クリムゾン†レーキ
…37、兄弟たちの溝
アルが現場に戻ってくると、そこは瓦礫の山になっていた。
ホーエンハイムがアルを逃がすために作った壁は、粉々に壊れて、狭い路地を埋めてしまっていた。
破片を掻き分けて進むと、焼け焦げた路面や、崩れた廃屋が、戦闘の激しさを物語っていた。
ホーエンハイムは、道端に打ち捨てられていた箱に腰掛け、その横にサブリナが立っている。
「父さん!
無事だったんだね!」
アルが座って休んでいるホーエンハイムに近いた。
「ああ、アルフォンスも無事だったか。
よかったよかった。」
ホーエンハイムはアルを見て、ほっとしたように笑う。
アルに続いて、後ろから、エド達がどやどやと路地に入ってきた。
「ホーエンハイム!
無事だったのかよ。」
エドが残念そうに言う。
ホーエンハイムは、メンバー達が来たことに驚いたようだった。
「こりゃまた、皆さんお揃いで。
アルフォンス、お前、人気ものだな。」
アルを見上げるホーエンハイムに、エドが怒鳴る。
「当たり前だ!
てめえじゃなくて、アル助けに来たんだからな!
なかなか、身の程わきまえてんじゃねーか!」
しかし、そんなエドにも、ホーエンハイムは微笑んだ。
「そうだな。
エドはいい兄ちゃんだな。
それに、なんだかんだいいながら、ついでに、俺の様子も身に来てくれたんだろ?
ありがとな。」
「……っ!!」
ホーエンハイムに頭を撫でられたエドは、気恥ずかしいやら、悔しいやらで、言葉が出なくなってしまった。
「しかし、よくご無事でしたね。
スカーとあいつ相手に生き残るなんて。」
ヒューズが、信じられないような顔をしてホーエンハイム言った。
ホーエンハイムは、ヒューズに向き直って言った。
「実を言いますと、アルフォンスと別れてすぐに、あの顔に傷のある男は別の路地に逃げていきまして、もう一人の大佐と言う人物も、その男を追いかけて行ってしまいました。
傷の男は、アルフォンスを追いかけたのかとも思ったのですが、違ったようで安心しましたよ。」
そう言いながら、ホーエンハイムはチラッとアルを見た。
「うん!
父さんのおかげで、僕は大丈夫だよ。
ありがと、父さん!」
嬉しそうにお礼を言うアルと、照れくさそうに笑うホーエンハイム。
エドはその姿を、イライラしながら眺めていた。
☆★☆★
地下に戻ってきたロイ・グリードは、服についたホコリを払っていた。
秘密の入り口のひとつから、中に帰ってきたばかりだった。
「…銃弾で穴だらけな上に、粉塵まみれ。
この服はもうだめだな。」
着ていたジャケットを見て、ロイは残念そうに呟く。
「天下のイシュウ゛ァールの英雄がホコリまみれでどーしたのぉ?」
人を小馬鹿にしたような声が、通路の向こうから聞こえてくる。
ロイが顔を上げると、そこにはエンウ゛ィーが腕を組んで壁に寄りかかっていた。
「エンウ゛ィーか。」
ロイは気のない声で、名前を呼んだ。
「上が騒がしかったけど?」
ロイは、ホコリを払いながら言った。
「…人柱候補のアルフォンス・エルリックがスカーに襲われていたので、間に入った。
大切な人柱候補を殺されてはマズイだろう?」
スカーの名前が出てきたとたんに、エンウ゛ィーが苦々しい顔になった。
「チッ!
またあのイシュウ゛ァール人か!
余計なことばっかしてくれるよ!
まぁ、たしかに人柱候補殺されちゃマズイもんね。
ごくろーさん。
でも、グリードも自分大切にしろよ。
お前だって、立派な人柱候補なんだからさ。」
エンウ゛ィーの言葉に、ロイは苦笑いを返した。
「君が他人の心配をするなんてね。
明日は槍がふるんじゃないか?」
エンウ゛ィーは、ムッとしてロイを睨んだ。
「僕は、グリードのために言ったんじゃない!
お父様の計画に支障をきたさないように、お前も協力しろって言ってるんだよ。
そう言ってられるのも今のうちだぞ。
人柱になるために、そのうち扉開けなくちゃならないんだからさぁ。
はは、ぜんぜん知らない人間より、知ってる人間の方が気合いはいるんじゃないか?
