このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

クリムゾン†レーキ

…4、丘の街の城




「こちらウィルファット基地司令室、カーバンクルだ。
どうした?

…何?本当か!」

司令室にかかってきた電話に出たカーバンクルは、電話口の相手と二言三言言葉を交わすと、受話器を置いて振り向いた。

「ウィルファット軍病院からの電話で、つい今しがた被害者が目を覚ましたそうです。」
「そうか。」

ロイはちらっと窓の外に視線を向けた。
西日が眩しく差し込み、ロイの視界を染めた。
視線をカーバンクルに戻し、ロイは指示を出した。

「さっそく、軍病院に向かい証言を聞こう。
今日の被害者を出さなくて済むかもしれん。
カーバンクルはここで指揮を、
エルリック兄弟と我々二人で病院に行く。」

「しかし、大佐自ら…」

「今は人手が足らん。
配備の状況が一番解っているのはカーバンクル准佐だ。
私は報告書を読んだに過ぎん。いざとなった時、准佐の配備指示がなくては下の者は動けんだろう。」

「了解いたしました」

カーバンクルが敬礼で答えた。
ロイはエドとアルに向き直りながら、リザから上着を受け取る。

「エルリック兄弟には、私の護衛をしてもらう。
余計な兵を割いている暇がないのでな。
行くぞ。」

    ★☆☆★


ウィルファットの軍病院は、丘の上の城のような建物であった。

なんでもこの街を立ち上げた人物は、生体錬成ができる錬金術師だったらしく、街ででた怪我人の世話をやいていたらしい。

それがだんだんと大きくなり、自然と地主の城が病院になったそうだ。

今は軍が統括する軍病院になっている。

「なるほどね。だから田舎で生体錬成治療なんてもんが根ずいてるのか。」

病院を目指す車窓から、丘の上の目的地を見上げてエドがつぶやいた。

リザが車を運転し、助手席にロイ、後ろにエドとアルが座っていた。

「そうだな。
地方で、これだけ生体錬成治療が認められているのも珍しい方だろう。」

軍用車はウィルファットの町並みを進んでいる。

町並みは丘に添っているため坂で段をつくり、雪から屋根を防ぐために急勾配になっている。

丘の麓から中腹は、民家や店が多かった。

それが、だんだんと病院に近づくにつれて、町並みが古く、豪奢になっていく。

城が元地主のものだとするのなら、丘の上へいくほど有力者が住むということだろう。

「事件って旧家の人間狙ってんだろ?
ここらへんなのか?」

「いいや、ここらは現在の市長や役人が住んでいるらしい。
町並みは昔からのものだがな。

軍による政治になってから旧家は力を失い、街の郊外に居を移した。
事件はそちらの旧家が集まっている地区で起きている。」

ロイが腕を組んで、前をみたままエドの問いに答えた。

「へぇ、大佐詳しいのな。」

「報告書に記載されていたのでな。
些細な事が事件を解決する可能性もある。
だいたいは頭に入れてあるのだ。」

「へー、大佐も仕事してんだなぁ。」

「…君ね」

「大佐、そろそろ到着しますよ。」

リザの指摘で、ロイは口をつぐみ、エドは窓から城を見上げた。

車は、城の堀に掛かった吊橋を渡っていく。

堀と外壁に囲まれた、立派で堅牢な石作りの城が、見上げたエドの眼前にあった。

車は石の門をくぐり、速度を落として中庭の石畳を進んだ。
石畳の両脇には芝生が青く、花壇には花がさいている。
しかし、よく見れば芝生は長く、水はけが悪くなりかけ、花壇の花は萎れかけていた。
最近、手入れをしている暇など、この病院の誰一人としてないのだろう。

車はロータリーを回り、軍用車用の駐車場に滑りこんだ。

エドは車を降りてからあらためて城を見上げた。

西日が逆光になり、いくつもの城から突き出た塔の屋根が、鋭いシルエットを空に描(えが)いていた。

「うわぁ、案外立派な城だなあ。」

エドは感嘆をもらした。
ロイもエドの感嘆につられて城を仰ぐ。

「そうだな、立派なものだ。
ここの街を作った錬金術師は、さぞかし尊敬を集めていたのだろう。

さて、行くぞ鋼の。」

四人は城の入口の番兵に身分証を見せて、すんなり中に入ることができた。

城の中はひんやりとしているが、受け付けのあるホールは天窓から西日が差し込んであるため、まだ明るい。

事情を話し、看護士に案内された病室は、この城の中でも警護の厳しい階層にあった。
入口は木の扉で、差し込み式のネームプレートが被害者の居場所を示していた。

「警護のため塔の中の個室なのでな、余り広くはない。
何より、女性の寝室に大勢で立ち入るのも失礼だからな。
エルリック兄弟は扉のところで警備をしていてくれ。」

「え!被害者って女の人だったのか?!」

「なんだ、知らんかったのか、見たまえ、女性の名前だろう?」

ロイがネームプレートを指さした。確かに女性の名前が印されている。

「では、頼んだ。」

そう言うと、ロイは扉をノックしてから、リザを引き連れて中に入って行った。

「ちぇっ、待ってるだけか。警備ってのも暇なもんだなアル。」

二人は木の扉の両側にそれぞれ立ち、忙しくする医者や看護士を眺めていた。

「しょうがないよ、何か無いようにいるのが警備なんだから。」

こうして立っているだけが苦手の兄を、アルがなだめた。
エドがちらっと振り返り、ネームプレートの名前を読んだ。

マライア・エルビウム

「…エルビウム?」

「どうしたの?兄さん。」
「いや、どっかで見た名前だと思って。」
「うーん、僕は覚えはないなぁ。」

二人して首を傾げていると、足音が近づいてきた。

「そろそろ、応診の時間なんだが、入っても大丈夫かな?」

どうやら担当医らしい。
考えこんでいた二人は、かけられた声にはっとして、顔を上げた。

「あ、今、中で、証言…聞い…て…て………。」

目線を上げるごとに、エドの声が尻窄まりになった。そこにいた医者は…

「お前は…!」



    ☆★☆★


「失礼。」

ロイとリザは、扉を開けて室内に入った。

病室はなかなか豪奢な作りで、狭い石造りの塔の内部には見えない。

落ち着いた色あいの綺麗な壁紙が貼られ、怪我人が横たわるベッドもしっかりした作りだ。

小さな棚と、机と椅子が、入っきた入り口と反対側の窓際に設置してある。

ベッドには、包帯を至る所に巻かれた女性が横になっていた。

ロイはそっと近寄り、驚かせないように声をかけた。

「マライア・エルビウムさんですね?」

エルビウムは、ロイとリザを観察しながら小さく頷く。

「私は、東方司令部のロイ・マスタングと申します。
お辛いところ申し訳ないが、事件解決のためご協力いただきたい。」

エルビウムはまた頷くと、鳶色の瞳をロイに向けた。

「わかりました。
協力は惜しみません。
なんなりとお聞き下さい。

もしかしたら、私は犯人の目的を知っているかもしれません…」




クリムゾン†レーキ⑤へ
続く
4/72ページ
スキ