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クリムゾン†レーキ

…6、闇の中の街で



「大佐!なんなんだよ、中でどんな話があったんだ?」
「今、説明している時間がない。時は一刻を争う!」

つかつかと病院の廊下を行くロイとリザの後に追い付くために、エドは少々小走りにならなければいけなかった。
急いで病院を出た四人は、駐車場の軍用車にすぐさま乗り込む。
リザが車を発進させている間に、ロイは軍用車についている無線で、カーバンクルに連絡をいれた。

「カーバンクル准佐。聞こえるか?マスタングだ。」
『こちらカーバンクルです。感度良好です、マスタング大佐。』

無線の向こうから、はっきりと応答があったので、ロイはエルビウムに聞いた事の概要をざっと話した。

そのは緊迫した雰囲気は、後ろの二人にも伝わったらしく、エドも大人しくなった。

「…と、いうことだ。
よりくわしい説明は、司令室に帰りしだい説明する。
それよりも、ただちに旧家の屋敷の周りを固めろ。
家人が留守なら、ただちに居場所を突き止め、護衛を付けるのだ!
もう夕刻だ!犯人が動きだすまで時間がないぞ!」

『は!』

カーバンクル准佐の返事を確認して、ロイは無線をきった。
「間に合うといいがな」

ロイは誰に聞かせるためでもなく呟いた。

リザが運転する軍用車は、丘を下り、周りはだんだんと立派な屋敷街から民家の町並みに変わっていく。

もう、歩道に設置された街灯に明かりを入れる人物が街を行く時間になっている。
殺人鬼が動きだす夕闇が、街を静かに包みはじめていた。

「殺人鬼は夜に行動するっていってたよね兄さん。」
アルが不安げに兄を見た。
エドも静かに頷く。

「この街のどっかで、獲物を狙ってんだろうな。」

エドが街の屋根の間から見上げた西の空は、太陽の最後の光がゆっくりと、地平に溶け消えようとしていた。
    ☆★★★


ロイは、暮れなずむ町並みを眺めながら、病室でエルビウムに聞いた証言の内容を反すうしていた。

エルビウムによると、やはり旧家の生まれである母親が亡くなった時、つい言い伝えに背いて、三日間の間に安置してある柩の蓋を開けてしまったことがあったそうだ。

(その時は、鳥肌が立ちました。
亡くなった母の体には、びっしりと赤い紋様が肌に浮かび上がっており、まるで呪詛のようでした。)

ー呪詛のようだった…。
確かに見た目もさることながらだが、エルビウム嬢には、浮き出た文字の意味が一目でわからなかったということになる。

エルビウム嬢は錬金術師ではない、もし、専門的な構築式だったなら、呪詛のように見えてもおかしくはない。

体に浮き出た紋様は、街を拓いた生体錬金術師・ウィルファードの残した錬金術の理論の類いの可能性がある。

しかも、自分の子供を三家に嫁がせた事と、旧家にはみな葬儀の伝統がある事から、すべての旧家でその紋様は現れるのだろう。

つまり、一家ぐらい血が途絶えてもちゃんと後世に伝わるようにしたかった訳だ。

しかし、言い伝えでは、三日間は葬儀をするなとしている。

時間が区切られているのだから、死後三日間だけ浮き上がる代物なのだろう。

だが、後世に伝える必要があるなら、なぜ秘密にする?

