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クリムゾン†レーキ


…13、紅から黒へ



手榴弾が炸裂した廊下は、見るも無惨に瓦礫の山と化していた。

天井が円形にまるまる崩れ落ちていて、中庭側の壁は跡形もない。

砂埃が立ち込め、人影は見えない。

ゆっくりと空気が流れて埃が薄れ、様子がわかるようになる、瓦礫の中から手袋をした腕が覗いていた。

「………
…う…痛…」

瓦礫から飛び出た腕が、ぴくんと震えた。

「痛て、

痛て痛て…

いぃてぇ~っな!
ちくしょっ!」

悪態をつきながら瓦礫を掻き分けて這い出してきたのはエドだった。

ガラガラと体に被さる瓦礫を退かし、どうにか立てるようになれないか頑張っている。

「ぺっぺっ、砂口んなか入った~」

どうにかこうにか立ち上がると、エドは服の埃をはたきながら辺りを見渡した。

「こりゃひでえや。
とっさに壁を錬成しなかったらおだぶつだったな。」

エドはあの瞬間、トラップと二人の間に壁を錬成し、直撃を防いでいた。

エドは安堵のため息をつくが、次の瞬間大事な事を思いだした。

「あ、そうだ!
ハボック少尉!

いねぇってことは…
無事だといいけど…。

おーい、ハボック少尉!返事してくれ!
生きてるかぁ!?」


エドは慌てて灰色の瓦礫の山を見渡すが、ハボックの姿はない。

落ちてきた天井の瓦礫と壁の残骸で廊下は完全に塞がれている。

「もしかしてまだ瓦礫の下!?」

エドはどうにかバランスをとりながら、ハボックが埋もれていないか瓦礫を掻き分ける。

「ハボック少尉~。
生きてるか~!?
返事しろ~」

『大将~。』

エドの耳に、瓦礫の向こうから微かに聞こえるハボックの声が届いた。

「ハボック少尉!
無事か?」

エドが抱えていた瓦礫をほうりなげて、耳をすました。

「どこだ?今助ける!」

『いや、大丈夫だ。
特に怪我もない。

ただ、大将とは反対側の瓦礫で塞がれた廊下の方にいるから、大将のところにはいけないな。』

確かにハボックの声は、廊下を塞いでいる大きな瓦礫の向こうから聞こえるようだ。

「わかった。
じゃあ、俺が錬成して通路つくるから、ハボック少尉は離れててくれ。」

エドがいうなり両手を胸の前で合わせる。

『待て!大将!
大将からは見えないかも知れねーが、廊下側のヒビがすごいんだ。

これ以上ショック与えたら崩れちまいそうになってるから、
錬成はまずい!

しょうがない、二手に別れようぜ!

中庭側から行ってくれ、俺も早く合流するようにするから!

