クリムゾン†レーキ
…28、怠惰の巨人
「ボス!
ご無事ですか!?」
スロウスと対峙している五人の頭上から、声がした。
「マイルズ!
来るな!戦闘配備のまま待機しろ!」
オリウ゛ィエは剣をスロウスに向けながら叫んだ。
5メートルほどの距離を空けて立ち止まったスロウスは感情が読めない瞳で、こちらの様子をじっと見ているようだ。
今のところ動きはないが…。
「兄さん!
見て、あのでかいのの肩のところ!」
アルが何かに気がついたらしく、エドに耳打ちした。
「あれは!」
エドもアルが言わんとしているものを見つけた。
無限の蛇、ウロボロスの刻印だ。
その反応に気が付いたオリウ゛ィエが、二人に鋭い声で問う。
「やはり知っているみたいだな、あれはなんだ?
ドラクマの生物兵器か?
答えろドチビ!」
「いや、知ってるっつーか…。」
何と言えばいいのか、エドが言いどもる。
「…掘った砂…運ばない…人間…邪魔、ころす」
止まっていたスロウスが物騒な発言とともに、腕を振り上げた。
「ー!」
「めん…どく…せぇー」
振り下ろされた拳は、巨大なハンマーとなってオリウ゛ィエの立っていた場所を叩き割る。
後ろに飛んで避けたオリウ゛ィエは、すかさず剣を構えなおし、刃を翻(ひるがえ)す。
「ぬらぁぁぁあっ!」
バッカニアもクロコダイルの牙を唸らせて、スロウスの懐に飛び込み、分厚い筋肉で覆われた脇腹をえぐり取るように切り裂いた。
オリウ゛ィエの刃は腕の腱を的確に切り離し、バッカニアのクロコダイルもスロウスの脇腹を見事に噛み切った。
「どうだ!
デカブツめ!クロコダイルの牙の味は!」
バッカニアは、直ぐさま懐から逃れてスロウスから距離をとった。
「いー…てぇー」
スロウスが緊迫感のない悲鳴を上げて、少しよろける。
だが、次の瞬間、錬成光がスロウスの体を包み、あっという間に傷口が塞がってしまった。
「何だあれは!
ダメージを回復しただと!」
さすがのオリウ゛ィエも怪訝な表情を浮かべた。
スロウスはまた何事もなかったように、攻撃を仕掛けてきた。
「ちぃ!バッカニア!
上は砦だ、外に出すわけにはいかん!
ここでなんとしても食い止めるぞ!
この国を、この砦を、脅かすものは、断じて私が許さん!!」
「Yes、マム!」
再びオリウ゛ィエとバッカニアが、スロウスに牙をむく。
「アームストロング将軍!
俺達も戦う!
手枷を外してくれ!」
エドは戦う二人に向かってもどかしそうに叫んだが、バッカニアの鋭い否定が帰ってきただけだった。
「馬鹿を言え。
敵の味方を離すような真似できる訳がなかろうがっ!!」
「俺達は敵じゃないー!」
虚しくも、必死に叫んだエドの腕が、急に軽くなった。
「どえ?」
手元を見れば、今まで拘束していた木製の分厚い手枷が無くなっていた。
アルも驚いたように手元を見ている。
そして二人の隣には、手首をさすりながら何事もないように立つホーエンハイム。
ー手枷を外したの、まさかこいつ?
エドが見上げるなか、ホーエンハイムはトンネルの壁に手を触れた。
ーずごっ!
短い音がして、今まさにオリウ゛ィエとバッカニアに襲い掛かろうとしていたスロウスは、天井、壁、床あらゆるところから突き出た岩の錐に体を貫かれていた。
「…!」
オリウ゛ィエとバッカニアも、いきなりの出来事に目を丸くして言葉を失う。
「お…ご…」
串刺しにされたスロウスは、さすがに動く事ができず、びくびくと痙攣しているだけだ。
「すげぇ…」
「早い…」
エドとアルもホーエンハイムの錬成の精度を呆然と眺めていた。
「完全に停止したわけではない。
エドワード、アルフォンス。
お前達で上への階段を錬成しろ。そしてあのオートメイルの方と上で待って、俺とあの女将軍が脱出したら穴を閉じるんだ。」
それを聞いたバッカニアが目を吊り上げた。
「なんだと!
将軍を置いておめおめ引き下がれというのか!」
しかし、ホーエンハイムはその声を無視した。
「エドワード、アルフォンス!助かりたいなら早くしろ!」
エドはホーエンハイムの言いなりは気にいらなかったが、それでも従うことにした。
ホーエンハイムの錬成を見て気圧されているのかもしれなかったが、エドはその考えを振り払う。
エドとアルが息のあった錬成で、落ちた穴のふちまで、すばやく階段を作り上げた。
エドとアルは出来たばかりの階段を駆け上がり、上の部屋を目指す。
「バッカニア、行け!」
オリウ゛ィエは岩の錐の中でもがくスロウスを油断なく睨みつけながら、腹心の部下に命令した。
「このまま二人を上に行かせればマイルズに撃たれる!
