クリムゾン†レーキ
…35、罠の中にあるもの
エドは、今までのやり取りを考え直した。
ハボックが聞き付けてきた噂、再発した悲鳴、薬の出所、狂言事件、ウィルファットの事件、エドの中で、パズルのピースがはまりこむ。
たった一つに凝縮されていく。
全てにでてきた言葉があった。
ならば全てそこに原因はある。
エドが考え事をしていると、どこからともなく女性の声が聞こえてきた。
「マダム!大変です!」
「アンジェリカ。
お帰り、報告してくれないかい?」
どこから聞こえてきているのかいまいちわからない声に、マダムが返事を返した。
「失礼いたします」
声がして、一瞬後にはエドの横に顔をマフラーで隠した女性が立っていた。
「えぇっ!?どこから!?」
エドがびっくりしたようすで見上げた。
急いで来たためか、少し汗をかいているようだ。
女性は早口でマダムに報告した。
「黒犬は尾行に気づいてはいたようですが、交戦にはなりませんでした。
幾度か物陰に隠れたので、気配を消して監視しておりましたところ、第3研究所に程近い場所に向かいました。
そこでは、ホーエンハイム氏とアルフォンス君がスカーに襲われており、現在、黒犬が双方の間に入りました。
サブリナがお二人の援護についています。」
女性の報告で、周囲の空気が一気に張りつめた。
「アルがスカーにっ!?」
エドが勢いよく立ち上がった。
そのエドを見たマダムはすぐさま指示をだした。
「アンジェリカ、すぐさま案内してやりな。
あの黒犬の目的がわからない以上、間にはいたって役にたたない場合だってあるんだからね」
数秒後、マダム以外の、エドや他のメンバーはアンジェリカの案内でセントラルの路地を走り抜けていた。
★☆★☆
…少し時間は戻る。
エドたちが今まさにロイに襲われていたころ、アルとホーエンハイムは、スラム街を歩いていた。
薄暗い路地には、トタンやベニヤの薄い板で作られた、掘っ立て小屋がみっちりと密集している。
その小屋たちも、寄りかかっている建物の壁がなければ、すぐさま倒れてしまうに違いない。
ベニヤの壁は、どうにか屋根らしきものを斜めに保っているのがやっとだ。
そのような粗末な小屋から、足をむき出しにして横になっているものがいたり、空き缶やら、ネズミらしき生き物の骨やら、なんだかよくわからないものやら、なんだか理解できそうだが、理解したくないものやらがたくさん転がっているものだから、細い路地は余計に足の踏み場がなくなっていた。
アルは、ホーエンハイムに調べものを手伝っとほしいと頼まれて、リザの護衛以外の時間はだいたい一緒にいるようになっていた。
今回のゲームは、軍の内部にはいれないアルにとって、とてももどかしいものだったので、アルは正直気晴らしができて嬉しかった。
それに、長い間、話と写真しか知らなかった父親を、まじまじ観察できる機会でもあった。
アルはこうして父親と出歩くようになってから、ホーエンハイムのことを見直し始めていた。
かつて自分や兄や母を置き去りにしていってしまった事と、兄からの話で、あまり良いイメージはもっていなかった。
冷たい、理解しがたい人間だと思っていた。
しかし、実はそんなことはないのかもしれない。
ホーエンハイムはスラム街の子供たちや病人を、無償で治療していた。
しかも、かなり高度な生体錬金術による錬成治療だ。
大概の病気や怪我はあっという間に治癒してしまう。
アルは錬成の正確さと、早さと精度に感心しながらホーエンハイムを見ていた。
ずっと治療してあるいているのかと聞いたら、相手の警戒を解くのに、もっとも手早い方法だからやっているとのことだ。
探し物の情報収集の一環としてやっているようだ。
「困っている人をほっとけないタイプなんだよ俺。」
と、ホーエンハイムはさらりと宣(のたま)う。
「ほら、道端に捨ててある子猫をほっとけない、あのかんじ」
それに関しては、アルは気持ちが、なんかよくわかった。
…それにしても、父さんはどうして僕を一緒に連れてきたのだろう。
別に道案内にもならないし、鎧姿なので、確実にスラム街の人間には警戒された。
子供にはキックされ、母親には子供を遠ざけられた。
馴れてはいるが、やはり切ない。
ホーエンハイムは一人で高度な錬成をしているので、錬金術の助手にもならない。
やっていることといえば、荷物もちだけだった。
それに、荷物もちと言っても大きな紙袋を二つ持たされているだけ。
しかも、中身はあめ玉とチョコレートがたくさん入っているだけで、バランスは難しいが、重いものではない。
ホーエンハイムが治療のご褒美に子供にあげたり、警戒を和らげるために渡したりする。
ホーエンハイムいわく、自分が持っていると、かすめとられてしまうからだと言う。
確かに、鎧フル装備の背の高いゴツい人物から盗みを働くより、もっと稼ぎやすい獲物がいるだろう。
つらつらと考えごとをしていたら、しゃがんだホーエンハイムに気が付かず、彼にぶつかってしまった。
「おっとっと!」
「あ、ご、ごめんなさいお父さん」
アルはあわててホーエンハイムに謝った。
ホーエンハイムがしゃがんでいると言うことは、彼が患者を見ているはずだからだ。
「大丈夫だ。
