クリムゾン†レーキ
…15、宣戦布告
体が重い。
埃っぽい。
エドは状況が思いだせない虚ろな状態のまま、体を動かそうとした。
腕は持ち上げられなかった。
その事実を認識したとき、自分が置かれた状況を思いだした。
そうだ、廊下に出る寸前で爆弾が爆発したんだ。
それをまともにうけちまって…。
よく生きてたなー…。
どうやら仰向けに倒れているようだ。
腕が動かなかったのは、怪我のせいか、それとも瓦礫あたりに埋もれてしまったのか。
とにかく、脱出してみんなにあのことを早く伝えなければ。
エドはまだぼんやりする目を開けた。
もうもうと立ちのぼる砂埃と、爆発の光を見たせいで視界ははっきりしない。
しかし、周りに瓦礫が散乱し、見るも無残な状況になっているのは確認することができた。
瓦礫の下敷きになっているのかと、重さが掛かっている体を見れば、そこには灰色の瓦礫ではなく、黒髪の頭。
エドはロイに庇われ、彼の下敷きになっていた。
「!!
たい…、グリード!」
エドが思わず叫ぶと、ロイが身じろいだ。
「無事…か?
鋼の…。」
ゆっくり身を起こしたロイの背中は、黒々と焼け焦げていて、爆発の威力を物語る。
「怪我は…ないか?
君はよく怪我を隠したがる。
怪我をしたなら正直にいいなさい。」
ロイが起き上がると、エドも上半身を起こした。
「怪我はしてねーよ。
あんたのおかげでな。
でも、ホムンクルスに礼なんかいわねーぞ。」
食ってかかるエドを見て、ロイは柔らかく笑う。
「本当に素直じゃないな。
鋼の。
それに、私はグリードじゃない。
本物のロイ・マスタングだ。
助けたのは私なんだけどね。」
「!」
エドはロイの言葉にはっとして顔を上げる。
そこには、先程までの邪悪さはなく、いつもの見慣れたロイが少し疲れたように笑っていた。
「大佐!
生きてたのか!
グリードってのが大佐の体乗っ取って、本物のあんたは消えちまったって言ってたのに。」
ロイはエドを見て頷く。
「ああ、確かに私は今、グリードというホムンクルスに体を奪われていて、こうして君と話す意識を保っているのがやっとだ。
うっかりすると、私は今にも消えてしまうだろうな。」
ロイの眉間には苦そうなシワがより、息も粗い。
エドは不意にあの占星術師の言葉を思いだす。
もしかしたら、あいつが占った『これから死ぬ男』は大佐だったのではないかと。
「もしかしたら、私として話すことができるのは君が最後かもな。
…困ったことに、部下達に会うまで持たないだろう。」
悲しげに目を伏せるロイの胸倉を、エドはいきなり掴んだ。
「何てめー、あきらめたみたいなこと言ってんだよ!
今もこうして話してんだ!消えんなよ!
あんたには、まだ、
やる事があんだろが!!」
エドの叱咤にロイは驚いたような顔をするが、すぐにいつものたくらんだ笑顔になる。
「もちろん。
あきらめるつもりは微塵もない。
ちょうどいい機会だ。
逆にグリードの力や知識を奪ってみせるさ。
だが、今はまだ早い。
少し様子を見るために私は一度眠る。
消えてしまわないためにもね。
皆のところに戻ったら、君は私の事を皆に伝えてくれ。
そしてできれば、しばらく皆を守って欲しい。
頼めるか?」
「ま、助けて貰った借りがあるからな。
それにみんなとも約束してんだ、大佐に何かあったら俺がみんなの面倒みるって。
でも預かるだけだ。
必ず返すからな。」
ロイはふっと笑ってエドを見た。
「全く君には敵わないな、だが約束するよ。
必ず帰る。
使い勝手がいいからとごねないで、必ず返してくれよ、優秀な部下達なのでね。」
悪戯っぽく笑うロイにエドもニヤリと笑い返す。
「ちゃんと帰ってきたらだけどな!
