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黒の聖域

戦勝祝いの打ち上げは、湖畔のアメストリスの軍港で、それは賑やかに行われた。
負傷者の手当てもすみ、アメストリス軍とアメリカ軍が肩を組んで料理や酒、音楽に酔いしれていた。
エドワードはあらかたの料理を網羅すると、酒を片手に湖を眺めていた。
そこへ…
「エドおじちゃん?」
「あぁ、サラか。…なんだ?」
やって来たのはサラだった。
「お父さんの所に行ってきたんでしょう?
…どうだった?」
心配そうなサラの頭を、エドワードは、くしゃりとなでた。
「ん、けっこう元気そうだったよ。
サラに会いたがってた。」
「そう…。」
サラはそういって俯いてしまった。
「どうしたんだサラ。
お父ーさんが元気じゃいやだったか?」

エドワードの言葉にサラは慌てて首をふる。
「違うの!
ただ、私は…。
お父さんがまた忙しくなって会えなくなっちゃうと思って…。」
エドワードはサラに目線を合わせるためにしゃがみこんだ。
「大丈夫。
これからは会える時間や遊ぶ時間が増えると思うよ。

家族なんだから。」

「…家族…」

割れた茶碗もいつかは直る。…あいつ…ホーエンハイムと俺の様に。
エドワードはサラに笑いかけた。「大丈夫さ!
きっと今まで以上に幸せになるよ。
俺の予言だ。」

家族三人で…
きっとうまくいく。あの二人なんだから。

エドワードはなぜか確信があった。

「へー、なかなかいいおじちゃんしてるじゃない。」

サラを見ていたエドの後ろから、懐かしい声が聞こえた。
エドはその声の主に思い当たり、驚いて振り向いた。

「ヤッホー、エド、元気?」
「ウィンリー!なんでここに!」

そこにいたのは遥か昔の幼なじみ、ウィンリー・ロックベルだった。

「なんでって、あ、の、ひ、とを東で見てた主治医って私なんだからね。
目が覚めたあの方がいきなり遠出するって言うから、くっついてきたのよ。」

腰に手をあてて得意そうにウィンリーは胸をはる。

「そうかぁ、立派に医者してんだなぁ」

「あったりまえでしょう?
それよりも、話に聞くとエドったらかなり乱暴に私の最高傑作扱ってるんですってぇ?」

「え゛っ!誰だ、そんなこと伝えたの!
嘘っぱちだ!」

「みんな言ってたわよ!
さぁぁぁあて、見せて貰おうじやないのぉっ!
嘘っぱちかどーか、一発でわかるんだから!」

「サラ!逃げぞ!」

エドはサラを抱き上げ、全力疾走で逃げだした。

「こらーっ!待てエドーっ」

ウィンリーは巨大スパナを振り上げ追い掛ける。

宴会にまた笑いが沸いた。

★★★


「無茶だ!」

夜遅く、エドワードは久しぶりにアメリカ軍艦に戻って来た。だがゆっくりすることは許されず、すぐにウォーターガーデン艦長に呼び出された。
で、用件を聞いて漏らした言葉が上記のアレである。
「確かなのか!?」
ウォーターガーデン艦長は鷹揚に頷くと、はっきりと断言した。
「時間が進むのが早くなっている。チャート研究員によると明日の朝にはアメリカへ帰れるとのことだ。
船体の損傷はできるかぎりの手を尽くした。
問題はない。」
エドワードは机を思いきり叩いた。
「問題?
あるさ!真理の門を抜けなくちゃならないんだぞ!
今のままでは、ばらばらになる!
錬金術じゃ直せないんだぞ!(真理と近くなるので持っていかれやすくなるから)」
「しかし、君がなんと言おうとこの船の時間は戻りつつある。
君も帰還の準備をするように。」
「…!」
エドワードは何も言えなくなってしまった。

ーこうなるだろうとは、解っていたんだ。
大佐の大錬成に何かしら影響を受けるだろうって…。

アレはサラが渡してくれるだろう…。

「…今更だ。
もう、思い残す事なんてないからな。」
エドワードはつぶやくとウォーターガーデンに一礼してから退室した。
自室には向かわず、桟橋を渡ってアメストリスの無線室に歩いていく。
アメストリスの兵士にハボックに繋げる様に頼んだ。

