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クリムゾン†レーキ


…27、天険の女王


無機質なコンクリートの壁に、鋭く声が反響する。

引き締まった張りのある女性の声。
その声の主は長くのばした金髪の間から、殺気さえこもった視線を部下に向けた。

「密偵だと?
ふん、低俗な輩はキリがないな。」

淀みなく進む足どりに迷いはない。
堂々としていながらも品のある立ち振る舞いは、まさに北壁の女王だ。

彼女の名は、オリウ゛ィエ・ミラ・アームストロング。
階級は少将。

ドラクマとの国境最前線を守る、難攻不落の北壁と名高い名将である。

彼女の後ろには、まるで熊のような巨躯の男が控えている。
機械鎧クロコダイルをもつ、バッカニア大尉であった。

「は、まことに。
しかも今回の密偵どもは、かなり危険性が高い奴らであるかと」

バッカニアの言葉にオリウ゛ィエの眼が、すうっと細くなる。

「ほう?…おもしろい。
よし、ならば私が尋問しよう。
久しぶりに腕が鳴る。」

冷徹な笑いがオリウ゛ィエの唇を歪ませた。

そのまま、その足で二人は密偵容疑者が収容されている牢へ向かう。

番兵が敬礼で二人を向かえ、オリウ゛ィエは容疑者と顔を合わせる。

そこにはド、アル、ホーエンハイムが牢屋の中で転がっていた。

    ☆☆★☆

「だーかーらー、俺達は密偵じゃないっての!

俺は鋼の錬金術師のエドワード・エルリック!

銀時計もあるし、それにセントラルのアームストロング少佐とも知り合いだ!
確認はすぐできるはずだ!」

エド達は一人ずつ、手枷をされて、別々の牢屋に閉じ込められていた。
エドの右隣にはアルが、向かいの牢屋にはホーエンハイムが捕まっている。

エドは牢の格子に縋り付きながら、オリウ゛ィエに訴えた。
オリウ゛ィエはその様子を腕組みしながら冷静に見下している。

「ふん。
自分から密偵だと名乗る者などおらん。
名前など当てにならんし、銀時計など奪い取れば誰でも持てる。

他人の評価などは願いさげだ。
それにアレックスの知り合いだと?
ますます信用ならん!!」

「あれ、なんでか逆効果!?」

堂々宣言されてしまったら他に言いようがない。

「ここはドラクマとの国境。
スパイと国境警備兵以外には用はない場所だ。
国家錬金術師がこんなところをうろつく必要はない。」

この言い方だとカルマンドロは見つからなかったらしい。
エドは多少の安堵を覚えた。

「俺たちは、ブリックズ要塞のアームストロング将軍にあいにきたんだ!」

「ぬぁにぃ?」

バッカニアが身を乗り出してエドをみた。

「馬鹿を言え。
そんな連絡なんぞ聞いておらん!」

オリウ゛ィエがバッカニアの前に手を出して、口をだすなと黙らせた。

「それならば、オリウ゛ィエ・ミラ・アームストロングは私の事だ。
私に用があるならば言ってみろ。
隠し事をすれば叩き切るがな。」

「隠し事なんてない。
ただ、あんたが持ってるっていう本を見せてもらいたいんだ。
見せてもらうってか、その本を譲り受けたい。
オルス・エルビウムの武器別戦術論って本を、あんたが持ってるって少佐から聞いたんだ。」

エドはオリウ゛ィエを見上げながら言った。
ここまでに嘘はない。

「ちっ!
あのおしゃべりめ…。

…確かに、私はその本を持っている。
しかし、何故だ。
あんなもの、お前のような小豆に必要には見えん。」

「あず…!」
「兄さん押さえて押さえて!」

思わず怒鳴ろうとしたエドをアルが押さえた。

「いや、実は私が欲しいんですよ。」

「む?」

今まで黙っていたホーエンハイムが、牢屋の中の申し訳程度の寝台に腰掛けながら言った。

「その本、錬金術の暗号が仕込まれているので欲しいんですが、かなりの希少本でして他には見つかりそうにないんですよ。

ああ、私は二人の父親でホーエンハイムって言いまして。
しがない錬金術師です。」

そう言い、ホーエンハイムはにこりと笑う。

「………。
おい、小豆。」

オリウ゛ィエがエドのほうを見ないで声をかけた。

「ん?」

「貴様、国家錬金術師だと主張したな?」

「あ、ああ。」

いきなり声をかけられたエドはちょっと面食らいながら答えた。

オリウ゛ィエは冷ややかな目でエドを見る。

「ここでは信用に足りるだけの実力が必要だ。
貴様が本当に国家錬金術師かどうか、実力を見せてもらう。
本については貴様が信用に足りる人物かどうか見定めてから考えるぞ。
いいな?

