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クリムゾン†レーキ


…33、圧倒する者される者


痛いほどの沈黙が、室内の空気を支配した。

ドアの前で止まった足音も、足音がつれてきた気配もそれきり動かない。

コンクリートの壁と木製のドアに、全員の視線が突き刺さる。

しばらく沈黙が続いた後、ドアの前の気配は、不意に足音を立てて帰っていった。

なんだったのかとみんなが気を緩めかけたその時、ドアの向こう側で圧倒的なまでの殺気が膨れ上がった。

いち早く反応したのは、アームストロング少佐だった。

「ぬりゃっ!!」

鉄甲を装備した拳を、コンクリートの床にたたき付け、床から錬成した無数のトゲをドアに向かって突進させる。

どばきゃあぁっ!

木製のドアは呆気なく粉砕され、そのままトゲは廊下の壁を串刺しにする!

ドアの残骸がばらばらと散らばり、エド達が相手を確認しないうちに、一拍の間を空けて炎が廊下側から溢れ出た。

「させるか!」

エドがすばやく入口の正面を塞ぐ形で壁を錬成したので、炎が部屋を蹂躙することはない。

しかし、入口を塞いでしまったので、退路は窓だけになってしまった。

だがこれで相手も、やすやすとは侵入できないだろう。

侵入者がコンクリートの壁と錬成された壁の隙間から中に入ってくるところを狙おうと、ハボック達は銃で狙いをつけた。

「なかなかの熱烈歓迎ぶりだな。
痛み入る。」

柔らかな笑いを含んだ声がして、壁が切り裂かれるように、崩れて粉々になった。

もうもうと舞い上がる埃から、ゆっくりと現れたのは、私服のロイだ。

前が開かれたコートの間から、ジャケットが見える。手にはしっかりと発火布の手袋がはめられていた。

火炎の威力で脆くなったコンクリートのトゲを踏み潰し、一同を見渡す。

「情報収集ご苦労だな。
何か発見はあったかね?」

余裕しゃくしゃくのロイが、切り崩した壁の残骸にゆっくり足をかける。

ヒューズがそのタイミングを狙ってナイフを投げた!

ヒューズの狙い通り、足を上げていたロイは重心の移動ができないので避けられない。

「っ!」

ナイフは、正解にロイの胸に突き刺さった。

「…!」

ハボック達は、驚いたように目を見開いて固まってしまう。
今は敵だとしても、何年も仕えていた人間が攻撃されることに反応してしまうのだ。

「馬鹿野郎!
あいつはロイじゃねぇ!!」

ヒューズの叱咤ではっとするハボック達の目の前で、ロイの足元にヒューズが投げたナイフがからりと落ちる。

「さすがヒューズ。
冷静かつ的確。そして正確だな。
だが、その程度では今の私は殺せん。」

ロイはニヤッと笑いながら顔を上げる。

「くっ!胸元に鉄板でも仕込んでやがるのか!?」

ヒューズが苦々しげに呻いた。

「さてな。
さぁ、次は私からいくぞ!」

ロイが腕を上げて発火布をうち鳴らした。
散らばったドアの破片から黒煙が沸き上がり、あっという間に視界を埋める。

「目くらましか!」

エドのすぐ脇に立っていたヒューズの姿も、見えなくなってしまった。

「大佐ぁっ!
てめぇ、汚ねぇぞっ!」

エドは煙の中で辺りを見渡すが、大佐はもはや気配までも完璧に隠していた。

喉と目に、ひりひりと煙がしみる。

「ぐぁっ!」

エドの背後の方から、悲鳴が聞こえた。
これは、ハボックの声だ。

続いてドサッという何かが倒れる重い音。

「ハボック少尉っ!!」

エドが振り向いて叫んだ。
背中に嫌なものが走り抜ける。

「返事してくれっ!
少尉!」

「ぐっ!?」
「うぁっ!」
「っ!!」

しかし、ハボックの返事の代わりに聞こえたのは、次つぎにあがる仲間の悲鳴と倒れる音。

「ブレダ少尉っ!フュリー曹長!ファルマン准尉ーっ!」

視界が塞がれた状態では、何が起こっているのか、まったくわからない。

見えない恐怖に、エドはただ悲鳴が聞こえた人物の名前を呼ぶしかできなかった。

「ぬらぁぁっ!」

黒煙の向こう側でアームストロング少佐の咆哮が聞こえ、黒煙の間を走り抜ける錬成光が狭い視界の端を通り抜けた。

ごがぁっ!

