黒の聖域
「なにやってんだ!うちの船はぁ!」
エドワードはミラージュのブリッジから身を乗り出して、苦戦を強いられているアメリカ軍艦を詰った。
「腐っても最新式なんだから、さっさと沈めちまえばいいのに!」
「エド、オペレーターが困ってるから、こっちきて静かにしてろ。」
強化ガラスにへばり付くエドワードに、ラッセルがため息混じりに呟いた。
「でもよ!」
「でも、も糞もあるか。
それだけ、相手が手強いって事だろ。」
ラッセルの冷静な物言いに、(作者も年齢を考慮しわすれている)エドワードが、ぐっと言葉を詰まらせる。
★★★
「ハボック!
戦況はどうなっている!?」
いきなりドアを派手に開いてバジリコックのブリッジに侵入してきたロイは、頭を抱えている部下に声をかけた。
そんなロイに、ハボックはほぼ泣きながらロイに向かって悲痛な文句を叫んでしまった。
「貴方っつー方は、倒れたってぇのに静かに寝てもいられんのですか!?
小学生でもできますよ!?」
「はっはっは!
私としてもヌクヌクとしていたかったのだがね?
いかんせん、私の怖くて優秀な副官に怒られてしまったからには、オチオチ寝てもいられんのだよ。」
仁王立ちで言い放つロイの陰から、リザが姿をあらわす。
「大丈夫よ。
ハボック将軍。いきましょう。」
リザにまで言われてしまっては、ハボックでは言い返す事はできなかった。
覚悟を決めたハボックはやけっぱちに叫ぶ。
「そーっすね!
そろそろ終わりにしましょうや!!」
★★★
アメリカ軍艦は、アエルゴ空母とほぼ平行になって航行していた。
違いに装甲を削りながら、しかし決定打は今だ与える事ができずにいる。
そこへ、エドワードとラッセルがのりこんでいる戦艦ミラージュが、大外回りでアエルゴ空母の背後から接近していた。
一方、軍艦バジリコックは速度を上げながら、アエルゴ空母の斜め前から接近していて、挟み撃ちを狙ってきている。
アメストリス艦隊も、湖畔を守るように展開していた。
戦艦ミラージュが、アエルゴ空母に標準を定める!
★★★
だ ぐがぉんっ!
ミラージュの援護射撃がアエルゴ空母の船体を揺らした。
勿論、エドワードが錬成した砲撃によるものだ。
当たった所からは煙りが立ち上がり、空母が軋んだ。
「いよっしゃ!命中!!」
ガッツポーズのエドワードは、さらに一撃お見舞いしようと次弾を錬成する。
その瞬間、アエルゴ空母の反撃がミラージュを震わせた。
特大口径の砲弾が、ミラージュの装甲に突き刺さったのだ。
しかし、それは不発だったようで爆発することはなく沈黙したままてあった。
「鼬の最後っ屁だ!
怯むな!」
ラッセルに誘発され、ブリッジも活気づく。
「格の違いを見せてやれ!」
★★★
煙りをあげて軋むアエルゴ空母をバジリコックのブリッジから目視で確認したロイは、悔しそうに顔を歪めた。
「先を越されたか。
鋼のだな?」
椅子で踏ん反り返るロイに、アームストロングが声をかける。
「お体には障りませんか?」
「相変わらずの心配性だな。死にはせんよ。安心したまえ。」
笑いながらロイは、発火布を嵌めた。
「ハボック!
このままのスピードで突っ込めるな?
ミラージュに信号弾をあげろ。
アームストロング議員が、砲撃を加えるから、それに合わせて援護せよ、と!
足止めができれば後は私が燃やしつくす!
一気に畳み込むぞ!」
★★★
ロイの指示によってバジリコックから打ち上げられた信号弾は、なにもない虚空に煙りをたなびかせながら数色の光を炸裂させた。
「なんだ!?」
「バジリコックからの信号弾だ!」
頓狂な声を上げるエドワードの隣にラッセルが駆け付けてきた。
「…アームストロング議員が攻撃する。援護要請。
離脱は速やかに。
だそうだ。」
「じゃあ、バジリコックがアクションしたらこっちもなんか攻撃すればいいんだな?
よし、無線貸してくれ!
アメリカ軍艦に連絡する!」
言うが早いかエドワードは無線係から無線機を奪い取る。
周波数を合わせると、エドワードは応対を待たずに話し出した。
「こちらエドワード・エルリック研究長!戦艦ミラージュから報告!
敵空母をスキをつくってくれ!