…まぁ、わかった。
信じて待つ。
絶対戻ってこいよ。大佐。」
しっかりとした目線でロイはエドを見つめ、力強く頷く。
エドも頷こうと顔を傾けたが、目の前のロイが苦しむように顔をしかめたので、はっとして体を起こす。
「大佐!?」
ロイは眉間に指を当てて、頭痛を堪えるような仕種をした後、苦しげに顔を上げた。
「ちょこ…ざいな…」
「!」
エドがロイの顔を覗き込めば、その目はすでに強欲の色に染まっている。
「オリジナルめ、もう意識の奥底で溶け消えたかと思えば…!」
「グリード…!」
エドが見つめる中、ロイががくんと力が抜けたように顔を伏せた、その後髪をかきあげ、目を開きながら顔をゆっくりと上げれば、もはや完全にグリードに切り替わっていた。
「ふん、オリジナルめ。
おとなしく沈んでおればよいものを。」
「グリード!」
ロイは名前を呼ばれたように顔をエドに向けた。
「安心したまえ鋼の。
どのような話をしたのかは知らぬが、もうオリジナルが意識の表に立つ事はない。
別れの挨拶ぐらいできたかね?」
グリードの嫌味にもエドはニヤリとしながら答える。
「まあな」
「…ほう?」
エドの不敵な笑みをロイは少し訝しがる。
「まぁ、いい。
それよりも…。」
ロイは体の埃を払いながら立ち上がり、発火布で無造作に部屋に火を放った。
あっという間に部屋は業火に包まれる。
驚くエドを見下しながら笑うと、ロイはすばやくエドを抱き上げて崩れかけた部屋を走り出た。
「お、おい!」
「心配するな。
証拠を残さないように燃やしてしまうだけだ。
君を燃やすつもりはない。」
腕に抱えたエドの重さをものともせず、ロイは倒壊しかけた建物を駆け抜ける。
爆弾は至る所にしかけてあったらしく、崩れた瓦礫の間から炎が燃え上がっていた。
ロイが先程火を放たなくてもやがてこの建物は業火に包まれたことだろう。
ロイはエドが中庭から入った穴の横を通り抜けた。
中庭にもすでに火がまわり、ジャングルを侵略している。
「オリジナルが戻る事はもう二度とない。
淡い希望は抱かん事だな。
何か約束をしたならば、それはわざわざ破かれるためにしたようなものだ。
申し訳ないがね。」
ロイは前を見たまま独り言のように言う。
「さぁ、破かれるかどうかなんて、あんたにも俺にもわかんねーよ!」
エドもロイに抱えられたまま負けじと叫ぶ。
ロイがまだ火がまわっていない研究室と思われる部屋のドアを蹴破り、
そのまま窓のあるほうへ足をゆるめず直進していく。
「ならば、あがいてみせろ人間!」
ロイが窓に向かって業火を放っした。
その火炎球はものの見事に壁ごと窓を粉砕し、人が通り抜けられるほどの穴を穿つ!
後少しのところで、ちらっと後ろを振り向けば、走り抜けてきた廊下をバックドラフトの炎が圧倒的なスピードで迫り来ていた。
ロイは迷う事なく穴へ走り、最後に強く踏み切った!
ードンッ
エドを抱えたロイの体が、外の空気中へ舞ったとほぼ同時に、ロイが穿った穴から爆発的に炎が溢れだした。
しかし炎の指はエドとロイを捕らえることはできず、二人はヤブの中に受け身をとりつつ派手に転がる。
エドはうまく受け身をとりつつ転がりながら立ち上がり、ぱっとロイから離れた。
ロイもうまく受け身をとり、転がるように一回転すると、エドと対峙する形で立ち上がる。
エドは立ち上がったロイをひたりと見据え、言い放つ。
「おうともよ。
あがいてやろじゃねーかよ。
みてやがれ、グリード!」
クリムゾン†レーキ⑯へ
続く