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クリムゾン†レーキ

…3、闇の錯綜



うらぶれた廃ビルが立ち並ぶ、ウィルファットの中でも忘れられたエリア。

北からの冬将軍の攻撃で、冬はかなり雪ぶかくなるここいらの地域では、人の手が入らなくなった建物はすぐに駄目になる。

耐久性に不安が出て来るので、誰も再び戻ってくることはない。

コンクリートはひび割れ、ガラスが散らばり、天井が落ちている。

そんな建物の中に、黒髪の妖艶な女性が、けだるげに佇んでいた。

彼女の名は、ラスト

父から魂を授けられた、ウロボロスの刻印を持つ、ホムンクルスの一人だ。

彼女の足もとにもうひとり、ボロボロの汚れたコートに包まった、汚らしい身なりの男が手足を丸めて眠っている。

その男のコートは穴が空き、べったりと黒ずんだ汚れが至る所についていた。

大事そうに抱いているのは血まみれの包丁。

ラストはこの男を手中におさめ、「仕事」をさせているのだ。

仕事に入ってから、まだ5人しか片付いていない。

しかも、生死不明とはいえ、一人取り逃がしてしまった。

「まいったわね…。
ただでさえ人手が足らないのに。
時間ロスは痛いわ。」

とどめを刺しに行かなければならないし、今月中にあと4人、居場所を割り出し狩らなければならない。

ラストは、崩れ落ちた場所から外を見る。
冬へ向かう北国の日照時間は短く、影はすでに長い。

「そろそろ、次の手筈のため、かわいい奴隷を起こしましょうか」

丸まって眠る殺人鬼を、ピンヒールで蹴りつけた。

殺人鬼はビクリと震え、ゆっくりと目を覚ます。

「おはようございます、我が女神、至高の宝石、ラスト様。
貴女様は下僕の目覚めさえ気にしてくださる。
私は、貴女の下僕であり、仕事ができることに感謝します。
美しき黒水晶の天使。」

殺人鬼は起き上がり、ラストに賛美を捧げた。

「仕事よ。
ハイエスト・プレイズ。」

ハイエスト・プレイズ、賛美と呼ばれた殺人鬼は、うやうやしく畏まり、ラストに頭を下げた。

「御意、我が主の御心のままに」

☆★☆☆


四人がウィルファットの駅に到着すると、ホームで青い軍服をまとった軍人が三人ほど待っていた。

ロイを先頭に四人が列車から降りると、軍人三人は敬礼し、出迎えた。

「遠路はるばる、お疲れ様です、マスタング大佐!
お迎えに参りました。」

三人の中で一番位が上なのであろう軍人が、はきはきと言った。

「ご苦労。
早速、司令部へ連れていってほしいのだが、二名程連れが増えてね。
手配してくれないか。」

ロイが後ろをちらっと見る。
「二名様ほどでしたら、護衛車輌で申し訳ないのですが、それでよろしければ、そのままで出立できますが」

「だが護衛車輌は座席が狭いだろう。」

ロイが横にどくと、続いてリザ、エド、そしてアルが鎧を揺らして現れた。

ロイがくいっと親指を後ろに向けた。

「鋼の錬金術師と、その弟だ」


「……………。
わかりました。すぐに手配します」

その軍人は賢明であった。

☆☆★☆



しばらくして手配された車を含めた車列は、ウィルファットの丘の麓にある地方基地に向かった。

なかなか立派な基地で、練兵場や車輌庫はきちんと整備されている。

今は例の事件のせいで、人が出払っているが、平時ならば設備や兵力に信頼の置ける基地であろう。

エド達四人は、護衛兵に中を案内され、ウィルファット基地を指揮しているカーバンクル准佐の執務室に通された。

カーバンクル准佐は、ロイより少し年上のようで、銀髪をオールバックにまとめた中肉中背の男性であった。

執務室は、事件現場の場所が書き込まれたウィルファットの地図と、作戦指示書、報告書の類いで埋め尽くされている。

「久しぶりだな、カーバンクル准佐。
事件の方は、あまり芳しくないらしいが、どうなっている。」

カーバンクル准佐は起立してロイに敬礼した。

「わざわざお越しくださり恐縮です。マスタング大佐。

今のところ進展はありませんが、今日は前回から三日目、事件が起こる可能性が大変高まっているので、皆には厳重な警備に当たらせています。」

「そうか、それでけっこう。
ではさっそく今までの資料を見せてくれないか?」

ロイが上着を脱ぎながら、カーバンクルに指示をだす。

カーバンクルが差し出した資料をめくるロイの背中をエドが突いた。

「なー大佐。
あの人と知り合い?」

「む、ああ、すまん。
彼とは東方定例議会で何回かあっとる。
ふむ、視界に入らないから忘れてたな。」
「んだとっ!コノヤロ~!」
「兄さん!落ち着いて~!」

ロイは暴れるエドと押さえるアルをさらりと流し、カーバンクルに紹介する。

「うむ、紹介が遅れたが、大暴れしているのが、あの鋼の錬金術師エドワード・エルリック、押さえとるのが弟のアルフォンスだ。

途中で一緒になってな、役に立ちそうだから連れて来た。」

「ああ、なるほど。
あの、噂の、鋼の錬金術師ですね。

ご挨拶が遅れました。
ヴァンフォーレ・D・カーバンクル准佐と申します。
ウィルファット基地の司令をさせていただいております。
以後お見知り置きください。」

言ってカーバンクルはエドに握手を求めた。

「ん、よろしくカーバンクル准佐。
もしかして、なんか俺の変な噂でも聞いてる?」

その手を握りかえしながら、エドはきいてみた。

「…いえ、立派なお噂はかねがね拝聴しておりますよ鋼の錬金術師。
とても優秀な人物だと。」

「…ならいーけど」

エドは横であからさまに笑いを堪えているロイに、侮蔑の眼差しを向けならが言った。

「さて、自己紹介が終わったところで、カーバンクル准佐、事件の粗筋しか知らんのでな、鋼の錬金術師に事件の内容を教えてやってくれ。
こやつはあまり、報告書が好かんのでな」

ロイとリザは既に報告書を片手に、詳細地図などを覗きこんで、位置を確かめていた。

「鋼の錬金術師はこの事件をどこまでご存知ですか?」

「んと、連続殺人が起きてて、今のところ6人が襲われてて、一人生存者がいて…
後、生皮引っぺがされてる事と一人仲間の女がいるらしいって事ぐらいかな。」

エドが指折り数えながら言った。

「そうですか、それならば話は早いですね。

犯行は常に夜間に行われています。
事件現場は、みな人気のすくない旧市街地の旧家のお屋敷の近くばかりです。

旧家といっても、もう力のない所ばかりで、近くで殺人などがあっても、なかなか証言がとれていません。
死亡した被害者はまだ身元が割れていませんが、唯一の生存者がその旧家出身なので、場所も考えて犯人は旧家の人間を襲っているものと思われます。」

「ちなみに、模造犯を防ぐために、この情報は流出させていないはずだな?カーバンクル准佐。」

カーバンクルの説明に、ロイが口を挟んだ。

「もちろんです。
あと、生皮をはぐ事も伏せてあります。」

「よろしい。
ではー…」

ジリリリリンっジリリリリンっ!

ロイが書類から目を上げ、指示を出しかけた時、電話のベルがけたたましい音でそれを遮った。

「すみません、皆出払っているもので」

カーバンクルがロイに詫びながら、受話器に手をのばす。

まさに、その電話から運命が本格的に回りだすとも知らずに。



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続く
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