クリムゾン†レーキ
…26、前進
「うわ、何なに?
どうしたの兄さん。
びっくりしたー。」
いきなり叫んで立ち上ったエドを、他の三人は目を丸くして見上げていた。
「思い出したんだよ!
カルマンドロさんのその本、けっこうすぐに見つかるかもしんねー!」
エトは目を輝かせながら言う。
「何!?」
「えぇ!それ本当?」
カルマンドロとアルは揃って問う。エドは力強く頷いて返した。
「カルマンドロさん、その本、もしかしてエルビウムの名前で出版してないか?」
「!
その通りだ。
オルス・エルビウムで出版している。」
「やっぱり!
エルビウムの名前にずーっと引っ掛かってたんだ。
ようやく思い出したよ。
前にアームストロング少佐が教えてくれた本が、多分それだ!」
エドはアルの横に座り直したが、まだ興奮覚めやらぬようだ。
「えー?僕聞いてないよ!
いつ?」
アルが心外そうに言う。
「ほら、シェスカさんに書き出してもらったマウロさんの暗号解いてた時だよ。
アルに資料取りに言ってもらってる時に、暗号繋がりで話にでてきて、教えてもらったんだ。」
「ほぉ、その御仁、暗号を解いたのか?」
カルマンドロは用心深げに尋ねた。
「いや、本当はアームストロング少佐の…その人の姉さんだって人の持ち物なんだって。
アームストロング少佐も錬金術師なんだけど、ちょっと読んだ感じで暗号じゃないかと思って、その姉さんに貸して欲しいって頼んだら、気に入ってる本だから貸せないって断られちまったらしい。
すごく高度そうな暗号だったから、書いてあるものも期待できそうだって教えてもらったんだ。
その時は、そんなに出版部数が少ないなんて知らなかったから、旅先で見つかるかもしれないからって。」
エドの言葉に、アルは納得したようだ。
「じゃあ、そのアームストロング少佐のお姉さんに聞いてみれば、すぐに見つかるかも!」
「可能性は高い、よな!」
ガッツポーズで、エドも力強く頷いた。
それからエドはあらためてカルマンドロに向き合う。
「そんな訳なんだ。
だから無理は承知で頼む、一刻も早くその内容が知りたいんだ。
暗号の解き方を教えてくれ!」
カルマンドロは考え込むように頬に手を当てた。
「ふむ、確かに君達には必要不可欠かもしれないな。
だが、あの暗号はかなり複雑だ。
国境ぎりぎりまでついてきてもらわないと、全て伝えきることはできないだろう。
それでも良いのかね?」
カルマンドロの言葉にエドは握りこぶしで答えた。
「あったぼうよ!
それにもうここまできちまっんだ!
こうなったら、ふりかけのかかった船だぜ!
全部教えてもらわないと気が済まねぇよ!」
「に、兄さん。
それはいーけど、ふりかけのかかった船じゃなくて、乗りにかかった船だよ!」
威勢よく言ってみたものの、アルにつっこまれエドはガクッとつんのめる。
カルマンドロもその漫才に笑いを零す。
そんな三人を、ホーエンハイムは焚火の向こうからじっと観察していた。
こうして北の大地を進む道中、エドとアルはカルマンドロの教えを受けることとなった。
確かに解説を聞いていると、カルマンドロの暗号が、とても複雑で、かなり難易度が高いものだと理解できる。
エドとアルは一つでも漏らさないように手帳にメモをとり、疑問は遠慮なく質問した。
それはカルマンドロにとってもよい生徒で、彼も覚えているかぎりの事を二人に伝える。
エドは途中の村で、食料や防寒服を調達したついでに、アームストロング少佐に電話をかけて確認をとった。
それによると、アームストロング少佐の姉は、天険ブリックズ要塞にいるらしい。
それからほどなく一行は、畑や森の多い平地から、本格的な雪を間近に控える山道に入った。
北上しているせいもあって、気温は日に日に下がり、エドは購入したマフラーを、何度もきっちり巻き直さなければならなかった。
「雪だ。」
空一面の灰色の雲から、ひらりひらりと粉雪が降り始めたのは、国境まであと一日ほどの道程のところだった。
一行にとっては初雪でも、回りを見渡せば、葉を落とした木立や地面には雪が低く積もっており、足跡がつく。
数日前に平地でみた雪の積もった山に、今、エド達は立っているのだった。
「国境まであと少しだ。
山岳警備もいるだろう。
気をつけて進もう。」
ホーエンハイムはそう言いつつも、迷いなく山道を進む。
カルマンドロからの教えは、エドやアルでも、きちんとメモをとるのは時間的にぎりぎりだった。
国境警備に見つかるといけないので、アルは鎧の上から布を被り、エドは地味な上着にしている。
天険と名高い山脈の間をぬい、決して足場がいいとは言えない場所を這うように上り下り。
そして、日が傾きはじめたころ、ついにホーエンハイムが小川の渕で足を止めた。
「この小川の向こう岸は、もうドラクマ嶺だ。
カルマンドロ氏。
見つからないうちに、さあ。」
ホーエンハイムは三人に振り返り、向こう岸を指さした。
見たところにはなんの変哲もない小川だったが、そこには大きな隔たりが横たわる。
カルマンドロはちらっと兄弟を見ると、頷いて荷物を抱え直し、岩を伝って小川を越えていく。
そして向こう岸にたどり着くと、もう一度こちらを振り返り、すぐに薮の中へと消えてしまった。
それを見届けてから、ホーエンハイムは早口で兄弟に引き返すように言う。
「戻れ。
長居は無用だ。」
ホーエンハイムとエドとアルは、また足場の悪い道程を引き返して進んだ。
だが、あまりたたなうちに、国境から少し離れた場所で、三人はほぼ同時に足を止めてしまった。
「迂闊に動くなよ」
「こっちの台詞だ」
ホーエンハイムとエドの短いやり取りのあと、三人は背中合わせになってそれぞれ前方を注意深く探った。
人の気配。
しかも野党や追いはぎの類いではなく、洗練され訓練されたものだ。
エド達が構えたことで、相手も気付かれたことがわかったのだろう。
グレー系の迷彩で体を包んだ男達数人が、拳銃で狙いをつけながら姿をあらわした。
完全に囲まれている。
「ここで何をしている?」
ホーエンハイムの前に立つ男が、マフラーでくぐもった声でぴしゃりと聞いてきた。
これぞ、難攻不落の要塞を守る。
ブリッグズ山岳警備隊のお出ましであった。
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続く