伝える必要性と機密にする必要性がある情報。

そして、今、その情報を根絶やしにしようと躍起になる殺人鬼がいる。

「まともな内容ではなさそうだな。」

ロイは自分でも気付かないうちに、ため息をつく。

見れば、夕日の残滓は消え、夜が始まっていた。

    ★★★★

車は丘を下り、民家の向こうに、また小振りながら立派な屋敷が見え始めた。
ウィルファット軍の明かりも街灯に混じって見える。

「もうすぐ、例の地区です。」

リザが、運転しながらロイに報告した。

「うむ、鋼の余計な仕事は増やすなよ。」
「んだよそれは!」

悪態をかえしながら、エドも緊張した面持ちで、いつでも外に出られるように身構えた。

ロイも懐から発火布を取り出す。

その時、

「あ!!」

外の様子を眺めていたアルが、悲鳴のような声を出した。

「どうした!アルフォンス!」
「なんかあったか!?アル!」

「中尉!車止めてください!
さっき通り過ぎた路地、何かいた!」

リザは急ブレーキをかけて、車を止めた。

エドは、車が止まるか止まらないかのうちに飛び降りて、アルが指摘した路地へ走りだした。

「まて、鋼の!」

続いて三人も車を降り、エドの後を追う。

アルが指摘した路地は、煉瓦作りの家の間に挟まれた狭い路地で、アルがぎりぎり通れるかぐらいのサイズだ。
歩道に並んだ街灯の明かりも、路地の中には届いていない。

エドはオートメイルの甲を刃に変えて、路地に飛び込んだ。

「…っ!」

暗闇に包まれた路地は先で行き止まりになっており、石畳は煉瓦の壁で遮られていた。

そして、暗闇の中でなお、どす黒い飛沫と不自然な形の肉塊が最後の気配を放っていた。

吐き気がする臭いが、鼻をつく。

エドがロイに事を伝えようと、声を発するために路地から顔を背けて息を吸った。

「たい…」

大佐と、単語を言い切らぬほど、刹那の瞬間に。

エドの背後で殺気が沸き立つ!

「…っ!!」

ギャリィィンっ!!

とっさに反応したオートメイルが、必殺の一撃を防いだのはいままでの生活の賜物だろう。

不自然な体制から後ろを見れば、散った火花の隙間から、刃を滴る鮮血でぬらした包丁が、自分の袖の断片を盗んでいくのが見えた。

しかし、それも一瞬で、エドは腹を強く蹴られ、後方に吹き飛ばされる。

「ぐっ!?」

エドは流れに逆らわず後方に跳び、横向きに一回転しながら相手と距離をとる。

顔を上げれば、相手はそのまま追撃を仕掛けてきていた。
相手の方が、エドよりも少しばかり早い。

ー間に合わないかっ!?

路地から身を躍らせた相手が、エドの命を絶つよりもはやく、

銃弾がエドと相手の間を裂く!

続けざまに放たれた銃弾は、街灯の下に身を晒した相手をエドから離した。

見れば、リザが銃を構えており、銃口から硝煙がたなびいている。

「サンキュ!中尉!」

いいながらエドは体制を立て直す。

再びエドに襲いかかろうと身構える相手に、ロイの凜とした声が突き刺さる。

「動くな!
お前をウィルファット連続殺人事件の犯人として現行犯逮捕する!
よもやその出で立ちで、言い逃れなぞなかろうな!」

手には血に飢えた包丁を持ち、着ているコートは乾いた血とまだ乾いていない鮮血でグラデーションになっている。
確かにこれ以上犯人らしい姿になるのは難しいだろう。

ロイは発火布の手袋を構え、リザは銃口を向けている。エドもアルもいつでも動けるように身構えていた。

その様に一瞥(いちべつ)をくれると、流石に相手も大人しくなった。

「最初からどんぴしゃの大当りかよ。」

エドが身構えながら言った。
ロイは発火布で狙いながら、相手に指示をだす。

「大人しく、縛についてもらおうか。
武器を捨てたまえ。」

それを聞いた相手は、街灯の明かりに笑みをさらし、光の下で濃さをました影の中で目を光らせる。

「ふふふ、それはなりません。軍に族する方。
これは女神から与えられし、栄光の刃。
我が黒曜石の姫から、承ろう光栄を捨てうつことなどできはしないのです。」

芝居がかった身振りで、相手は血に濡れた刃を愛おしそうに撫でた。

「女神?
何者だ?そやつは。貴様の仲間か?」

「軍に身を置く愚存のお方。その口で我が女神を卑下するなぞ、許されない諸行!
卑属な私めが、女神の仲間?そんな恐れ多い。
私は女神の忠実なる下僕。

それに、私めに女神が与えられし名はハイエスト・プレイズ。
貴様なぞという名ではありません。
私こそが、女神が選ばれし、選択の騎士。
私に命令できるのは、我らが漆黒の女神だけなのです。」

いいながらハイエストは刃から滴る血を、コートの端で拭い去る。

「ふん、『賛美』とは、よくいったものだ。

そのよく回る舌で真実を吐くのは、取調室にしてもらおうか。」

「おやおや、国に媚びへつらう蒼き衣の方、貴方はわかっていらっしゃらない。
私に命令できるのは女神のみ!
そして、女神の命令は絶対!
女神が死ねと言えば死に、生きろと言われれば私はなんとしても生き残る。

そして、今、私に女神がくだされた命令は、捕縛されろではありません。

女神の深きお考えに背きし愚かな行いを私の手で止める事なのですよ!」

高らかに宣言したハイエストは、まるで爬虫類のごとき素早さで、アルに突進した。

「アル!」

エドがアルの方に振り返る。
アルに刃物は効かない。
勝利を確信して。


しかし、にわかの勝利は目の前を通り過ぎていった。



クリムゾン†レーキ⑦に
続く
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