黒の聖域
真夏の太陽が、今年、35歳になるエドワード・エルリックの金髪を照らしだした。
「全く、この辺は暑くていけねぇなぁ」と、額を拭いながらため息をつく。
今、彼がいるのはアメリカ合衆国のフロリダ、フィアデルフィアだった。今日は極秘作戦が決行されるXデーで、彼はそれに乗り込む為にここまで遥々やってきたのだ。
海軍基地の波止場には、軍人やら科学者やらが慌ただしく動き廻っていた。前方には海軍の戦艦が一そう停泊している。
実験用極秘戦艦だ。
今回の実験は、全長200㍍ある戦艦を搭乗員ごと異空間へ飛ばす、というものだった。行き先は四次元の世界だ。
エドワードは技術者の一人として、それに乗り込むことになっている。
「アルの方は大丈夫かな…」
エドワードは戦艦を見上げながらぽつりと呟いた。
アルことアルフォンス・エルリックは、ドイツとアメリカの技術スパイとして二つの国を行き来していた。
戦艦を見上げていたエドワードに、後ろから時間だと連絡が入った。
ーまさか本当に異空間へ行けるとは限らないし、行き先がアメストリスになる可能性は低い。それでも、万が一の時は頼んだぜ…アル。
全ての搭乗員たちが乗り込み、繋がれていた舫綱が解かれた。実験開始である。
エドワードも、所定の位置に付き、固唾を飲んで事の成り行きを見守っていた。
各機器のスイッチが入り、一気にメーターが最大値を示す。大きな戦艦の装甲がビリビリと振るえ、静電気が爆ぜる。
「作戦開始!」
宣言と共に、ハンドルが下ろされる。辺りに満ち満ちたエネルギーの歪みが目に見えた…
そして
実験用極秘戦艦は海上から姿を消した。
一瞬の衝撃の後、エドワードはゆっくりと身を起こした。ビリビリと船体が振るえているが、壊れて混乱が起きている気配はない。
エドワードは近くの窓から外を確認した。
そこは波の静かな海が広々と続いていた。水平線の辺りに陸地がうっすらと見える。まず、フィアデルフィアの海軍基地ではない。しかし、エドワードにはいつか見た気がした。
まさか…。と、内心エドワードは青ざめる。
まさか本当にアメストリスに帰ってこれてしまったのかと…。
搭乗員達は危険がないと判断すると、直ちに点呼をとって装備の確認を始めた。エドワードも自分に割り振られた仕事を片付けてから、甲板に上がった。
しばらく、波間を見つめていると、艦長の制服を着た男-ニース・ウォーターガーデン-が近いてきた。
「艦長。」
「ここが四次元世界と呼ばれる所なのかね、エルリック研究員」
「…いえ、まだ調べてみないことには何とも…。」
「前方に陸地が見える。少々接近してみる事にしよう。それから陸地を観察して時間が許せば上陸してみても良いかもしれんな。」
「では、調査隊の確認をしておきます」
「うむ。」
戦艦内の装備が確認された所で、艦長の号令の元にゆっくりと戦艦は陸地に向かって走りだした。
だんだんと陸地の細部が視認できるようになり、建物等が見え始めた辺りで戦艦は動きを止めた。
「あれはっ!!」
エドワードは思わず息を飲んだ。ハスキソンの城が崩れた後、二人で筏を漕いでようやく見えた風景とそっくりだった。
「…やっぱり、ここはアメストリスなのか!?」
甲板から陸地を眺めていたエドワードの視界に、一そうの小船がこちらに接近してくるのが見えた。
その船に乗っている者はこつらに対して敵意がないことを示すように両手を振っている。
にわかに騒がしくなる船内の様子を知ってか知らずか、金髪の男はこちらに大声で話かけてきた。
「※※※※※アメストリス※※※※」
-今、アメストリスって言った!!しかも、これ確かアエルゴ語じゃなかったっけ?
