
「っ!
ちくしょう、このっ!
このぅっ!」
ガチャガチャと鎖は、エドを笑うように音を立てた。
「絡まったか。
しばらくそこでおとなしく、君がゲームに負ける様を見学していたまえ。」
ロイが、エドから、髪を掴んでいるリザを見た。
「錬金術師ではない君だが、なかなか奮闘してくれたな。
だが、これで終いにしようか。」
ロイは、さらにリザを、膝が浮くほどまでに持ち上げた。
「うっ…くうっ」
リザの足下に、赤いものがボタボタと落ちる。
リザを支える腕と逆の腕が、リザの顔の前に差し出された。
リザは痛みに顔を歪めながら、ロイの額に銃口を押し付け、引き金を引く。
カキンッ
劇鉄の、乾いた音だけを鳴らした。
「残念。
彈切れのようだな。」
リザの手から銃が落ちて、ガチャンと音を立てた。
悔しげにリザが歯噛みする。
「止めろぉおぉっ!」
エドの腕が鎖から外れ、両手を合わせて地面から突き出る錐(きり)を錬成する。
地面を割りながら、突き進む錐を、ロイの火花が貫いた。
バグンッ
錐は内側から破裂するように爆発し、エドの視界を煙が埋め尽くした。
「うわっ!」
とっさに顔をかばったエドの耳に、
いや、体全体を打ち付けるほどの、
大気全体を、揺らすほどの衝撃が襲いかかった!
「うっ…あっ!?」
あまりの衝撃に、地面に押し付けられる。
熱がすさまじく、周りの地面がチリチリと音を立てた。
すさまじい爆風が過ぎ去ると、ようやくエドは顔をあげることができた。
「君は無事だったか。
鋼の。」
のんきなロイの声が、エドの耳に届く。
しびれているのか、鼓膜から聞こえる音が歪んで聞こえた。
エドの視線は、ロイの言葉を無視して、ロイの足下にそそがれた。
そこには、
いつかの狂言事件の時、ロイが通った廊下に横たわっていた、黒いものが一つ、
燻りながら倒れていた。
目を見開き、ガックリと膝をつくエドの前を、ロイがゆっくり通りすぎる。
「これでゲームは私の勝ちだな。
つまらん。
もっと粘ってくれるかと期待していたのだがなぁ。
…さて、私はそろそろ帰ろうかな。
指令部の執務室で、報告がききたいのでね。
それでは、おやすみ、鋼の。」
そう言って、ロイはエドの横を通りすぎ、狭い路地に消えていった。
エドは、ロイの言葉を聞いてたのかいないのか。
ただただ、横たわる黒いものを、呆然と眺めていた。
「ホークアイ中尉っ!
うわぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁあっっっ!」
クリムゾン†レーキ40へ
続く