クリムゾン†レーキ
…19、謎掛けの街
カーバンクルの言葉が、彼の執務室の空気の中に謎を残して溶けていった。
アルは隣に座るエドの方へ少し体を傾けて、こっそり耳うちする。
「兄さん…もしかすると犯人って…」
しかしエドは、片手をちょっと上げてアルの言葉を止めた。
「カーバンクル准佐。
その事故で亡くなったはずの医師の容姿はどんなんだ?
もしかして、体格のいい大男で髭を生やしているとか。」
エドは体の奥底がひやりとしたが、カーバンクルは首を横に振った。
「いいえ、軍医なのでたしかにそこそこ体格はいいほうでしたが大男ではありません。
全体的にシャープなイメージのある医師で、髭は生やしていませんでした。
なにか気になる事でも?」
エドは頬に手を当てて眉間に皺をよせた。
「…………。
いや、なんでも。
あ、被害者の身元なんかはわかったのか?
連続殺人の被害者。」
「はい、そちらの調査は順調です。
行方不明になる前にマスタング大佐が重大な情報をお教え下さっていたので、身元はほとんど特定できています。
名簿があります。
ご覧になりますか?」
カーバンクルは言いながら、自分の執務机から、クリップで止められた一束の書類を掘り出した。
「マスタング大佐によりますと、狙われていたのは、ウィルファットの街が造られた頃からある名門の子孫達でした。
この書類は名門家の戸籍の写しで、歯型などで確認できた被害者に、チェックをいれる方法で作られています。
もう身元の割り出し自体はほぼ完了しているので、チェックが入っていない人物は、まだ生きていることになりますね。
この事件で、ウィルファットに住んでいた名門家は全滅してしまった事になります。」
カーバンクルから書類を受け取り、アルとエドは頭を突き合わせて覗きこんだ。
1ページ目には、名前と住所の一覧があり、確認されている人物のところには、赤いインクでチェックが入っている。
一覧には10人程の名前が並び、そのうち6人にチェックが入っている。
エドの目が、チェックされていない名前をたどっていく。
オルス・カルマンドロ、
モーリス・ユリトロ、
アリスター・グレイ、
ローゼガー・レーブドール…
「………。
アリスター…グレイ。」
エドが名簿に記されていた名前を声にだした。
カーバンクルが、気がつき補足する。
「ああ、チェックされていない人物ですね。
数年前に街を離れていまして、今、行方を調査中です。
他3名も捜査しています。」
一覧を眺めていたアルが、書類から顔をあげた。
「あの、質問していいですか?」
カーバンクルが頷いたので、アルは言葉を続ける。
「あの、
モーリス・ユリトロ、
アリスター・グレイ、
ローゼガー・レーブドールの3人は元の住所が書かれているのに、
オルス・カルマンドロって人は行方不明としか書かれていないんですが、これは?」
エドもアルに言われて名簿を見返した。
たしかにカルマンドロという人物には、住所の欄に行方不明としか書かれていない。
「はい。
カルマンドロ氏については、この事件以前に行方不明事件として、軍で扱われているのです。
今は、行方不明というより、生死すら不明です。」
「何があったんだ?」
エドは興味がでたのか、身を乗り出した。
カーバンクルは、分厚いファイルを本棚から抜き出し、ローテーブルの上に広げた。
「日付にして約5年前、ウィルファットから、山の中のとある集落へ向かう山道で事故がありました。
カルマンドロ夫妻が乗った馬車が、谷底に転落してしまったのです。
カルマンドロ夫妻は、医師としても錬金術師としても優秀な夫妻で、いくつかの無医村を、月一で回っていたようです。
現場は人気のあまりない険しい山道で、谷川に沿うように蛇行しています。
ぬかるんだ土に馬が足を取られ転落したと考えられます。」
カーバンクルは、現場の写真を指さしながら説明していく。
「現場の谷底は、昼間でも影に隠れるほど深く、なかなか発見されませんでした。
軍に通報があってから4日後、このようにー…」
カーバンクルは、谷底にたたき付けられて木っ端みじんになっている馬車の写真を二人に見せた。
「悲惨な状態で発見されました。
そしてその近くで、横たえられたカルマンドロ夫人の遺体が発見されたのです。
しかし、カルマンドロ氏の遺体はどこからも発見されず、今日(こんにち)も行方不明となっています。」
カーバンクルはそう言って話を閉じると、広げた写真を束にまとめた。
ちらっと見えたページには、被害者夫妻の名前や、遺留品が書かれていた。
夫・オルス・カルマンドロ
妻・リコリス・エルビウム・カルマンドロ
「!
ちょっと、カーバンクル准佐!
このリコリスって人、もしかして医療ミスで亡くなったエルビウムさんと血縁?」
エドがはっとして、ファイルを指差した。
「ああ、そうです。
リコリスさんは歳の離れたお姉さんみたいですよ。
名門同士の結婚だったんですね。」
カーバンクルとアルも、エドが指さした箇所を覗いた。
「へー、医療機具、お薬、食料、衣服…。
ずいぶんいろいろ馬車に積んでたみたいだね。
この水晶玉とか、何に使うのかなぁ。」
アルは遺留品欄を見ながらつぶやく。
「月に一度ですから、荷物も多くなるでしょう。
その重みの性で、馬は体制を整えられず転落したと考えられますが…。
その水晶玉は、カルマンドロ氏は星占い師でもあったみたいですから、それで使ったのではないですか?」
笑いながら言うカーバンクルの言葉だったが、
エドはそれがひどく重要な手掛かりに思えてならなかった。
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続く