今だに対応に追われていたのか、ハボックに以外とすぐに繋がる。
『もしもし?大将か?』
「あ、ハボック少尉聞こえる?」
『感度良好。
どうしたんだ?何かあったのか?』
訝しがると言うよりも、心配そうなハボックに、エドワードはなんでもないように話す。
「実は、俺達の船がアメリカに帰るのが速まるみたいなんだ。
明日の朝だ。」
『明日の朝!?
いきなりだなー…。
ま、しかたないやな。閣下に伝えとくよ。』
「うん。頼む。
…俺、もう帰って来れないだろうからさ。
大佐によろしく言っといて。」
『…わかった。
例え二度と帰って来れないかもしれなくても、それでも、アメストリスは大将とアルの故郷さ。
俺達がいるかぎり、いつも帰ってきて、いられる場所、作って待ってるからよ。
大将もアルも、安心して行って来い。』
「………ありがとう。
ハボック少尉。」
『何時ぐらいになるか解ったら連絡くれ。
見送りは無理かもしれないけどな。』
「はは、どうしようかなぁ。
下手に教えたら大佐がしゃしゃり出てきちまいそうだからなぁ。」
『あー…。
はは、ちげぇねぇや。』
エドワードとハボックは笑いあって、電話を切った。
これ以降、エドワードからの連絡はアメストリス側に、二度と入る事はなかった…。

★★★

エドワードがハボックと話していた頃。
アメリカ戦艦では変化が起き始めていた。
発電機と磁場発生機出力が、少しづつではあるが上がり始めたのである。

そしてエドワードが帰って来た頃には、研究員達が右往左往していた。

「何があったんだ!?」

エドワードは近くの部下を捕まえて問い質した。
「それが、磁場発生機が暴走をはじめたんです!我々では、もうどうしようもありません!」
その研究員は半泣きになりながら叫んだ。
エドワードも眉間に皺を寄せる。
「っ!
…わかった。
何があってもいいように乗組員には実験体制でいるように通達しろ!」
言いながらエドワードは通路を歩き始めていた。
目指す先は、主力磁場発生機であった。


「チャート研究員!」
「エルリック研究長!よかった!
もう我々では…!」
鋼鉄の板で囲われた一際頑丈な船室に、主力磁場発生機は鎮座していた。
そのまわりではエドワードの部下たちがどうにか暴走を食い止めようと躍起になっている。
「今どうなってる!?」
エドワードが上着を放り投げ、白衣に袖を通しながらチャートに問う。
「時間の回復に比例して出力が上がっています!
このままでは臨界を突破してしまいます!」
チャートも汗をかきながら必死で操作している。が、それも焼け石に水であった。
エドワードがチャートの脇から機械の様子を見た。
エドワードの中の何かが、激しい警鐘を鳴らす!

ーこれはマズイ…!

エドワードは艦内放送用の受話器に手を伸ばす。
「総員直ちに実験体制をとれ!!
この船で生きてアメリカに帰りたかったらな!!」
エドワードの怒鳴り声が船の中を駆け巡る!
一瞬にして辺りは騒然となった。
『どういう事だねエルリック研究長!』
ウォーターガーデン艦長の声が受話器の向こうから飛んできた。
エドワードは構わずに怒鳴る。
「この船に明日の朝までなんて時間はない!
今、時空を越えないと一生帰れ無くなるぞ!
磁場発生機が臨界まじかなんだ!」
流石のウォーターガーデン艦長も驚き、総員に実験体制になるように通達した。
「チャート研究員!
直ちに実験準備!
この出力装置で帰るなら今しかない!」
「アイアイサー!」
エドワードの部下達も所定の位置に付いて、計器のチェックを始める。
「この船は、あと5分後に転移する!
総員は実験体制で衝撃に備えよ!
繰り返す!あと5分後に転移させる!生きて帰りたいなら覚悟を決めろ!!」
エドワードの忠告ならぬ脅迫紛いの放送が、アメリカ戦艦を締め上げる。

ーアル、俺帰れるかな…!

「やるしかねぇんけどな!」
エドワードも覚悟を決めて、胸の前で両手を合わせた。

先ほどウィンリィに整備してもらったばかりなので、滑らかに稼動する。

アメリカの科学力とアメストリスの錬金術の力。掛け合わせて、この船、門を…越えさせてやる!

ラストミステリー25!
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