固くて重いものを粉砕する音が聞こえ、すぐに風がぬけて黒煙が薄れはじめた。

先程トゲが貫いた廊下の壁に大穴が穿たがわれていて、そこから黒煙がアパートの中庭のほうに流れ出ている。

「おや、視界が効くようになってしまったか。」

のんきな声でつぶやいくロイは、リザの首を壁に押し付けるようにして絞めているところだった。

リザは首を絞めるロイの腕を掴み、苦しげに喘ぐ。

その足元には、ハボック達が倒れ伏していた。

「中尉を離せっ!」

エドはオートメイルを刃に変えて、ロイに突進した。

エドの刃が届く前に、ロイはリザから手を離し、軽やかに飛びのく。

「中尉!」

解放されたリザはがっくりと床に座り込み、喉を押さえて激しく咳込んだ。
命に別状はなさそうだ。

リザから離れたロイに、アームストロング少佐が殴り掛かった。

「ぬおぉぉおっ!」

ロイは、アームストロング少佐の大岩も一撃で粉砕する鉄拳をかるくいなし、その大きな懐で、範囲を絞って威力を上げた焔を錬成してアームストロング少佐の巨体を吹き飛ばす。

アームストロング少佐を吹き飛ばした隙を狙って、エドとヒューズがロイの発火布目掛けて攻撃をしかける。

エドの刃が左手の発火布を、ヒューズの投擲ナイフが右手の発火布を、ほぼ同時に引き裂いた。

「ほう、やるな。
だが、甘い!」

ロイは真っすぐにヒューズに迫ると、襟首を掴んで強引に引き倒した。

「くはっ!」

床にたたき付けられたヒューズの喉から、空気が漏れる。

「大佐ぁああぁああっ!!」

エドが、ロイの背後から甲剣を振りかざして肉薄した。

ロイもヒューズから手を離し、とっさに振り向く。

ガギィィイっ!

肉体らしからぬ音を立てて、エドの一撃がロイの腕で受け止められていた。

「なっ!?」

エドが目を見開く前で、刃はロイの服を引き裂きながら、腕にそって横滑りした。

引き裂いた服の間から垣間見えたのは、磨かれた黒檀のような照りをみせる、黒い腕。

「この腕…っ!」
「…さぁて、なっ!」

ロイは、腕に気をとられたエドの腹に強烈な蹴りを食らわせ、床にはいつくばらせる。

「くふっ」

苦しげに息をするエドの背中を、ロイは容赦なく片足で踏み付けた。

「弱い。
弱いぞ鋼の。
君は、こやつらは、
所詮この程度だったのかね?」

見下したロイの視線が、はいつくばるエドを刺す。

「ぬ…かせっ!
俺は、俺達はっ!」

「この程度ではないと言うのか?
いいや、今のところ君達はこの程度なのだ。
この程度なのだよ。
鋼の。」

ロイはエドの背中から足を退かし、エドと視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。

エドのアンテナを乱暴に掴み上げて、上を向かせる。

「私を失望させてくれるな。この程度でゲームを終わらせたくはないのだよ。
鋼の。
今日はただの小手調べに過ぎんのだぞ。」

「ってめえ!」

「安心したまえ。今日は誰も殺していない。
だが、私が本気だったら全滅だったな。ん?」

エドはロイに覗き込まれて、悔しげに顔を歪めた。

「今に見てろよっ!
絶対全部調べあげてやるからなっ!」

「それは楽しみ…ぬっ!?」

ハッとしたロイは、エドのアンテナから手を離して、飛びのこうとしたが一瞬遅かった。

ダダダダダァァーンっ

ロイは立ち上がりかけた姿勢で、7人が撃った銃弾をまともに体に浴びていた。

口の端からゴボリと血が溢れ出し、体がゆっくり後ろに倒れ…なかった。

「ふ、ふ…ふふふ…」

不気味な笑い声を上げて、ロイの首が血まみれのままのけ反る。

「今のは…な…かなかよかったぞ。
おかげで一度死んでしまった」

がくんと首が持ち上がり、前に俯いてからゆっくりと正しい位置に首が戻った。
口から溢れ出した血を舐めとり、不敵に笑う。

撃たれた場所からは錬成光が爆ぜていて、バチバチという音が空気を震わせている。

呆然と見守られる中錬成光が止むと、ロイは姿勢を正し乱れた衣服を整えた。

衣服はずたずたに裂けて血まみれだが、ロイ自身は何事もなかったように悠然と立っていた。

「本当に人間止めたんだな、ロイ。」

ヒューズが苦々しい口調で呻いた。

「…。
まったく、服に穴が空いてしまった。

しかたない、もう少し遊びたいところだが、今日はこれぐらいにしておくか。」

ヒューズのつぶやきは無視し、ロイは銃そうと血がついた服を眺め、やれやれと首を振る。

「逃がすか!」

エドは床から大砲を錬成してロイに狙いをつけた。

ハボック達の銃口もロイに向けたままになっている。

そう簡単には逃げられない。

「何を言っているのかね。
私は逃げるのではなく、帰るのだよ。
君達に私は止められやしない!」

ロイは自分に狙いを定めるハボック達を擦り抜けて、窓枠に足をかけた。

倒れたまま狙いをつけていたハボック達はとっさに振り返ることができず、入口側にいたヒューズやエドもハボック達に当たりそうなので迂闊に撃つことはできない。

「ではまた仕事場でな。」

ロイは笑いながら言い放つと、二階の窓からひらりと飛び降りた。

「大佐!」

エドが慌てて大砲を発射したが、窓枠を粉砕しただけに終わる。

苦々しい思いで外を睨むメンバーの背後の元入口から、部屋に誰かが入ってきた。

「気付かれてたみたいだね。」


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続く
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