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黒の聖域

アメストリス軍可動式司令部内

「大佐が行方不明だ?何処ほっついてんだか!」
「ほっついてるって、んな徘徊じゃねぇんだからさ」
ハボックに向かい合う用に座ったエドワードは、隣のラッセルにツッコミを入れられていた。
「でも全く見当が付かない訳じゃ無いんだろう?誘拐されたとか拉致されたとかさ監禁されてるとか。たしかに大佐はサボり癖があるけど、仕事放棄する人間には俺は思えない。」
「流石によく解ってるな大将。…俺は南が怪しいと思ってる。だから、ここにいる。ここらはな、実はもう前線なんだ。あのでかい船も移動したほうがいいかもな。進んで巻き込まれたいなら止めんがね」
「やっぱり大佐の側近だな。やり方が似てるぜハボック少尉」「はは、見本がそれしかないからなぁ。ま、そうゆう訳だ。あの船は近くにある島辺りに隠れてるといい。わざわざ関係ない戦争に巻き込まれる事もないさ」
そう言ってニッカリとハボックは、エドワードに笑いかけた。
「ありがとうハボック少尉。一時はどうなるかと思ったけど、ハボック少尉とラッセルなら信用できる。」
「そいつはうれしいな。とにかく島影に船動かしたらその島で休んでくれ。ここらの島は大概軍の管轄でな。悪ささえしなけりゃ、好きにしててくれて構わんぞ。じゃあ、敵に見つかる前に船移動しねぇとまずいからな…。早い方がいいだろ。連絡はしておくから、大将は船に戻って中の人間に伝えてくれ。ラッセル、うちの奴らに伝えとけ。」
「解った。」「了解」
エドワードとラッセルの返事が重なり、二人共敬礼で応えていた。
エドワードはすぐに立ち上がると、トラックの外にいた護衛兵士を引き連れて桟橋の方へ早足で歩いて行く。ラッセルは敬礼を崩すと、ハボックに低い声で尋ねた。
「ハボック将軍。」
「何だ?」
ハボックの眼は、エドワードと話していた時とは異なる鋭さがあった。
「あのこと…エドには…」
ラッセルは俯き気味だった。
ハボックは大きく深いため息を一つついて、ソファに背中から寄り掛かる。カーブに合わせてのけ反ると、くすんだ天井が見える。
「…言えるかよ……
この戦いがある意味で…
大将達のせいだなんてな」


エドワードは桟橋に繋いで置いたボートに乗り込むと、戦艦に急いだ。
「エルリック研究員!」
待ちくたびれたとばかりにウォーターガーデン艦長がエドワード達の方へ駆け付けてきた。「して、どうだったのかね?」
「ここらへんはアメストリスと隣国の争いの前線で、目立つ所に止まっていると巻き込まれる恐れがあるそうなので、あちらの指示する島影に隠れるようにと。悪事を働かない限り島に上陸しても構わないそうです」
「そうか…。後まだ気になる事があってな。」
「?」
「とにかく、船体を移動させる事の方が先決であろう。館内可動準備!」

ラッセルが手配してくれたのだろう誘導に従って、ゆっくりと戦艦が動きだし、やがて大きめの島の崖と崖の間の割れ目にすっかり収まった。
戦艦の動きが止まり安全が確認されると、艦長はエドワードをともなって実験・観測の階の一室へ案内した。
その階は本来エドワードがいるべき場所でもあった。
「これをみたまえ」
最新鋭の機材が沢山軒を連ねている中程には、やたらと目立つ図体の大きな箱が据えてあった。世界一誤差が少ないと言われる電子時計だ。
「我々は、実験開始15分でアメリカ合衆国に帰還するはずだった。しかしどうだ?確実に15分は経過したはずなのに我々の時計は2秒しかたっておらんのだ!」
「時計の故障は?」
「正常だ。それに艦内全ての時計が同じ現象になっておる。」
エドワードは自分の腕時計をちらりと身やった。秒針はまるで短針のようにゆっくりと動いている。
エドワードは手帳に走り書きすると、手近にいた兵士にメモを渡した。
「島の人間に連絡が行ってる筈だから、これ渡してこの世界の時計を借りてきてくれ。何かしら貸してくれる筈だ」

