黒の聖域
ロイは、早く帰りたかった。
サラとリザと己が、静かに暮らせる事が、長年の夢だった。
「なかなか上手くはいかないものだな。アームストロング議員。」
ロイは、自分の横に立つ見知った顔に言った。
「きっと、上手くいきますとも。」
アームストロングの言葉に、ロイも力強く頷いた。
「そうとも。
勝つのは、我々だ!!」
っどんどんどんっ
断続的に火炎が戦闘機を襲い、機体を大きく傾ける。
そこにバジリコックの掃射が加わり、弾幕が視界を遮った。戦闘機は不利とみると弾幕を擦り抜け、高度を落とした。
「議員!」
「お任せ、をぉおっ!」
アームストロング議員が打ち出した弾丸は、高度を落としていた戦闘機の翼を撃ち抜いた!
◇◇◇
「ぐぁぁあっ!?」
ブレーカーは絶望に満ちた悲鳴をあげて、撃ち抜かれた翼を見た。
翼は根本近くまでへし折れ、機体もギシギシと悲鳴をあげていた。
「なんでだ!
これぐらいじゃあ、この機翼艦は沈まないはず!」
ブレーカーは言って、はっとした。
「あの捕虜かっ!
あいつ、腹いせに強度落としやがったな!!」
ブレーカーは言葉も通じないあの外人捕虜を思いだし、悔しさに奥歯を噛み締めた。
「くそったれっ!!」
★★★
ロイは腕を伸ばし、ひたりと戦闘機を睨みつけた。
その腕は、傷つき、軋む。
「まったく、手間をかけさせてくれたな。
消し炭も残さぬ。滅べ!」
ロイの発火布が、空気中に乾いた音を立てる。
火花が昇華するように真っ直ぐに、戦闘機へ駆け上がる。
一瞬の間。そして
っごっ
刹那の爆発!
火炎が戦闘機を飲み込む。
ぐらり、と戦闘機が傾いた。
「まだまだ!」
ロイが甲板に手を付いた。
「皆、衝撃に備えよ!」
ロイの警告に、回りが慌てて何かしらにしがみつく。
ロイの手から錬成光が弾けた。
すると戦闘機の真下の湖面に、ちょうど機体分程の火炎宝珠の錬成陣が浮かび上がった。
錬成陣は紅く輝き、あっと言う間もなく、水蒸気爆発を引き起こした。
真上に噴き上がった蒸気と水は、ブレーカーの戦闘機をいともたやすく粉々に破壊し、そのまま湖の中に引きずり込んでしまった。
衝撃のせいで波に煽られたが、なんとか持ちこたえた艦艇は、バジリコックの熱い声援を受けた。
だがロイは余韻に浸ることなく、声を張り上げた。
「浮かれている場合ではない。まだ敵はおるのだからな!」
★★★
戦艦ミラージュは小回りのきく船体を生かして、シディウスの戦闘機に狙いを定めるべく奮闘していた。
しかし、空中を自在に飛ぶ戦闘機に翻弄されていて、全く歯が立っていない。
「くそっ
ちょこまかと!」
ラッセルは飛び回る戦闘機に、悪態をついた。
「残るはあれだけだ!
撃ち落とせるか!?」
ラッセルは射撃方に問うが、難しいのは解りきっている。
「くっ」
『焦るなラッセル!
相手は一機だ。
ハボック将軍の方は片が付いたみたいだからな。チャンスは絶対ある!』
ラッセルの耳に装着された無線が、エドワードの声を受信した。
『しかも、耳元で叫ぶな!』
「すまん。
ついな…。」
ラッセルが申し訳なさそうに、返答する。
『まぁ、大丈夫だって!
所でラッセル!イヤホン渡された時に、渡したやつ。行けるか?』
「やってみるつもりだ。今準備させている。」
ラッセルは打って変わって自信満々に言い放つ。
『かましてくれよ!』
「おう!」
★★★
ごっだばしゃぁぁっっ
アメリカ軍艦から発射された砲撃は、アエルゴの空母の手前の湖面に水柱を上げた。
「次弾、発射ぁあっ!」
ウォーターガーデンの号令で、また主砲が唸り、今度こそ狙い違わず空母に飛弾した!
「ふはははっ!
我が国の力、思い知るがいい!」
だが、ウォーターガーデンの高笑いもここまでだった。
なんとアエルゴからの砲撃が、アメリカ軍艦に着弾したのだ。鋭い光が船体を刺し、鈍い揺れが船体を軋ませる。
「何!?」
「右舷破損!大きな破損ではありませんが、確実に船には到達する以上の飛距離を持っている事を確認!」
ブリッジを揺るがす報告に、ウォーターガーデンは臍を噛む。
「ぬぁぁっ!徹底抗戦だ!
次弾掃射!」
★★★
軍艦バジリコックは、派手に白波を蹴立てながら戦艦ミラージュとシディウスの戦闘機に接近中だった。
しかし、その艦内では一騒動起きていた。
無理が祟ってロイが倒れたのだ。
大事には至らなかったが、ロイは硬いベッドから動けなくなっていた。
「後はなんとかしますから、寝てて下さい!」
と、ハボックに泣き付かれては流石にロイも無理には動けない。
「ぬう、不覚。」
ロイは苦虫をかみつぶしたような顔で、天井を見上げた。「こんな姿は、サラには見せられんなぁ。」
ぼやきながらも、ロイの頭の中では次の作戦が組み立てられる。
ー考えにて何になる…?
