クリムゾン†レーキ
…1、始まりの予見
冷たい風が大地をなでれば、遠き山に雪がまう。
季節は巡り、冬がくる。
アメストリスに冬がくる。
赤い紅い冬がくる……
★☆☆☆
山間の淋しい街のメインストリートを、二人の人物が歩いてゆく。
メインストリートといっても閑散としていて、店はみんなシャッターが閉まってばかりだ。
石畳を靴が撫でる音が、逆に静けさを強調した。
二人組の一人が擦り切れたトランクを持っていることからして、その二人は旅人だと知れた。
「もし、そこの方々、…ちょっとよろしいか?」
通りかかった薄暗い路地から、ふいに声がわいた。
見渡しても、道に自分達の他には、人影はない。
となれば、声は自分達を呼び止めるために発せられたものらしい。
旅人達は足を止めて振り向く。
「そこの方々ってんのは俺達の事か?」
胡散臭いと警戒心丸出しで振り向いたのは、赤いコートの金髪の少年、エドワード・エルリックだ。
「そう…だ。」
また、声がして、存在を気にしていても忘れてしまうような路地から、一つの影が現れた。
いや、影ではなく、真っ黒なマントを頭からかぶった男だ。
マントで隠された表情は窺い知る事ができない。
「おじさん、僕達になにか?」
エドワードの隣を歩いていた大きな鎧、アルフォンス・エルリックが、小首を傾げた。
「私は、近い未来を予見する星占術師。
運命の糸を手繰る者だ。
数奇な運命を携えた人の子に助言を与えたい」
男の言葉にエドは深いため息をついた。
「おっさん。
占い師か?
金が欲しいのはわかるけど、いきなり声かけて『自分は未来が見える』なんて流行らないぜ。
未来なんか最新の錬金術でも見通す事はできない、いい加減な事言ってはぐらかして金巻き上げるつもりだろ。」
エドが鋭い目線を向けても、星占術師と名乗った男は揺るがない。
「金などいらぬ。
ただ、…なんと重い運命を背負う人の子かと、つい声をかけただけだ。
私の助言など無用であれば、そのまま立ち去るがいい」
男が言い切る。
「……ふぅん、おもしろいじゃねーか。」
「に、兄さん!」
兄の気持ちが変わったのを見て、アルが声をかけた。
「大丈夫だよ。
こんなので俺達の未来なんか見られるわけがない。
でも、天気予報ぐらいの参考に聞いても、損じゃねーだろ。タダだし。」
「もぉ~」
(大佐にもやっかい事に首を突っ込むなって言われてるのに…)
アルは飽きれたように鎧を揺らした。
「なんか言ったか?アル。」
「ううん、なんでも。」
エドは男に向き直り、ニヤリと笑った。
「そんで?
おっさん、なんなんだよ。
俺達の未来ってのは」
男は頷くと、ゆっくりと口を開いた。
「うむ、オヌシ達の未来…
これから、そう遠くない時期に、オヌシ達と近しい男が…
……父が…死ぬであろう。」
一瞬の静寂。そして…
「やりぃっ!」
「え、お父さんってまだ生きてたんですか!?」
エドのガッツポーズとアルの驚愕の声がハモった。
「…………。」
男は二人の普通とはちょっと外れたコメントに黙ってしまった。
一方、そんな男をほったらかし、エドとアルはどちらかと言うと喜んでいる。
「今まで生きてたのが驚きだが、そーかそーか、うん、いいこと聞いた!
やっとあいつに天罰がくだるんだな!」
「本当に生きてたのかー。
僕なんか微塵も覚えてないから、はなっからいなかったみたいなもんだし。
あ、でもお母さんのお墓に謝らせてからの方がいいんじゃない?」
「あっ!そうだよな!
それから右ストレート決めてやらないと気がすまねぇしっ!
死ぬのはそれからじゃねーと許さねぇ!
おい!おっさん!」
いきなりエドは振り向き、占い師の男に詰め寄る。
「あいつがー…
遺伝子学上の親の男の方は、死ぬのってどんぐらい先の話だ?」
「ぬぅ、そうだな、長くて三ヶ月以内だろう。」
「三ヶ月か…
権力ふるってぎりぎりだな、早く探さねーと。
大佐にも手伝ってもらえねーかな。」
顎に手をあててエドは考えこむ。
「こーゆー時こそ、権力使わねーとな!」
「兄さん悪だねー」
闘志を燃やしだしたエドにアルが呆れぎみに突っ込んだ。
「こっちの地方は空振りだったし、そうときまればとっとと東方司令部に戻って協力要請ださなきゃな!
ついでに大佐にレポート提出してやるか。」
エドは懐から硬貨を一枚とりだすと、呆れたように立ち尽くしていた男に指で弾いて投げ渡した。
「おっさんありがとよ!
いいニュースだったぜ!
そいつはとっとけ、等価交換だ!
もう会うこともないだろーけど元気でなー!
