クリムゾン†レーキ
…14、強欲な男
エドは密林と化した中庭を掻き分けて、えっちらおっちら進んでいく。
危惧していたトラップの類いはほとんどなかったのだが、密集している枝葉のおかげで前になかなか進めない。
「大佐が吹っ飛ばした穴、どっちだぁ?」
ばさばさと薙ぎ払いながら、乱暴に道を作っていくエドだったが、目指した壁の穴を見失っていたので、もうかなりあてずっぽうで歩いている。
目の前におおい被さった巨大な葉っぱを手折ると、奇跡的にも目指す壁の穴が見えた。
「お!やった!
あれだな!」
しかしエドが喜んのもつかの間、その手前に横たわる大木をどうにかしないと進めそうにない事に気付く。
「だぁーっもう!
めんどくさいなぁ!」
エドが立ち塞がる倒木を蹴飛ばす。
しかし、そんな事では大木はびくともしない。
「なら、錬成してやる!」
エドは両手を胸元で合わせると、続いて大木に触れた。
エドが触れたところが隆起し、激しい錬成光を弾けさせながら、姿を変えていく。
「どーんなもんでぃ!」
大木はあっという間に姿を変え、壁の穴へとまっすぐにのびる木道へと錬成されていた。
「へへん。
もう迷わねぇぞ」
エドが木道へ足をかけた時、エドの耳に激しい銃撃の音がとどいた。
「!」
思わず木の影に隠れたが、よく耳を澄ませば、中庭への銃撃ではなく、建物の中での銃撃の音らしい。
「まさか、大佐?
ハボック少尉か?」
エドは木の影を飛び出し、木道を穴へむかって一目散に駆け抜ける。
エドが穴に到達した時にはもう銃撃の音は止んでいたが、エドの目にはまた違う衝撃が飛び込んできていた。
「なんだ、…これ?」
廊下には激しい火炎であぶられた後が生々しくのこり、通路の左右には真っ黒に炭化した何かが複数横たわっている。
エドには、横たわる何かの正体が安易に想像できた。
「…っ!
マジ…かよ…。
大佐が、やったんだろうけど…。
冗談じゃねぇっ!
こんなふうにする必要はないだろが!」
エドは悪態をついて、嘔吐感をやり過ごした。
「いくらなんでも、やり過ぎだ!これは!」
吐き捨てるようにつぶやいたエドの耳に、悪魔を見たような悲鳴が聞こえた。
断末魔の悲鳴にちがいない。
「ーっ!
なにやってんだ!
あの大佐はっ!」
エドはその悲鳴に向かってはしりだす。
ロイの後を追うのは簡単であった。
焼け焦げた壁が、天井が、窓が、そして炭化したモノが道標となり、ロイの進んだ方向を示している。
そして最後に、焼け焦げた扉が跡形もなく撃たれた奥の部屋にたどり着く。
エドはその部屋の中に青い軍服を見た気がして、その薄暗い部屋に飛び込んだ。
「たいー…っっっ!!!」
飛び込んで、そして、息を飲み、目を見開き、思わず立ち止まった足に震えがきて、飛び込んできたことを後悔した。
今目の前にあることを理解しようとする頭と、現実を否定しようとする頭とで混乱する。
「……おや、…遅かったな?
…鋼の…。」
暗がりの中、ロイがゆっくりと振り向く。
その目に宿るのは冷酷な殺気。
その表情には、冷ややかな笑み。
「あんた…誰だ?」
エドは呆然としながら呟く。
目の前の人物は、ロイではなかった。
見た目だけでいうならば、ロイ・マスタング大佐その人で違いない。
しかし、違うのだ。
彼ではないと、エドの直感が警鐘を鳴らしている。
「誰だ…はないだろう鋼の。
それとも…、あぁ、そうか、ここは薄暗いからな。
どれ。
明るくしてやろう」
ロイは発火布をうち鳴らして、足元に転がるモノ達に火をつけた。
「これで見えたかね?
私だよ。鋼の…」
エドの視線は自然と燃えているものに注がれた。
いずれ、これらも外にあったのと同じように、真っ黒に炭化してしまうのだろうか。
「あんた、誰だよ。」
ロイは肩を竦める。
「ボケたか?鋼の?
私はロイ・マスタング大佐だが?」
「違う!!」
エドは声を張り上げて、それを否定した。
「あんたは、大佐じゃない!
大佐は、あんなにふうには、絶対しない!
