クリムゾン†レーキ
…30、中央の味方
次の日、エド、アル、ホーエンハイムはセントラルの駅にたどり着いた。
約束は明日なのでまだ一日余裕がある。
今のうちに打てる手は打っておこうという作戦だ。
セントラルは、アメストリスの首都。
コンクリートの建物が林立する大都会である。
無機質な街は、人間を生々しく浮き立たせて見せるキャンバスのようであり、また、人間をも無機質のように見せる檻のようでもあった。
自分が、がやがやと行きかう人の川にほうり込まれた小さな石のように感じた。
喧騒があたりを支配している。
ついこの前まで田舎の辺りをうろうろしていたので、エドには都会の空気が襲い掛かってくるように感じた。
「あー、都会は空気が悪いな。」
隣に立っているホーエンハイムも文句を言っている。
「つーか、なんでてめーまでついてきてんだよ。」
エドは半眼でホーエンハイムを睨みつけた。
「えー?
いなくなったらなったでエドワード怒るだろ?」
「馬鹿野郎、あんたがなんも言わないで出てっちまうからだろーが!」
エドが拳を震わせてホーエンハイムに怒鳴った。
一方のホーエンハイムは、ぜんぜん動じていない。
「それに、エドワードといると、食うのも寝るのも列車も金かかんないしな!」
「息子にたかるな!
この昼行灯(ひるあんどん)~~っ!」
今にも飛びかかりそうなエドを、アルが必死になって押さえた。
「兄さん、こんな混み合うところでケンカしたら、周りの人に迷惑だよぉ!」
じたばたするエドを抱えているアルは、心底困ったような声をだした。
「いやー、なんかアルの方が兄ちゃんみたいだな!」
「俺の方が兄っ!!」
ぎゃんぎゃん喚くエドの頭を撫でながら、ホーエンハイムは大人の余裕とばかりに笑う。
「ちくしょーっ!
ばかぁーっ!」
怒り心頭のエドがアルを振り切ろうとした時、思わぬ声が横からかかった。
「お!やっぱりー!
聞いた声だと思ったらエドじゃんか!
よ、元気かぁ?」
エドは怒るのも忘れて声のした方を見た。
アルも、つられてそちらを向く。
『ヒューズ中佐!』
「はっはー!
さっすが兄弟、息ピッタリだな!」
そこには、落ち着いた色のコートを着たヒューズが、にこやかに立っていた。
出張の帰りなのか、大きめのトランクをかかえて私服を着ている。
「二人とも相変わらず元気みたいで安心したぜ。
そちらの方は?」
ヒューズは、エドの後ろにいたホーエンハイムを見て、エドに問い掛けた。
とたんにエドは仏頂面になる。
「あー、うーん。
俺とアルの遺伝子学的に一世代前の男の方。」
すんなり伝わらない表現のせいでピンとこなかったヒューズに、ホーエンハイムは握手を求めるように手を差し延べた。
「二人の父親のホーエンハイムです。手間のかかる息子がお世話になってます。」
ヒューズは今度こそ納得したようで、ホーエンハイムの手を握り返した。
「なるほど、はじめまして。
お子さん二人と親しくさせて貰ってるマース・ヒューズです。
よかったな、二人とも。
お父さん見つかって。」
「ぜんっぜんうれしくねーよっ!」
エドが険悪なムードでボソッとつぶやくのを、ヒューズは苦笑いで流した。
「それよりもヒューズ中佐、ちょっと相談したいことがあんだけど。」
エドの申し出に、ヒューズもシリアスな顔付きになった。
「奇遇だな。
俺もエドに話しておきたい事があるんだ。
ちょっとそこらへんの店に入らないか?」
エドはちょっと困ったような顔になった。
「え、いや、けっこう内密な話なんだけど。」
ヒューズはニヤッとしてエドをみた。
「安心しな。
いいところがあんだよ。
案内するぜ。」
三人はヒューズに案内されて大通りを外れ、細い路地をくねくね曲がり、飲み屋街の辺りにたどり着いた。
今は昼間なのでガランとしているが、夜になれば仕事帰りの客で賑わうのだろう。
ヒューズは今は閑散としている通りを迷いなく進み、一軒の店の戸を叩いた。
「なんだい?
今は店はやってないよ!
夜に出直しといで!」
内側から女性のハスキーな怒鳴り声が聞こえてきて、エドはびっくりした。
「すみませんマダム。
俺です。マース・ヒューズです。
出張土産持ってきました。」
ヒューズはにこやかに答えた。
すると、先程の怒鳴り声とは打って変わって、迫力のある笑い声が聞こえてきた。
「はっはっは!