その体の知り合い、誰か殺してきてやろうか!」
ロイは、エンウ゛ィーの相手にするのが嫌になったのか、別の方へ歩きだした。
「お前にそんな手間かけさせなくても、自分でやるさ。
何のために守ってみろなどと条件をつけて、ゲームを仕掛けたと思っているのやら。」
それを聞いたエンウ゛ィーは、ロイに駆け寄る。
「なんだ。
もう考えてるのか。
誰?誰狙ってんの?」
ロイは、エンウ゛ィーを見ず、進行方向を見ながら言う。
「さぁて、な」
☆★★☆
エド達は、ややこしいことになる前に路地や廃屋を錬金術で直し、アパートに帰ってきていた。
軍人メンバー達と、マダムの部下の二人がスカーやロイについて話し合っている間、エドはアルと、ホーエンハイムを眺めていた。
アルと、ホーエンハイムが急に仲良くなり、エドには、それがとても気に入らない。
ムスッとしながら、その様子を見ているエドに、誰かが近く。
「どうかしたのかい?エリィ。」
「え、エリィ?」
声をかけたのは、マダム・クリスマスだった。
「うちの飲み屋の習慣でね。常連には、女の子のあだ名を付けるようにしてるのさ。
ま、昔のコードネームの習慣が抜けてないんだろうね。」
「へー。」
マダムは、エドの隣に立ち、エドが何を見ていたかを推測した。
「アルルとホーエンハイム氏を見ていたのかい?
混ざりたいなら混ざればいいじゃないか。」
エドは吐き捨てるように言う。
「あんなやつとは、口ききたくもない。」
「あんなやつ、ねぇ。
でも、アルルとは、なかなか仲がいいじゃないか。」
エドは、たまっていたものを叩きつけるように、強い口調でマダムに言う。
「あいつは、俺たちや母さんを見捨てて、勝手に出ていっちまった薄情者だ!
母さんは、死ぬまで、あいつを待ってたのに、その期待に応えない裏切り野郎だ!
俺はあいつを許さない、アルだって、あいつになにか吹き込まれなきゃ、あんなに毒されなかったはずなんだ!」
エドの怒りのこもった声を、マダムは受け止める。
「なるほどね。
あんたは、要するに、弟を、理解できない父親にとられて悔しいんだろう。」
「っ!
そんなことないっ!」
しかし、言葉とは裏腹に、エドの顔には、図星だと書かれていた。
「いいじゃないか。
長い間、離ればなれだった親子の仲がもどるのは。
喜ばしいことで、悪いことなんか一つもありゃしないじゃないか。」
エドの顔が、歪む。
「違う、違う、あいつは…」
「わかってるよ。
あんたは、父親が急にいなくなっちまって、寂しかった。
大好きな母親に寂しい思いをさせた父親を、裏切り者だと思った。
帰ってきても、またどっかいっちまうかもしれない。
その時、弟に、自分が味わった気持ちを、味あわせたくないんだろう?
なんたは、いいにいちゃんだね。」
マダムの言葉を、エドは否定したかった。
いや、むしろ、自分のなかのもやもやしたものをズバリと言葉にされて、そんな簡単なものではないと言いたかった。
しかし、エドの口から否定の言葉どころか、相づちすらでてはこなかった。
「だけどね。
例え兄弟だって、まったく同じようにはならないのさ。
今、アルルは、エリィや、他人の評価ではなく、自分が感じた評価を、父親につけた。
実際に、見て感じた自分だけの評価をね。
あんたは、弟の人間としての尊厳を認めないつもりなのかい?
自分の評価を弟に押し付けるのは、お止め。
それでもし、アルルがあんたの気持ちに従うようにしたら、アルルはただの動く鎧だよ。」
エドは、うつむいてしまった。
「エリィも、また新しく評価をつけてみればいいのさ。
それで、前とかわらない悪評がついたら、あのホーエンハイムの旦那が悪い。
でも、少しでも見直すことができたなら、まだ知らない一面があるってことだろう?
自分にも、旦那にも、チャンスを作ってみたらどうだい。」
エドは黙ったまま、仲良くするアルとホーエンハイムを見た。
そして、もうマダムに突っかかることはなかった。
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続く