あんたは大佐の姿はしていても、大佐じゃない!」
エドが強い口調で言い切る。
ロイは驚いたようにキョトンとしたが、それも一瞬で、その表情は面白がる笑いへと変貌した。
「ふ、ふふ。
よく気がついたな。」
「!
やっぱり偽物なんだな?
本物はどこにやった!?」
エドが攻撃姿勢に身構えるが、ロイは特に動きは見せない。
「偽物?
ふむ、それは少しおかしい表現だ。
偽物か本物かと言われれば、この体はれっきとしたマスタング大佐の体。
本物ということになるのではないかな?」
ロイは自分を指差して事もなげに言い放つ。
「なんだと?
さっき自分が大佐じゃねえって認めたじゃねーか!」
「その通り。
私はマスタング大佐ではない。
しかし、偽物でもない。
今は私こそマスタング大佐で、過去のマスタング大佐はもういない。」
炎に照らされるロイの顔には深い陰影がついている。
本当に別人のように見えた。
しかしエドだってわかっていた。
こうも自由に火炎を操るのは、成り代わり者の付け焼き刃では到底できる事ではない。
ロイは本人に間違いないのだ。
「回りくどい言い方は止せ。もう一度だけきく。
お前は、誰だ!」
ロイは手の甲をゆっくりと上げ、エドに見えるように示す。
「私はグリード。
強欲の名をもつホムンクルス。
この体は私が貰いうけた。
もうオリジナルのマスタング大佐はこの世にはいない。
今は私がロイ・マスタングだ。」
その甲には紛れも無い証が印されていた。
「大佐がホムンクルスだって?
馬鹿言うな!」
「馬鹿でも冗談でもない。
認めたまえ鋼の錬金術師。
君が気がついた違和感は、オリジナルの私ではなく、グリードの私であると気がついた事による違和感だ。
しかし、君は違和感を感じながらもこうして作戦に参加している。
それは違和感を感じながらも私が別人だと断定できなかったからだ。
体はオリジナルのままだからな。
事実をしらず断定するのは難しいだろう。」
「ならなんで、せっかく入れ代わりに成功したくせに俺に話す?
正体を俺がばらしちまうかもしれねーのに。
それとも、俺をここで始末するつもりか?」
エドの頬を汗が滴る。
熱にあぶられているからなのか、それともいきなり直面した命の危機に怯えているのか。
「いいや、君に教えてもたいした事ができないとわかっているからさ」
ロイは冷静にエドを見る。
「体自体はオリジナルのもの。
記憶、知識、考え方まで全て今や私のなかに取り込まれている。
君がいくら私を糾弾しても正気を疑われるのはむしろ君なのだよ。」
つまりエドには手の打ち様がないのである。
「くっ」
エドが呻いて一歩下がった時、ぐらり、と足元が揺れた。
同時に離れた場所からの爆裂音!
「なんだ!?」
エドは慌てて爆発音がした廊下を振り向くが、ロイは冷静に小型無線でファルマンに連絡をとる。
「ファルマン!
どうなっている!報告を!」
くぐもった電子音のなかにファルマンの報告をロイの耳は聞き取る。
『はっ!
正面入口が爆発いたしました!
兵に負傷はありませんが、入口は破壊されており、退路としては使えません。』
話している間も爆発音は聞こえてきている。
どうやら時限式の爆弾が仕掛けられていたのだろう。
『今だ爆発は続いております!
このままでは倒壊の恐れも!』
「わかった。
鋼の錬金術師は私といる。
ハボックに撤退しろと伝えろ!」
『了解!』
ファルマンとの通信が途切れ、ロイは辺りを照らしていた焔を消した。
「鋼の、ここは危険だ。
撤退する。」
手を差し出したロイを払いのけ、エドはロイを睨む。
「あんたなんか…
ホムンクルスなんかの言う事なんか聞くかよ!」
エドがロイを振り切って廊下へと駆け出す。
ー大佐の部下たちなら信じてくれる!みんなに一刻もはやく伝えねぇと!
「待ちたまえ!」
ロイが静止の言葉を張り上げる。
しかし、それで立ち止まるわけもない。
エドがあと一歩で廊下に駆け出す瞬間、エドの視界は真っ白い光に包まれた。
「ーっ!」
まずい、と思った時にはすでに遅く。
エドの体に熱風と衝撃が走り抜けたのであった。
クリムゾン†レーキ⑮へ
続く