兵士が小さな懐中時計を借りて来ると、エドワードは電子時計の前に陣取って時間を計り始めた。
しばらくそのままでいると、電子時計がやっとまた一秒動いた。
「…12分だ。」
「どういう事だね?」
エドワードの呟きにニースが聞き返す。
エドワードはニースに向き直り、懐中時計を見せた。
「つまり、こっちの時間が12分たつとようやく向こうで一秒過ぎるんです。
…丼ですが。だいたいそうすると一分=半日ってとこですね…
予定15分だから、一週間と半日いないと向こうには帰れない事になります。」
「時間の流れが異なるのか!」
「そうです。一週間南の島でバカンスといきましょう艦長。」



ニースが兵士達に事の事情を説明し、確認したところで島に上陸することになった。島はだいぶ広く、岸から近い事もあってか物資が不足するようなこともなく、アメストリス軍の軍人達は快くエドワード達を向かえいれた。指示を出しているのは、よくみれば東方司令部でハボック少尉の下にいた副隊長さんだった。
兵士達はこちらの食料とアメストリス側の食料等を交換したり、島の中を兵士達の邪魔にならない程度に見回ったりして、思いがけずできた時間を有意義に過ごそうとしていた。
他の研究員達は、島の土壌や水質、生態等のサンプルの確保に忙しかった。
ただ一人、エドワードは船に残って甲板から波間を一人でずっと眺めていた…


夕食の後、ニースに呼ばれて艦長室に行くと、例の副隊長-クラウス・フォーライフ-がエドワードを待っていた。
クラウスによると今日は夜にかけて嵐になりそうだから、兵士達を島へ移した方がいいと言うのだ。
エドワードは艦長にその旨を伝え、程なくしてアメリカ合衆国の人間は島への移動を終えていた。


エドワードは自分達にに割り振られた大部屋で、目を覚ました。
-まだ夜中じゃないか…。もう一眠りいけるかな?
などと横になるが、今度はなかなか寝付けない。仕方なく、エドワードは他の者を起こさないように身を起こす。
見ると窓硝子には沢山の木葉や水滴がついていたが、もう嵐は過ぎ去ったようだ。
-少し散歩でもするか…。
そうしてエドワードは基地の外に出た。

木々の葉や枝が辺り一面に散乱し、波も高いが、雲間からはちらちらと星の瞬きをかいま見る事ができた。エドワードはなだらかな浜になっている所をサクサクと音を立てながら進んでいく。
「エルリック研究長も夜の散歩ですか?」
「…!あぁ。チャート研究員」
エドワードが振り向くと、研究員の一人-マランツ・チャート-がこちらに近付いて来る所だった。
「嵐の後に色々な物が打ち上げられているのを観察するのが好きなんですよ」
そうチャートが笑いながら足元の貝殻を拾いあげる。
「特にここにはサンプルになりそうなものが沢山ありますしね。」
「…そうだな」
エドワードはお喋り好きなチャートが相手では、静かな散歩は無理そうだと少々がっかりした。
しばらく、チャートの一方的な会話が続き、そろそろエドワードがげんなりし始めた時にソレは目に飛び込んできた。
岩場からまた砂浜に変わろうとしている最後の大岩の根元に、何か黒くて大きなものが打ち上げられていた。それだけならばエドワードも気にしなかっただろうが、エドワードが見た時、それはほんの少し身じろいだのだ。
エドワードはギョッとしてソレに駆け寄る。
「エルリック研究長!?」
チャートも慌てて後を追ってきた。
エドワードがすぐ傍にひざまずくと、そっとソレを揺り動かした。

「…!!」

それは10歳ぐらいの女の子だった。完全に冷え切って青ざめている。
「研究長!?」
「チャート研究員!すぐに人を…!!」

エドワードが振り向くと、チャートの背後に鈍く光る銃口が見えた。

銃声が轟く

3へ続く
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