なんだい。マースの坊やかい。いいよ、入んな。」
「マースの坊や!?」
エドがびっくりして聞き返した。
ヒューズはウインクしながらエドをちらっと見た。
「あだ名みたいなもんさ。
士官学校の学生の頃からの付き合いだからな。
さ、入るぜ。」
ヒューズがドアを開けて店に入るのに続いて、三人も中に入った。
その途端に、酒の残り匂が鼻をくすぐる。
中はカウンター席とテーブル席があり、カウンターの後ろの棚には酒瓶がずらりと並んでいる。
今は昼間なのでお客は誰もいないが、夜はきっと華やかな場所になるのだろうと容易に想像がついた。
未成年のエドとアルは、物珍しそうに辺りを見渡している。
「なんだい、今日は大所帯だねぇ。マー坊。」
先程の迫力のあるハスキーな声にはっとして、エドがそちらをみると、カウンターごしに一人の女性がこちらを見ていた。
化粧やドレスは着ていないが、それでも迫力と雰囲気のあるどっしりした女性である。
「マダム、こちらはエドワード・エルリックとアルフォンス・エルリック。父親のホーエンハイム氏です。
あちらはマダム・クリスマス。
ここのバーのボスだ。」
ヒューズの紹介に、マダムは腕を組んでちょっと不機嫌そうに言った。
「ボスはやめとくれよ。
あたしはここの店を仕切ってるだけさ。
話は聞いてるよエルリック兄弟、予測以上にかわいいじゃないか。
さぁ、戸口に突っ立ってないで座った座った。
今は昼だからろくなもんはありゃしないが、簡単なもんなら出してやれるよ。」
マダムは四人をカウンターに座らせ、お茶を出してくれた。
「ヒューズ中佐、えっと、カウンターで秘密の話?」
エドは隣に座ったヒューズを肘でつついた。
「ん?
だって秘密の話ってロイちゃん関係の話なんじゃないのか?」
「そうだけど、ここのマダムに聞かれちまうじゃんか?」
ヒューズはエドの心配に納得したようで、エドの背中を叩いて安心しろと言った。
「大丈夫だよ!
つーか、ここ以上に相応しいとこなんてないぜ。
なんつっても、マダムはロイちゃんのおっ母さんだからな!」
『えぇええぇえぇえっ!?』
エドとアルが、ヒューズがさらりと投下した爆弾発言にびっくりして声をあげた。
「まぁ、あたしは義母だから産んではいないけどね。
生みの親より育ての親って言うなら、間違いなくあたしがロイ坊の母親さ。」
『ロイ坊っ!?』
「反応がおもしろいねぇ。」
はっはっと快活にマダムは笑い声をたてた。
納得したエドとアルは、今までの事を細かくヒューズとマダムに説明した。
二人は真剣に聞き入り、眉間にシワを作っていた。
「なるほどな。
そんだけ調べてたいしたもんだ。
しかし、なかなか奥が深そうだな。」
話を聞き終えたヒューズは、顎に手をあてて考えこんでいる。
「ロイ坊も情けないねえ。
敵に体を乗っ取られちまうなんて。」
マダムも苦々しげに言い放つ。
「さっき説明したように、これからセントラルで二回目の調べ物をしなくちゃならないんだ。
危ないのはわかりきってる。
その上で、お願いだ。
ヒューズ中佐、手伝ってくれないか?
あの五人と調べるって決めたはいいけど、やっぱり俺は部下の使いかたなんてよくわからない。
ヒューズ中佐なら、みんなの能力もよくわかってるだろうし、みんなも信頼してると思うんだ。
もちろん、断ってくれても構わない。
本当は、誰も巻き込みたくないんだ。」
エドはちょっと俯きながら言った。
その姿は自信のない子供にみえた。
「バーカ、全部抱え込むなよ。
そんな申し出断るわけねーだろーがよ。」
ヒューズはエドの頭を、ぽふんと撫でた。
「安心しな。
俺は味方だ。手伝ってやるよ!
人手がいりそうだからな、アームストロング少佐にも声かけるか!」
そういって、ヒューズはニヤッと笑った。
「そういう事ならあたしも協力するよ。
ちょっとした裏の調べ物ならすぐに手伝ってやれるからね。」
マダムもたくらむ笑いを浮かべた。
こうして、セントラルの味方は揃ったのだった。
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続く