いつテロの奴らが様子見に来るかわかんねぇ今は、早く移動したほうがいい!』

エドもハボックの言葉にはっとして辺りを見渡した。

たしかに、今のところはテロリストの姿は見えないが、いつ狙撃されるか、わかったものではない。

「わかった!
じゃあ俺は大佐が吹っ飛ばした穴から中に入るから、ハボック少尉、後で合流しよう。」

『気をつけてな大将!』

言うが早いか、エドはヒラリと瓦礫の山から飛び下りて、なんの躊躇もないようにジャングルのような中庭に分け入って行った。

    ☆★☆☆


ロイは現れるテロリスト達を片っ端から薙ぎ払い、古びたプレートに『薬品室』と書かれている奥まった部屋にたどり着いた。

フュリーの盗聴と、これまでロイ自身が薙ぎ倒してきたテロリスト達の情報からすると、テロリスト達のボス格三人は、ここに人質のふりをして潜伏しているらしい。

部屋の入口の左右を警護していたテロリスト達の炭になった亡きがらを蹴飛ばして退かし、ロイはおもむろに扉を押した。

ギシリと音を立て、ゆっくり扉が開いた。

室内は暗く、暗室の中に小さなろうそくが一本だけ燭台の上で明かりを燈していた。

「人質を外からの攻撃から保護するために唯一外に面していない部屋を使うのは、なかなかの良策だな。

おかげでこうして私が出向かなくてはならなくなってしまったぐらいだからな。」

ロイが笑いながら一人ごちた。

部屋の一番奥では、縄で縛られた三人の人質らしき人物と、それに銃を突き付けている五人のテロリスト然とした男達。

人質は男が二人、女が一人。
怯えたように震え、唯一残された希望のようにロイへ縋るような目線を向けている。
まあ、全て演技であり、この三人こそ主犯格なのだが。

ロイが室内を見渡したが、他になにもない、殺風景なものであった。

「動くな!
動けばこいつら三人まとめてあの世に送るぞ!」

テロリスト然とした男が吠え、人質の女性のこめかみにマシンガンの銃口を突き付けた。

女性から、ひぃっと小さな悲鳴があがる。

ロイはため息をついてやれやれと首を振った。

「かまわんぞ。
やれるものならやってみたまえ。」

冷たく突き放したロイの言い方に、テロリスト達の方に動揺が走る。

「ああ、殺すならその前に確認をとらなければな。

その人質の名前はモーリス・ユリトロ、アリスター・グレイ、ローゼガー・レーブドールでよいのかね?」

人質三人は一応頷く。

ロイはそれを見て満足げに頷いた。

「なるほど、確認はとれた。
さあ、思う存分に撃ち殺したまえ。
できるならな。」

ロイがニヤリと笑いながらテロリストをそそのかす。

「し、市民を助けるのが軍だろっ!?
見殺しにするつもりか!?」

人質役の一人、赤い髪の若い男アリスター・グレイが、引き攣った悲鳴を上げた。

「市民を助ける?
いいや、その解釈は間違っているな。

正しくは、善良な市民を助ける…だ。

貴様達のような者達は含まれていない。
君達こそが主犯格であるというネタは、最初からあがっているのでね。

まぁ、実際のところ、君達が先程私が言った名前ならば、テロリストや主犯でなくとも我々の粛正からは逃げられんがな。」

ロイは見下すような威圧的な雰囲気で、一歩前にでる。

人質三人は真っ青になって後ずさる。

また一歩ロイが前に進み出た時、恐怖感のあまりローゼガー・レーブドールが耐え切れずに人質という役をかなぐり捨てた。

「う、撃て!
撃て撃て!
あいつを蜂の巣にしてしまえ!」

レーブドールの叫びに、はっとしたテロリスト達は、ロイに向かって一斉に銃を乱射した。

ロイの姿が弾幕の向こうに消えても、なお銃撃は止まない。

コンクリートを扉をさんざんに粉々にして、やっと銃声が止む。

「これで生きてはいないだろう…」

レーブドールが冷や汗を拭いつつ、つぶやく。

もうもうと立ち込めた埃の向こうで、赤い光が弾けた。

人質役三人を取り巻いていたテロリスト五人の間を、赤い閃光は瞬く間に駆け抜ける。

「今の光、何かしら?」

その一瞬の光に気がついたユリトロが、小さく疑問を口にした。

そしてその疑問に答えるように、ユリトロの視界を影が通りすぎた。

どさり、と重い音。

ユリトロが視線を影に向ける。
しかしそれはただの影ではなく、先程まで自分に銃を突き付ける役についていた仲間の死体。

「ーーーっっ!!!」

「お、お前ら!」

五人全員が糸が切れたマリオットのように次々と倒れた。

倒れた全員が額のど真ん中に高熱でうがたがれた穴が開いていた。
みな、事切れている。

一度に五人の仲間がやられ、混乱した主犯格三人の耳に、一つ足音と声が届く。

「まったくひどい事をしてくれる。
一度、死んでしまったではないか。」

ロイがボロボロに破けた軍服を叩きながら姿を現した。

「ば、化け物!!」

レーブドールが震えながらロイを指さして叫んだ。

ロイはちょっとムッとして、不機嫌そうに口を尖らせる。

「何を失礼な。」

「近寄るな!化け物め!」

グレイが叫びながらロイに発砲した。

銃弾は、ロイの発火布に包まれた左手の掌を貫いていた。

「狙いがイマイチ…だな」

しかしロイは手についたインクの汚れでも確かめるように、無造作に掌を見ただけだった。

「せっかくの発火布が血で汚れてしまったではないか。」

主犯格三人が見つめるなか、ロイが血で汚れてしまった発火布を外して投げ捨てる。

その掌には、弾痕はなかった。

驚愕する三人に、ニヤリと笑いかけるほど、ロイは余裕だ。

「冥土の土産に教えてやろう。

私の名は、ロイ・マスタング。
地位は大佐、東方司令部の司令官だ。
国家錬金術師で二つ名は焔。

そして、なにより…」

ロイは素肌をさらした左手の甲を三人に向ける。

そこには赤く鮮明な
全てを抱く無限の蛇、
ウロボロスの紋様。

三人の顔から、さらに血の気が引いた。

「お前達ならばこの刻印を知っているだろう?

私の名はグリード。

強欲の名を持つ、
ホムンクルスだ。」



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続く
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