こちらとバジリコックが攻撃する!派手になりそうだから離脱は速やかに!以上!」
エドワードは、一気にまくし立てると一方的に無線を切った。
「これでよし!」
「何がこれでよしだぁぁぁあっ!」
エドワードの横っ面をラッセルの鉄拳が捕らえた!
「何すんだよっ!」
講義するエドワードにラッセルは容赦ない視線をぶつける。
「てっめぇ!今、タイミングの確認したか!?」
「あ」
ぼばしゃぁーんっ!
アエルゴ空母の目の前で派手な水柱が上がったのは、まさにその瞬間だった。
★★★
目の前で派手に水柱を上げられたアエルゴ空母は、面食って浮足立っていた。
アームストロングは、バジリコックのヘサキにすっくと仁王立つ。
手に嵌めた鉄甲が、ギラリと輝く!
「我がアームストロング家に代々受け継がれし、華麗なる芸術的錬・成・法!
今、ここにその真髄、見せてやろうぞ!!」
豪快に服を脱ぎ捨て、美々しい筋肉を隆起させ、アームストロングの鉄拳が唸りを上げた!
その拳は先に用意されていた砲弾に炸裂し、眩しい程の錬成光をあげながら、アメリカ軍艦に向かって吹っ飛んでいく。
アエルゴ空母に届く直前、錬成光が途切れ見えた姿は、まるでユリシーズ(トンネル掘削ドリル)のブレードのようになっていた。
それが見事にアエルゴ空母をほぼ正面からえぐった!
ギョリギョリギョ゙リっ!!
アームストロングは満足そうにポーズを決める!
「ふぬぁっ!
みたか我が力を!」
特 盛っっ!←効果音
勿論背景は点描薔薇!
★★★
一方、そんな派手な錬成を見せられたエドワードが黙っているはずがなかった。
「なら、俺も一丁決めてやるぜっ!!」
甲板で仁王立ちになったエドワードは、両手を胸の前で合わせ、シディウス戦で余っていた材料に触れた。
それは激しい錬成光を上げ、あっという間に、巨大なロケットランチャーを形作った。
「吹っ飛べ!」
エドワードが狙いを定めて打ち出した!
っごぉんっ!
鈍い轟音を轟かせ、アームストロングが撃ち抜いた所の反対に着弾し火炎を吹く。
「よし!的中!
ラッセル!撤退しろ!」
「了解っ!」
★★★
アメリカ軍艦とミラージュは、一撃決めた後はすぐに撤退した。
だからロイの目の前には、今にも沈みそうなアエルゴ空母しか残されていなかった。
ロイの横にはリザが後ろにはアームストロングが、体を支えていた。
「いろいろと、世話を焼かせてくれたが、これで終いにしよう。
ー滅べ…」
耳鳴りのような断続的で、甲高い音が空間を支配した。
空母を取り巻くように、空間が歪み、水の上に半球を作り出す。
透明な何かに空母と軍艦の間が完全に隔てられると、ロイは両手を広げて掲げた。
「さて。
上手くいくかな…?」
軽く笑ってロイは、拳を握ると、微かな錬成光が一瞬跳ねた。
その光は空間を隔てた壁を越え、空母に到達した。
一瞬瞬く。
そして、光がアエルゴ空母を引き裂いた!
白い烈光が半球をうめつくし、空母はのまれ、陰も過ぎらない。
凄まじい光りの嵐が、荒れ狂っているが、何かに隔てられたバジリコック側には、漣ひとつ立たない。
「ぐぅっ」
ロイが辛そうに呻く。
★★★
「なんだありゃ!」
エドワードはミラージュの甲板の縁で、身を乗り出してロイの錬成を目撃していた。
「…あれは…!」
エドワードは、さっと血の気が引いた。
「あれは、アルが追ってる‘核反応’じゃねぇか…!」
アルフォンスが、アメリカとドイツを行き来してまで追っている、無差別大量破壊兵器の根本がこんなにも身近に存在していたのだ。
しかも今、ロイがたった一人で、数万の命を預かっていることになる。
「リバウンドで死ぬ気か大佐!」
★★★
光が薄れ、球の回りを激しい錬成光が走り回り、やがて球も消えた。
ロイはがっくりと膝をつき、肩で荒い息をついた。
球が消え去った後は、何も残されていなかった。
「もうこんな錬成、一生やりたくないな。」
疲れた声でロイは笑い、気を失った。
「あなた!」「閣下!」
リザとアームストロングの声。
ロイは深い眠りの淵に落ちていった…。
まだ先は長い23につづく