クリムゾン†レーキ
…36、路地の戦闘
アルがとっさに錬成した大砲が、スカーの体を弾き飛ばした。
「ぬうっ!錬金術師め!」
スカーは仕方なく、二人から距離をとった所に着地した。
「アルフォンスもなかなかやるなぁ。」
ホーエンハイムも、アルの錬成に感心したようだ。
「感心してないでよっ!
また来るよ!」
スカーが、ホーエンハイムに突進してくる。
「神に召されよ!」
スカーの右手が、ホーエンハイムに迫る。
「ぬおっ!?」
繰り出された右手を、のけ反って避けようとしたが、スカーの方が素早く、ホーエンハイムは顔面を捉えられた。
スカーの腕から、ごきりと筋が鳴る音がした。
「滅びよ、錬金術師!」
「父さん!」
スカーの怒声と、アルの悲鳴が、路上に響く。
顔面を掴まれているホーエンハイムは、何もできない。
スカーの右手から、錬成光が迸る!
バシィィィイィィインッ!
激しく何かが割れるような音がした。
そして、スカーが一瞬、怪訝な顔をし、その腹にホーエンハイムの蹴りを受けて横ざまに吹っ飛ぶ。
「あー…、俺のメガネが」
ぼやきながら、ホーエンハイムはメガネのかけらを払い落とした。
ホーエンハイムは、スカーの破壊の右手に掴まれたにもかかわらず、生きていた。
「父さんっ!?」
アルは、何が起こったのかわからず、父親を呼ぶことしかできなかった。
少し離れたところで、スカーも、驚いたように自分の右手を見ている。
ホーエンハイムが、そのスキに、スカーを囲むように、壁を錬成する。
ホーエンハイムの錬成は、普通の錬成では考えられないほどのスピードで組み立てられるので、スカーの身のこなしでも逃れるのは難しい。
スカーは、試すように右手で壁を破壊する。
壁はなんなく破壊されたが、見た目よりも脆くつくられていたため、スカーに壁が倒れこんだ。
「くっ!?」
スカーの上に、砂になって崩れた壁が降り注ぐ。
「逃げるぞアルフォンス!」
ホーエンハイムがアルの腕を引っ張る。
「逃がさん!」
スカーが埋まりながらも、破壊の右手を振るう。
スカーが路面に手をつくと、錬成光が走り、ひび割れが二人を追いかけた。
大通りに向かうための狭い路地に入った二人は、避けることはできない。
ひび割れが二人の足元に到達すると、二人の下の路面が崩れて足首ぐらいまで石畳の破片で埋まってしまった。
「うわっ」
バランスを崩して、二人はその場で転んでしまった。
「あ、足が抜けないっ!」
すっかり埋まってしまった足首は、すぐに抜くことができない。
スカーは、二人が足をとられている間に砂山から抜け出し、転んだままの二人に迫る。
ホーエンハイムを警戒して、アルを狙う!
ズガァァアンッ!
大爆発が、激しい衝撃を生み出し、回りの壁や窓を震わせた。
しかし、それはスカーが起こしたものではなかった。
「また、派手に暴れているな。
面白そうではないか。
私も混ぜてくれんかね?
スカーよ。」
スカーは、大爆発に押され、二人がいる路地に入ることはできなかった。
それよりも、焼け焦げて、ひび割れだらけになった石畳に、一人の男が立っていることに気がついた。
スカーの前に立ちふさがる形で、二人のいる路地を背にしている
「イーストシティぶりだな?
スカー。」
「焔の錬金術師、ロイ・マスタング!」
余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)のロイの視線と、憤怒の形相のスカーの視線が交錯した。
「た、大佐!」
アルの声に、ロイはチラリと二人を見て、口の端で笑った。
「手合わせ願おうか!スカー!」
ロイは自分から、スカーに飛びかかる。
「大佐、ということは、彼がホムンクルスか?」
ホーエンハイムが、アルの足を抜くのを手伝いながら、アルに聞いた。
「そうだよ。
ホムンクルスの一人、グリードに体を乗っ取られてしまったんだ!」
爆発がまた巻き起こり、砂ぼこりでスカーとロイの様子が解らなくなってしまった。
もがいているうちに、アルの足がようやく破片から抜き出すことができた。
「やっと抜けた!