ちなみに、信用に足らないと判断した場合、全員切り捨てる。」

仕方なく了解した三人は、それぞれ、より重い手枷をつけられた。
一列に並べられてロープで結ばれ要塞の中を引っ立てられていく。
要塞中の軍人達に冷ややかな視線を浴びせられて、なんとも居心地が悪い。

コンクリートの冷たい壁の中の階段をかなり進んで下がっていくと、広い場所に出た。

要塞の中だが、天井も高くかなり広い。

「ほぼ最下のここならば多少派手にやっても問題はない。
…む?」

「がはははは!
なんなら俺と一戦やってみるか豆!」

三人を引き連れていたバッカニアが大笑いでエドを見た。

「何をぅ!
誰が豆だっ!」

エドが言い返し、バッカニアも口をひらこうとするが、オリウ゛ィエが直ぐさま全員に黙るように合図した。

「貴様ら黙れ、
バッカニア、何か聞こえないか?」

バッカニアもはっとして耳をすませた。ゴリゴリという重い音が聞こえてくる。

「!
確かに、なにか削るような…。
音は、ほぼ真下!?」

「ちぃっ!
やはり貴様らは囮だったか!
お前達に気をとられているうちにドラクマ側からトンネルを繋げる算段だな?

バッカニア、先手をとるぞ!
奴らに床を抜かれるまえに、こちらからぶち抜いてやる!
皆に伝令しろ!
第一種戦闘配備だ!」

「はっ!」

バッカニアは直ぐさま敬礼すると、壁に取り付けてある内線のダイヤルを回す。

オリウ゛ィエは愛刀を抜き放ち、苛烈(かれつ)な殺気を発しながら、エド達に切っ先をむけた。

「計算違いだったようだな。この程度ではブリックズ要塞は倒せん!
この場で叩き切って、床をぶち抜いたあと、宣戦布告代わりに投げ込んでやろう!」

「わーっ!
ちょっとタンマ!
誤解だっ!」

エドが手枷で動きが鈍い腕で一生懸命否定するが、オリウ゛ィエは聞く耳を持たない。

「問答無用!!!」

オリウ゛ィエが裂帛(れっぱく)の気合いとともに、剣を振り上げる!

しかし、その刃はエドの体を真っ二つにすることはなかった。

ビシィィイイイッ!!!!

「っ!!!?」

その部屋の床いっぱいに激しいひび割れが出来たと思うと、逃げる間もなく崩れ落ちたのだ!

「うわぁぁぁあああっ!?」

オリウ゛ィエ、バッカニア、エド、アル、ホーエンハイムは、瓦礫とともに奈落へと落下した。

「!」

しかしながら、底は案外浅く、手枷をしていたエド達は着地に失敗したが、バッカニアとオリウ゛ィエはどうにか体制を立て直して着地できた。

上からの明かりが届く範囲は、どうにか見通しがきくが他は闇。
荒い素堀のトンネルで、闇の奥底まで伸びているようだ。

「あだだだ…」

エド達もどうにか体を起こす。

「く、こんな大規模なものを掘られていたとはな。
なんたる屈辱!」

オリウ゛ィエはトンネルの表面を触りながら呟いた。

「ボス!あれを!」

「!」

バッカニアの声につられ、部下が指を指す方にオリウ゛ィエは視線をむけた。

「…あれは…」

光が届くぎりぎりのラインに、何かがいた。

バッカニアを越すであろう巨体、その体の異様なほど盛り上がった筋肉は動いているようだ。

腕には、巨人を束縛していた手錠が引きちぎられたままぶら下がる。

「めん…ど…くせぇ…」

くぐもった重たい声が反響して聞こえた。

ずしん…っ

重たい足音がして、闇に赤い目玉が浮き上がる。

「あん…たら、なんだ
めんど…くせぇ…」

五人の前に怠惰のスロウスが姿をあらわしたのだった。


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続く
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