心のどこかで、何かが呟く。それは、リザを救えなかった時から、絶えず囁かれていた。
ー考えて何になる。お前がどんな事を企んでも、愛しいものは救えはしないではないかー
「私は、思考を止める気はない。
生きる事を諦めない。
常に私は私たる生き方の誇りを失わない!」
低く己の為に呟く。
返答を求める言葉ではなかった。
「貴方らしいお言葉ですね」
が、返事は返ってきた。
いるはずのない声でー…
◇◇◇
「虚仮にしやがって[D:63894]
あの[D:63682]だけでも、沈めてやる[D:63894][D:63894]」
シディウスは機体を傾け、湖面を進むミラージュに、肉薄した。「くらえ[D:63911]」
がどどどっ
シディウスの機関銃が、ミラージュの甲板を統べる。
すると、擦れ違ったミラージュから、煙りが上がった。
「ははははっ[DX:E72A]
沈め沈めぇ[D:63682][DX:E73F]」
シディウスが笑いながら、操縦桿を倒す。
「僕、一人で死ぬものかぁっあっはっは[D:63683]」
ふわりっと、風に乗ってシディウスの戦闘機は湖面スレスレを飛びはじめる。
「どうせデータはもうあるんだ[D:63903]
特攻したってかまうまい[D:63912]ざまぁ見ろぉ[D:63898]」
シディウスは笑いながらミラージュの目の前に迫っていた。
★★★
『おおいっ!ラッセル!
前、前ぇ!』
「慌てるな!任せろ!」
耳元で慌てたエドワードの声に、ラッセルは自信を持って答えた。
「あっちのチャンスは、こっちもチャンス!
エドワードもいいか!?」
『任せろっ!』
ラッセルはエドワードの答えを聞いて、ブリッジに号令をかけた。
戦闘機は目の前に迫っていた!
そこに、どこからかの砲撃で戦闘機とミラージュの間に突如水柱が上がる!
戦闘機がブレた。
そのスキをラッセルは見逃さなかった。
「グリーンウォール発射!」
◇◇◇
ミラージュを睨み据えていたシディウスの視界を、緑色の網が一瞬にして奪った。
「[D:63816][D:63912]」
それは植物の絡み合った蔓だった。
「こんなものっ[D:63906][D:63894][D:63905]」
シディウスが舌打ちをして、進路を変えようとした瞬間
爆発音が機体を揺らす!
確認の為に走らせた視線を横切る塊。
「あぁっ[D:63913]」
機体の尾翼がへし折れて、シディウスの目の前を横切ったのだ!
そうすると戦闘機はもう、操縦は不可能である。
「あぁぁあぁあっっ[D:63891][D:63891][DX:E737]」シディウスが喚き散らしながら目を見開く。
その目に写ったのはー…
★★★
『エドぉーっ!
かませぇーっ!!』
「おうよっ!!!」
エドワードが錬成した対空砲は、錬成光を撒き散らしながら船首に突如現れた!
「くらっとけやぁーっ!!!!」
エドワードが発射した砲撃が空を切り裂く!
ごぐぁしゃぁぁぁんっっ
そして遂に、真っ向からシディウスの戦闘機を撃ち抜いた のだった!
★★★
ーわ、あ、あ、あ、あ!
ミラージュの決死の攻撃で戦闘機が沈んだ瞬間、軍艦バジリコックの船体が兵の歓声で揺れた。
しかし、ロイは目の前にある奇跡のせいで、ミラージュの事やら自分の身分やら、ころっと忘れてしまっていた。
「 …リザ…っ 」
「はい。
只今戻りました。」
ロイは、救護室の入口に立つ女性をマジマジと見つめてしまった。
いつ目覚めるとも知れなかったリザが、今、ここにいる。
その事実が夢のようにロイを捕らえていたからだった
「なぜ、君が、ここに、おるんだね…?」
ロイが、声を絞り出す。
リザは、笑い返してこう言った。
「それは、私が貴方の副官だからです。」
「…副官、かね」
ははっと、笑ってロイはリザに微笑む。
しかし、リザはきっぱりとした顔つきでロイを睨んだ。
「はい。
おサボりになられている悪い上司を見に参った副官です。」
「そうか。たしかにな。」
ロイは諦めたように、軽いため息をつく。
「…よく帰って来てくれた」
「何をいまさら」
相変わらずの切り返しもロイには嬉しい事の一つだった。
「では、サボっていた仕事を片付けてしまおうか。」
「お願いします」
★★★
「なぁぜだぁっ!
わがアメリカ合衆国が誇る最新鋭の軍艦がっ!
なぜにあのよーなみすぼらしい船一隻沈められんのだ!?」
ウォーターガーデンはアメリカ軍艦のブリッジで頭を抱えていた。
アメリカの主砲はアエルゴ空母より威力は勝っているのだが、飛距離が伸びない。
逆に、アエルゴ空母の主砲は飛距離は伸びるが威力が弱く、なかなか決定打が与えられなかった。
結果、お互いいじらしく様子を伺いながら、撃ち合うしかなかったのだ。
しかし、それでも弾が当たればダメージが蓄積されていく。押されているのはアメリカ軍艦だった。
「くぬぅ~!
残るはあの空母だけだというにぃっ!」
ウォーターガーデンは、ただただ空母をにらみつけているしかなかった。
22へメタモルフォーゼ★