クリムゾン†レーキ
…22、これから
「兄さん、どうするの?
結局、エルビウムさんの医療ミスの犯人については、まだ全然わからないし、何を追うべきなんだろう?」
フロントから部屋に戻る道すがら、アルが一人ごとのようにつぶやいた。
「…」
エドはそれを聞いているのかいないのか、腕を組んだまま、ずんずん廊下を歩いていく。
二人で部屋に戻り、先に口を開いたのは、エドだった。
「…あざで人体錬成の理論が浮き出る…、もしかしたら内容が違う可能性もねぇか?」
下を見ながら考え事をしているエドの顔は、アルには見えない。
「違う可能性?
人体錬成の理論じゃなくて、他のものが浮き出てるってこと?
遺言とか?」
アルの言葉を背中で聞いて、
つかつかと部屋の中を歩いたエドは、不意にアルの方へ振り向いた。
「いや、錬金術の理論であることは間違いないと思う。
そいつが表になっちゃまずい理論だってことも。
精度がわからないとこだけど、それでも、ただ人体錬成の理論が表沙汰になるくらいで殺人なんかやるかな…と。
なんと言っても、失った魂は作れない。
同じ人間は絶対錬成できないんだから。
でも、人体錬成は、大切な人を失った錬金術師ならみんな一度は考える禁忌だ。
だから、理論だけの話ならみんなそれぞれ考えがあるわけだよな。
だって、俺達だって知ってるだろ?
もうやるつもりは更々ないけどさ。
たかだか田舎の先生が考えた人体錬成の理論の一つを根絶やしにするんなら、俺達の理論だってどんどん潰していかないと、結局人体錬成の理論を考えだすやつはいなくならない、だろ?
だからたぶん、あざはただの人体錬成の理論なんかじゃないんだ。
それ以上に、なにか特別なものがかいてあるんだと思う。
アルはどう思う?」
アルはエドの意見を頭で反芻してみてから、口を開いた。
「たしかに、兄さんがいうのはもっともだと思うな、
その特別ななにかが、僕たちにも有益かもしれないって事なんだろうか…。
じゃあ、大佐が僕たちに調べられるかどうかテストしてるのは、あざの内容が『何であるか』なのかな?」
エドも同じ考えだったらしく、ぐっと頷く。
「これほどまで隠したがってる内容だ。
そうそうわかるとは思えないけどな。
しかし、それだとどーすっかな。
絶対書物には残してないだろうし、口伝もない。
旧家の人に話を聞こうにも、根絶やしにされてて死んでるし。
街自体に手がかりなさそうなきがするぜー…」
がっくりエドがうなだれた。
「本当それでいうと完ぺきだよね。
実際、軍で相当調べて、あった痕跡も消してるだろうしね。
唯一、生き残りの可能性があるのが、カルマンドロって人だけど。」
「行方不明だしな。」
エドは脱力したように、備え付けのソファーにどすんっと腰掛けた。
「でも、探してみるしか手はねーだろ。
どこからさがすかぁ。
ウィルファットにはいなさそうだしな。
手始めにー、手始めにー…
うーん…」
エドはソファーに反っくり返り、天井のランタンがガラスを透かして光を投げ掛けているのをぼんやり眺めた。
「水晶玉…」
「え?」
アルのつぶやきを、エドが聞き返す。
「確か…、カーバンクル准尉が、カルマンドロって人、占い師だって言ってたよね。」
エドも思い出したらしく頷く。
「うん。星占い師だって言ってたな。」
「このアメストリスじゃ、占い師はそんなに人数いないよね?
絶対限られた人数しかいないと思うんだ。
そしたら、占い師同士の横の繋がりで消息の手掛かり掴めないかな?」
アルは最初思い付きで言っていたが、なかなかいい案じゃないかと思った。
しかし、問題点が一つ。
「でも、占い師の知り合いなんかいないじゃない?
だから思い付いたはいいんだど…、ダメかな?」
「いや、一人だけいるだろ。」
エドは指を一本立てながら言った。
「俺達が、そもそも大佐達と列車に乗り合わせる原因になった、星占術師のおっさんだよ!
ほら、もっと北にある寂れた街で声かけてきた。」
アルも思い出したようだ。
「あ~!
あの父さんが三ヶ月以内に死ぬって占いした、フードのおじさんね!