父さんの足も早く抜かないと!」
アルがホーエンハイムの足を抜こうとした瞬間、ホーエンハイムがはっとして、アルの体を突き飛ばす。
「うわっ!?」
アルは膝だちになっていたので、押されて後ろにしりもちをつく。
そして、今まで自分がいた場所に、巨大な壁が立ち上がるのを見た。
「父さん!!」
錬成された壁に、炎が吹き付けた音がした。
「父さん!!大丈夫!?」
アルの呼び掛けに、ホーエンハイムの声はすぐかえってきた。
「服がちょっと焦げたが大丈夫だ!
それよりも、早く逃げろ、俺もすぐいくからっ!」
「そのセリフ、完璧に死亡フラグだよっ!!
父さん!!」
アルは、分厚くて高い壁にすがりついて、壁を錬成で壊そうとした。
しかし、アルの錬成は、なしえなかった。
後ろに強く引っ張られたからだ。
「アルフォンスさん、こちらへ!」
マフラーで顔を隠した女性。
その時のアルは知らなかったが、マダムの部下の一人、サブリナであった。
「でも、まだなかに、父さんが!」
サブリナはうなずいた。
「わかっています。
アルフォンスさんの避難の後、ホーエンハイム氏の救出に向かいます。
貴方が早く逃げれば、それだけ早く救出に向かえるのですよ?」
そう言われてしまっては、アルには反論しようがない。
サブリナに連れられ、人通りのある通りに出た。
後ろからは、いまだに爆発や何かが壊れる音がしていて、道を行く人がどよめいている。
「もうすぐ、応援がまいります。
こちらでお待ちになり、応援の道案内をしてください。
私は先に、ホーエンハイム氏の救出に向かいます。」
サブリナの指示に、アルは頷くしかない。
サブリナは、来た道を引き返していった。
サブリナが行ってしまってすぐ、通りの向こうからエド達が駈けてきた。
「アル!アルフォンス!
無事かっ!?」
エドはすぐにアルに駆け寄ると、アルの体をチェックした。
「う、うん。
僕は大丈夫。
でも、まだ父さんがスカーのところにいるんだ!
大佐まで来ちゃって、今どうなってるかわからない。
さっき、顔を隠した女の人に誘導されて、ここで応援…兄さん達を待ってたんだ。」
「アルさえ無事なら、ホーエンハイムなんてどうでもいい!
あぁー、マジ心配したんだせ?」
エドは、心底安心したようにため息をついた。
そんな兄を見て、アルは言う。
「兄さん。
父さんのこと、もう、悪く言うの止めなよ。
僕は、ホーエンハイムのこと、お父さんって呼ぶことにするよ。」
アルは、小さくしかし、はっきりと言った。
エドは、カッとしてアルを睨んだ。
「おまっ!
アルは、あいつが俺たちにしたことを忘れたのか!?
アイツなんか、そんな風に呼ぶ価値なんかねぇっ!」
アルも、兜の中から兄を睨みかえす。
「父さんがいなかったら、今ごろ、僕は、スカーに破壊されてた!
父さんは、僕を庇ってまだ危険なところにいるんだ!
僕は、父さんを知らなかった。
僕にとって、父さんなんかいないものだったから、何も感じなかった。
父さんが嫌いなのは、兄さんの考えだ!
僕に、兄さんの考えを押し付けないでっ!!
兄さんだって、父さんのこと、ただ逆恨みしているだけなんじゃないの?
離れているときはしかなかったけど、こうして再会できたんだから、考えを改めるべきだ!
理由はわからないけど、父さんにも、行かなくちゃならない理由が絶対あったんだよ。」
エドは、アルに詰めよった。
「たいした理由なんか、あるもんかっ!
あいつは、あいつは、俺たちを、母さんを、捨てた薄情野郎なんだぞ!
アル、あいつに何を吹き込まれた!?
あいつに手なずけられんなよ!
ホーエンハイムは、裏切り野郎なんだ!
アルが無事なら、それでいい!
帰ろうぜ!」
「兄さんのバカ!
わからず屋っ!!
僕は父さんを助けに行くからね!」
アルは、エドを振り切って路地に向かって駆け出した。
「アル!」
エドと、他のメンバーも、あわててアルを追いかけた。
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続く