行け!」
「は!」
バッカニアも急いで二人の後を追い掛けて階段を駆け上がっていった。
バッカニアが穴から出たあたりで、オリウ゛ィエは口を開く。
「それで?ホーエンハイム氏。
私と二人きりになりたかった理由を言ってもらおうか。」
スロウスはまだ動けそうにない。
「あ、いやぁ、さすがやり手の将軍。
お見通しでしたか。
ちょっとした相談がありましてね?」
ホーエンハイムはにこやかな笑いを浮かべていた。
★☆★★
エドとアルが穴から出たとたんに、四方八方から銃口が向けられた。
「ひょえっ!?」
「待て!」
撃たれんばかりのその時に、バッカニアが穴から顔を出して発砲を止めた。
「マムからの命令だ。
この二人、撃つな!」
バッカニアの声で銃口が下がり、エドとアルは肩を撫で下ろした。
「バッカニア!どうなっている?」
サングラスをかけたマイルズが、バッカニアに駆け寄る。
「は、地下で巨大な生物兵器と交戦中です。
将軍と御仁が脱出しだい、あの二人が穴を塞ぐ手筈になっております。」
「わかった。
だが油断はできん。
バッカニアも戦列に加われ!」
エド達やブリックズ要塞の面々が息をつめて穴をうかがっていると、穴の中から激しい爆音が響き、オリウ゛ィエと続いてホーエンハイムが穴から脱出してきた。
「二人とも!塞げ!」
ホーエンハイムの声とほとんど同時に錬成光が穴を取り囲み、左右から岩盤が伸びてあっという間に穴を塞いでしまった。
スロウスが追ってくる様子はない。
「マイルズ、警報を止めろ。
バッカニアはクロコダイルの整備が必要だな。
ここに何人か見張りをつけろ、後は戦闘配備は解除してよろしい。
ホーエンハイム氏とエルリック兄弟は、私についてこい。
以上、散開。」
オリウ゛ィエの命令で、直ぐさま要塞中は平穏を取り戻していく。
エド、アル、ホーエンハイムは案内されるがまま、オリウ゛ィエに連れられて司令室に通された。
「エドワード・エルリック、アルフォンス・エルリック、ウ゛ァン・ホーエンハイム。
望みの本はこれだな?
持っていけ。」
オリウ゛ィエは本棚から古い本を一冊取り出すと、司令官の机の上に置いた。
武器使用別戦術論
オルス・エルビウム著
「え?」
兄弟が揃って驚いて、オリウ゛ィエを見た。
「私はお前達を信頼できると認める。
望みのものだろう。
それを持ってとっとと下山しろ。
途中までは山岳警備兵の護衛もつけるがな。」
エドとアルはどうなっているのだろうと顔を見合わせながら、本を受け取る。
そして半時もかからないうちに、山岳警備兵達と出発していた。
出発していく一行を、オリウ゛ィエは要塞の上から見送った。
見事な金髪が風に靡く。
控えていたマイルズに、オリウ゛ィエは声をかけた。
「何故、私が信用したのかわからない顔をしているな。
マイルズ。」
「はい。」
オリウ゛ィエはくすっと笑った。
「理由は二つだ。
確実に私とバッカニア、砦の命を助けられたことが一つ、それから、持ち掛けられた話は、これからもっと面白くなりそうだというのが一つだ。」
「面白く、ですか。」
「そうだ。
ついてくるか?マイルズ」
「むろんです。」
北の女王は満足げに笑った。
この冬は忙しくなりそうだ。
☆★★★
エド、アル、ホーエンハイムの三人は、ブリックズ兵に送られて麓までたどりつくと、すぐに列車にのりこんでイーストシティを目指した。
セントラル経由で乗り継ぎをしなければならないので、まるまる一日の道のりだ。
その間、コパートメントに閉じこもり、エドとアルはカルマンドロに教えられた通りに、本の暗号を溶いていく。
カルマンドロに暗号の解読方法を教えてもらっているので、解読は面白いようにどんどん進む。
エドとアルは、最初こそ面白いように暗号が解けたので明るい表情であったが、解き進んでいくとだんだん表情が険しくなる。
ホーエンハイムはそんな息子たちを、静かに見ていた。
やがて、三人が乗った列車がイーストシティの駅に滑りこんだ。
あらかたの客を下ろし、駅員が残っている客がいないか車中を見回りにやってくる。
区切られたコパートメントを覗こうと駅員がドアに手をかけたとき、中からガタンッと大きな物音がした。
それはエドが勢いよく立ち上がった音であった。
駅員がそっと覗くと、なんとも声がかけづらい空気が流れている。
エドはカルマンドロの本とメモが散らばった小さなテーブルに両手をつき、にぎりしめたメモが皺くちゃになった。
「なんてこった…」
エドの声は苦渋に満ちていた。
「これじゃ。
大佐は…、
帰ってこねぇっ!!」
悔しみに顔を歪ませるエドを、ホーエンハイムは無表情で見つめる。
オロオロしている駅員は、気付いてもらえるまで、しばらく時間がかかりそうだった。
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続く