黒の聖域
エドワードは両手を胸の前で合わせ、気持ちを落ち着かせる様に目を閉じていた。
俺は、アルの所に帰るんだ…!
エドワードの頭の中を莫大な錬成式と構築式が駆け巡る。
いつか見た真理の門へ道をつくるために。
準備は整った!
各機器のスイッチが入り、一気にメーターが最大値を示す。大きな戦艦の装甲がビリビリと振るえ、静電気が爆ぜる。
「作戦開始!」
宣言と共に、ハンドルが下ろされる。
エドワードも目を見開き、磁場発生機に触れる。
辺りに満ち満ちたエネルギーの歪みが目に見えた…
そして
アメストリス領土のその小さな島で、実験用極秘戦艦は緑色の霧に包まれ、妖しく光り輝き、そしてー…
水上から姿を消した。
★★
「開きやがれ!
俺達が本来あるべき場所へ、戦争真っ只中の俺達の聖域へ、道を開けろ!」
エドワードは夢中で叫んでいた。
時空と次元を越えて。
白い空間を黒い船が通り過ぎる。
一瞬で永遠の時が流れ、肉体と魂と精神が再び一つになる。
叫んだ言葉は虚空に溶けて、体に重さを感じた。
気付けば、エドワードは、床に仰向けに倒れていた。
波の音がする。
風が板の間を通り抜ける音がする。
ここはどこだ?
アメリカに帰って来たのか?
エドワードは身を起こした。
そして目にしたのは…
地獄絵図だった。
波の音ではなかった。風の音ではなかった。
「なんだ、なんなんだこれはぁっ!!」
エドワードが叫ぶ。
アメリカ戦艦エルドリッジは、アメリカのフィラデルフィアに帰ってきていた。
最悪の形で…
★★★
1943年8月12日
フィラデルフィア海軍工廠
レインボー・プロジェクトフィラデルフィア実験報告書
注・軍事最重要機密文書
…帰還したエルドリッジは、乗組員の何人かが船体と体が融合したり、完全にくっついた状態になっていた。
それ以外では、精神に異常をきたすもの、人体発火、体の一部を消失させたもの多数。
ただし、鋼鉄の隔壁に守られていた機械室の研究員への影響は少なかった。
死者16名、乗員の大半が精神異常。
この事実を踏まえ、実験の継続の断念するとともに、全て軍事最重要機密文書として封印する。
★★★
アメストリス国
セントラル・大元帥府
「サラ。
今日はお前に会わせたい人がいるんだ。」
怪我もだいぶ良くなったロイが、大元帥府の廊下をサラと一緒に歩いている。
「私に?」
「ああ。
会ってくれるかい?」
「もちろん。」
サラの返事に、ロイはホッとした表情をした。
やがて二人は一枚の扉にたどりついた。
「この部屋だ。」
ロイが扉を開く。
「サラ、お前のお母さんだ」
部屋には一人の女性が立っていた。優しく名前を呼ばれる。
「…サラ…」
サラは、緊張の面持ちで佇むリザに飛び付いた。
★★★
「兄さん!大丈夫だったの!?」
エドワードの病室に、アルフォンスが走り込んできた。
エドワードは病室のベッドでくたびれていた。
「あー大丈夫、大丈夫。
最後に気色悪いもん見ちまったけどなー。」
げっそりしながらエドワードは飛び込んできた弟に目をやった。
「でもまるきり無駄でもなかったぜ。
いいこともだいぶ仕入れてきたからな。」
「なにがあったのさ。
報告には何も覚えてないって書いてあったけど。」
アルフォンスは興味津々でエドワードに屈み込んだ。
「ああ、行き先は俺達のシャンバラだったんだ。」
エドワードはアルフォンスを見据えて言った。
「!
じゃあ、アメストリスだったの!?」
「そうだ。南部の前線に出ちまってな。
向こうでちょいとドンパチやってきちまった。
大分向こうも変わってたぜ。政治は民主政になってたしな。
ハボック少尉とか大佐にも会ってきたぜ。
二人とも子持ちになっててよぉ。」
「えぇ!
後で詳しく聞かせてよ!」
びっくりしたアルフォンスは素っ頓狂な声をだして驚いてみせた。
だがエドワードは真面目な顔をしてアルフォンスにつめよった。
「向こうの技術もこっちの技術も、交わるとろくな事にはならないっつー事がよくわかった。
でも、今の俺達が必要としている解決策がわかったんだ。」
アルフォンスは兄の次の言葉を、わくわくしながら待った。
「核は…ウラニウムは、
アメストリスなら錬成して無力にしちまえる。
それにいざとなったら真理の無限の空間で爆発させちまえばいい。
戦争で使われる前にな。」
アルフォンスは、ぱっと表情を明るくした。
「そうか!
確かにこっちじゃ無理でも、錬金術なら分解できるんだ!
ならハスキソンのあれも…」
エドワードも力強く頷いて、
「あるべき場所に帰せばどうにでもなるんだ。
核反応の知識は大佐が知ってるしな。」
エドワードとアルフォンスは、己を取り巻く暗黒の時代に一筋の光を見た気がした。
「アル。やるぞ!
こっちの世界でもケリをつけなきゃならんからな!」
「もちろんだよ兄さん。
世界に無関係ではいられないからね。」
人の死に満ちた、この世界でも
希望の光は、足元を照らす
例えその光が弱くとも
道は続き、足は大地を踏み締める。
どんなに離れようと、世界は黒い聖域
穿かない夢の命の器。
「気合いいれていくぞ!
アル!!」
「腕が鳴るね!兄さん!」
兄弟は腕を交錯させて笑った。
時は、国と国とで命を削り合う、無情で愚かな世界の戦の頃合い
そうそれは遠い昔、
いつかの 空の下で…
黒い聖域 完