アル!いくぞ!駅まで競争だ!」
エドは、立ち尽くしたままの男に礼を言って、アルを置いて走りだした。
「あーっ!ずるいよ兄さん!」
アルも兄を追い掛けて走っていく。
二人が駅の方へ走っていく後ろ姿を、男はしばらく見送っていた。
「…強い子供達だ。
…だが…また、近いうちに会う事になるだろうが…な。」
強い風が男を凪いだ。
マントのフードが吹き飛ばされ、男の顔が日の光にさらされる。
男の目元には紋様があった。
六芒星を囲む、尾を噛む無限の蛇。
ウロボロスの紋様が。
クリムゾン†レーキ2へ
続く
冷たい風が大地をなでれば、遠き山に雪がまう。
季節は巡り、冬がくる。
アメストリスに冬がくる。
赤い紅い冬がくる……
★☆☆☆
山間の淋しい街のメインストリートを、二人の人物が歩いてゆく。
メインストリートといっても閑散としていて、店はみんなシャッターが閉まってばかりだ。
石畳を靴が撫でる音が、逆に静けさを強調した。
二人組の一人が擦り切れたトランクを持っていることからして、その二人は旅人だと知れた。
「もし、そこの方々、…ちょっとよろしいか?」
通りかかった薄暗い路地から、ふいに声がわいた。
見渡しても、道に自分達の他には、人影はない。
となれば、声は自分達を呼び止めるために発せられたものらしい。
旅人達は足を止めて振り向く。
「そこの方々ってんのは俺達の事か?」
胡散臭いと警戒心丸出しで振り向いたのは、赤いコートの金髪の少年、エドワード・エルリックだ。
「そう…だ。」
また、声がして、存在を気にしていても忘れてしまうような路地から、一つの影が現れた。
いや、影ではなく、真っ黒なマントを頭からかぶった男だ。
マントで隠された表情は窺い知る事ができない。
「おじさん、僕達になにか?」
エドワードの隣を歩いていた大きな鎧、アルフォンス・エルリックが、小首を傾げた。
「私は、近い未来を予見する星占術師。
運命の糸を手繰る者だ。
数奇な運命を携えた人の子に助言を与えたい」
男の言葉にエドは深いため息をついた。
「おっさん。
占い師か?
金が欲しいのはわかるけど、いきなり声かけて『自分は未来が見える』なんて流行らないぜ。
未来なんか最新の錬金術でも見通す事はできない、いい加減な事言ってはぐらかして金巻き上げるつもりだろ。」
エドが鋭い目線を向けても、星占術師と名乗った男は揺るがない。
「金などいらぬ。
ただ、…なんと重い運命を背負う人の子かと、つい声をかけただけだ。
私の助言など無用であれば、そのまま立ち去るがいい」
男が言い切る。
「……ふぅん、おもしろいじゃねーか。」
「に、兄さん!」
兄の気持ちが変わったのを見て、アルが声をかけた。
「大丈夫だよ。
こんなので俺達の未来なんか見られるわけがない。
でも、天気予報ぐらいの参考に聞いても、損じゃねーだろ。タダだし。」
「もぉ~」
(大佐にもやっかい事に首を突っ込むなって言われてるのに…)
アルは飽きれたように鎧を揺らした。
「なんか言ったか?アル。」
「ううん、なんでも。」
エドは男に向き直り、ニヤリと笑った。
「そんで?
おっさん、なんなんだよ。
俺達の未来ってのは」
男は頷くと、ゆっくりと口を開いた。
「うむ、オヌシ達の未来…
これから、そう遠くない時期に、オヌシ達と近しい男が…
……父が…死ぬであろう。」
一瞬の静寂。そして…
「やりぃっ!」
「え、お父さんってまだ生きてたんですか!?」
エドのガッツポーズとアルの驚愕の声がハモった。
「…………。」
男は二人の普通とはちょっと外れたコメントに黙ってしまった。
一方、そんな男をほったらかし、エドとアルはどちらかと言うと喜んでいる。
「今まで生きてたのが驚きだが、そーかそーか、うん、いいこと聞いた!
やっとあいつに天罰がくだるんだな!」
「本当に生きてたのかー。
僕なんか微塵も覚えてないから、はなっからいなかったみたいなもんだし。
あ、でもお母さんのお墓に謝らせてからの方がいいんじゃない?」
「あっ!そうだよな!
それから右ストレート決めてやらないと気がすまねぇしっ!
死ぬのはそれからじゃねーと許さねぇ!
おい!おっさん!」
いきなりエドは振り向き、占い師の男に詰め寄る。
「あいつがー…
遺伝子学上の親の男の方は、死ぬのってどんぐらい先の話だ?」
「ぬぅ、そうだな、長くて三ヶ月以内だろう。」
「三ヶ月か…
権力ふるってぎりぎりだな、早く探さねーと。
大佐にも手伝ってもらえねーかな。」
顎に手をあててエドは考えこむ。
「こーゆー時こそ、権力使わねーとな!」
「兄さん悪だねー」
闘志を燃やしだしたエドにアルが呆れぎみに突っ込んだ。
「こっちの地方は空振りだったし、そうときまればとっとと東方司令部に戻って協力要請ださなきゃな!
ついでに大佐にレポート提出してやるか。」
エドは懐から硬貨を一枚とりだすと、呆れたように立ち尽くしていた男に指で弾いて投げ渡した。
「おっさんありがとよ!
いいニュースだったぜ!
そいつはとっとけ、等価交換だ!
もう会うこともないだろーけど元気でなー!
アル!いくぞ!駅まで競争だ!」
エドは、立ち尽くしたままの男に礼を言って、アルを置いて走りだした。
「あーっ!ずるいよ兄さん!」
アルも兄を追い掛けて走っていく。
二人が駅の方へ走っていく後ろ姿を、男はしばらく見送っていた。
「…強い子供達だ。
…だが…また、近いうちに会う事になるだろうが…な。」
強い風が男を凪いだ。
マントのフードが吹き飛ばされ、男の顔が日の光にさらされる。
男の目元には紋様があった。
六芒星を囲む、尾を噛む無限の蛇。
ウロボロスの紋様が。
クリムゾン†レーキ2へ
続く