いろいろあったから、忘れてたよ。」
「つーか、会ったら文句つけなくちゃな!
あのあんぽんたん、三ヶ月どころか永遠にくたばる気ねーよ、あれ。
だけど、あいつの事言われてからすぐに会うことになったのは確かだろ?
また会えば、あいつが本当にエルビウムさん殺しの犯人なのか、わかる気がすんだよ。
それに、命の危険があったのは大佐だ。
あいつじゃない。」
「なるほどね(兄さんなりに心配してるのかな?)」
アルはちょっと思ったのを感知したのか、エドがキッとアルを睨む。
「なんか言ったかアル?」
「何も?(ホントに妙なところで勘がいいんだから…)」
アルはちょっとため息を尽きたくなった。
☆★☆☆
明くる日、二人は余計な日数分の宿賃を宿に渡してから、ウィルファットを出た。
もし調べられても、泊まっているように見せ掛けるためである。
子供騙しだが、やらないよりましだろう。
列車を乗り継ぎ、二人は再び寂れた街に降り立った。
以前は気にしなかった駅の名前は、バーミリアム。
北風で傾いだ看板に、かすれた字で書いてある。
山間の淋しい街のメインストリートを、二人が歩いてゆく。
メインストリートといっても閑散としていて、店はみんなシャッターが閉まってばかりだ。
石畳を靴が撫でる音が、逆に静けさを強調した。
二人組の一人が擦り切れたトランクを持っていることからして、二人は旅人だと知れることだろう。
「たしか、声をかけられたのここらへんだよな?」
エドは寂しいメインストリートを見渡して、アルに尋ねた。
アルも同じように当たりを見渡していた。
「うん。確かね。
どうする?
人に尋ねようにも、人いないし。」
閑散としていて、人っ子一人見当たらない。
駅すら無人だった。
「うーん、こういう目立たない路地から声かけられたんだよなー」
エドが細い路地を覗き込む。
冬場の弱々しい日差しは、二度焼き煉瓦の民家の壁に遮られて暗い。
「見えねーな」
エドが眉間にシワを寄せた。
「しょうがねぇ。
ちょっと路地裏、探してみようぜ?
見つからなかったら、駅に泊まってまた明日出直せばいい。」
言いながら、エドはあの占い師が現れたと思しき路地に入っていく。
「うっ、僕、横向きでぎりぎり…」
アルもどうにかこうにかエドにならって、路地に入り込む。
建物の間の細い路地は、ウィルファットの時以上に細く入り組んでいて、複雑な迷路のようだった。
「うーむ。
完全に迷子だなこりゃ」
「兄さん、これ以上細くなったら、僕、詰まっちゃうよ…」
「だよなぁ。
一度、あのメインストリートに戻る道探そうぜ。
俺も疲れた。」
さすがのエドため息をついた。
しかし、地図もないのでメインストリートがもはやどっちなのか二人には解らなくなっていた。
「とりあえず、ここでこうしてはいられない。
明るい方に進めば、メインストリートに出れるだろ!」
そう言ってやけになりながら、なおも二人は前進した。
細い辻を何度もまがり、多少つかえながら行くことまたしばし。
「あぁ、兄さん!
この道の出口、明るいよ!」
「おお!」
アルが横向きのまま指差した路地の先、出口のあたりに、細い光の筋が建物の間に走っていた。
ちらちらと人影も見える気がする!
「助かった!
早く出ようぜ、アル!」
二人も自ずと早足になり、路地を進んでいく。
しかし、進んでいくうちに、ちらちら見えていたのが、人通りではなく、何やら二人ほどがもみ合っているようなことが見えてきた。
「ケンカか?」
「えっと、ちょっと様子見る?」
エドとアルは行くのを躊躇うように足を止めたが、眺めているうちに、もみ合っているうちの一人がちらっと見えた。
影のような黒いフード、探していた星占術師に間違いなかった。
「!」
エドとアルはそれを見てとると、同時に二人して駆け出した。
もちろん、不自然な格好のアルより、きちんと走るエドの方が早い。
光が近くにつれ、もみ合っている二人がよりはっきり確認できるようになる。
星占術師が地面に押さえ込まれた。
その時、その相手の顔が、エドには見えた。
なんと、光の中で星占術師を地面に押さえ込んだのは、
父、ホーエンハイムであった。
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続く