それよりも、チョコレートを一つくれるかな。」
アルはホーエンハイムの横で寝ている患者を見た。
ガリガリに痩せた、イシュウ゛ァール人の男の子が母親の膝で寝ている。
手足が細く、腹が出ている。栄養失調の典型的な体型である。
アルは、紙袋の中から、チョコレートの小さな包みを一つ取り出した。
「ありがとう。」
ホーエンハイムはチョコレートを受けとると、握りしめた手の中でチョコレートを錬成した。
そして、溶けたチョコレートを男の子の口の中に流し入れて、ゆっくりと飲み込ませた。
あらかた流し入れたあと、また手のひらで錬成し、固形物に戻すと、心配そうにしていた母親の口にも入れてやった。
母親が口の中の甘いものに気をとられているうちに、ホーエンハイムは男の子を派手に錬成治療した。
錬成光がほとばしり、光が収まると、先ほどまでピクリとも動かなかった男の子が見じろいだ。
「ふぅ。
とりあえずこれでしばらくは大丈夫。
アルフォンス、このご婦人にあめ玉とチョコレートをいくつか渡して。」
「あ、はい。」
アルは紙袋からあめ玉とチョコレートを引っ張りだすと、困惑している母親に手渡した。
「ありがとうございます」
母親は祈るようにホーエンハイムとアルに、頭を下げた。
ホーエンハイムが微笑みを返す。
「少し聞きたいことがあるんだが…」
ホーエンハイムが完璧に心を許した母親に、聞き込みをはじめた。
ホーエンハイムはこのようにして、もう何人もスラム街の人から話を聞き出している。
アルはホーエンハイムが話をしている間はやることがないので、顔を他へ向けた。
悪戯小僧が、あめ玉とチョコレートの紙袋を絶対盗まないとはかぎらないので、辺りに気を配る。
相変わらずの細い路地。小さな掘っ立て小屋。いろいろなものが散乱する路上。そして、通路の先に
怒りをたぎらせたスカーの姿!
「父さん危ない!」
母親との話に気をとられているホーエンハイムに、アルが叫ぶ!
ホーエンハイムが顔を上げたのと、スカーが飛びかかってきたのは同時であった。
ずごんっっ!
錬成光が巻き起こったのと、爆発が起きたのは、ほぼ同時であった。
「と、父さん!」
アルはホーエンハイムがどうなったのか確認できず、立ち尽くした。
「ぶはっ!なんだありゃ!
とにかく、逃げるぞアルフォンス!」
ホーエンハイムが土埃を突き抜けて、アルの前に転がり出た。
二人が慌てて走りだすと、スカーも土埃を裂いて飛び出した。
ホーエンハイムがとっさに錬成したのだろう。
見れば、先ほどの親子を守るように壁が錬成されており、また、通路を塞ぐように錬成された壁は、バラバラに壊されていた。
スカーは走る二人を追いかけ、路地を走る。
「うおっ!?追ってくるぞ!?
アルフォンス、知り合いか!?」
ホーエンハイムがチラッと振り向いて言った。
「指名手配されてる、スカーだよ!
国家錬金術師ばっかり狙ってて、兄さんも襲われたんだ!」
「エドワードも、やっかいなやつばっかりモテモテだなっ!?
でも、そしたら、なんで俺が襲われてんだ!?」
「知らないよ~っ!!」
二人は狭い路地を走り抜けて、どうにか今までよりも広い道に出た。
二人が振り返ってみると、スカーも同じように、広い路地に飛び込んだところだった。
ホーエンハイムがレンガの壁に触れると、スカーの背後に、路地を塞ぐような壁が現れる。
「これでスラムには被害がいかないだろ。」
ホーエンハイムはアルを庇うように前に出た。
「なぜ、俺達を襲う。
俺も息子も、お前が狙っている国家錬金術師ではないぞ?」
スカーは、腕をごきりと鳴らしながら、怒りの形相でホーエンハイムを睨んだ。
「我らイシュウ゛ァラの民の体を、神より与えられたもうこの体を、錬金術という邪法にて汚すことは許しがたい行いだ。
我らが同胞によくも…っ」
ホーエンハイムは納得したようだ。
「なるほど。さっきの親子にしたことが気に入らなかったのか。
たしかに、イシュウ゛ァールでは禁忌にあたるからな。」
「知ったうえでの悪行、許すわけにはいかぬ!
それに、神の領域を汚すその息子も、共に神のみもとへ送ってやろう!」
スカーがホーエンハイムに刺青を入れた腕を伸ばす。
ホーエンハイムは足元の石畳を錬成し、スカーに向かって槍を飛ばしスカーを牽制した。
「あいにく、祈りたい神様なんて、おらんのでな!
逃げろ、アルフォンス。
奴はお前も狙っているぞ!」
「でも!」
ホーエンハイムはアルを大通りに通じる路地に押し込む。
スカーは、ホーエンハイムが錬成した槍を破壊し、ホーエンハイムに迫る。
「ケンカは苦手なんだがなぁ!」
ホーエンハイムがノーモーションで、目の前に壁を錬成する。
「何度も同じ手を!」
スカーは、破壊の右手で壁を粉砕する。
「どうかな!?」
スカーが壁で視界を奪われたチャンスに、ホーエンハイムは大砲を錬成し、スカーが壁を砕けた瞬間に発射した。
「!」
スカーは、これを脅威の跳躍で避けた。
壊したばかりの壁を蹴って、ホーエンハイムの真上に飛びかかる。
「父さん!」
ズドンっっ
激しい爆発音が、周りの民家の壁を揺らした。
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続く