エドワードは甲板から身を乗り出し、片言のアエルゴ語でかえした。
「俺は、少し、話せる。アメストリス語、使える、人、ある」すると、その男はアメストリス語で話かけてきた。
「ここはアメストリス国の嶺内だ!国籍を明らかにし、そちらの意向を確認したい。」
「俺達は敵じゃない。この船はアメリカ合衆国って国の戦艦だが、俺はアメストリス人のエドワード・エルリックだ!身元は…うーん、軍に昔の記録があるはずだ。後、ロイ・マスタンクって軍人に聞けば身元保証人になってくれる!」
「…」
「聞こえなかったかー!?」
動こうとしない小船に、エドワードはもう一度と息を吸い込んだ。
「本当に、エドワード・エルリックなのか?」
「あん?誰が確認してほしいってんのに、嘘つかなきゃなんねーんだよ!!」
「っばっか野郎~っ!!!今まで何処ほっつき歩いてたんだよ!!俺だ!ラッセル・トリンガムだよ!!」
「ラッセル?あぁ、俺の偽物してたやつか!なんでこんな所にいやがるんだ?」
「そりゃ、何年前の話だ!とにかく。おい、エド!事情を説明しろ!」
「エルリック研究員!君はあの男の言葉が解るのかね!?」
エドワードはついラッセルとの会話に集中していて、ニースが近いてきたことに気付かなかった。
「あ、艦長。」
「いったい、君達は何語を喋っているのかね?あやつは何者だ?まさかドイツの畜生じゃあるまいな」
「ええと、まず今話したのはアメストリス語です。我々の世界とは異なる世界の軍事国家の言葉です。今の所は向こうは攻撃してくる気はなさそうです。こちらから攻めなければ大丈夫でしょう。」
「ううむ。他にもその言葉を扱える者はおるのかね?」
「いえ、多分俺だけでしょう。」
「軍事国家ならば我がアメリカ合衆国とのいざこざは避けたい所だな…。致し方ない。こちらは直ぐに本国に戻る身だ。敵意はないと伝えてくれ。」
「了解」
「おーい、ラッセル~!そっちが仕掛けてこなけりゃ俺達は何もしねぇ!この船はちょっと実験で向こうから来たもんなんだ。すぐにいなくなる。だからここに置いとかせてくれ!」
「あれの向こうからか!?」
「ああ。アルフォンスはまだ向こうだけどな。それよかフレッチャーとかマスタング大佐とかはどうなってんだ?」
「こっちに来られないのか?俺の上司に説明してくれ!」「相談してみる!」
艦長との相談の結果、数人の護衛兵士とともにラッセルの上司に話をつけに行く事になったエドワードは、予備のボートで陸地に渡った。
そこにはラッセルの帰還を心待ちにしていた師団が構えて立っていた。
見慣れたブルーの軍服である。
「変わってねぇんだなぁ~」思わずエドワードはニヤリとしてしまった。
「そうか?中身は大分変わったんだぞ。軍もな」
ラッセルはエドワードを自分の上司の待つトラックまで連れて来た。仮の司令部になる大型トラックだ。
「将軍。話の出来る人間連れて来ました!」
「おう、入れ」
「失礼します。」
…どっかで聞いた声?
ラッセルと一緒にトラックに入ったエドワードを待っていたのはー…
「おう、話出来る人間いたか。」
「あーっ!ハボック少尉だぁ!!」-しまった俺としたことが子供っぽい反応しちまったい!
などと内心後悔していたエドワードの暴言を聞いて、当のハボックはキョトンとしていた。
「おいおい、確かに俺はハボックだけどもよ、今は准将なんだがな。お前さん何で俺のこと…」
「何朦朧してんだよ!何だわかんねぇの?俺だよ!エドワード・エルリック!!」
「はあぁぁああっ!!??大将ぉぉっ!!?!?生きてたのかぁ!」
びっくりして椅子から転がり落ちたハボックは、エドワードに近いてその顔を覗き込んだ。
「おいおい、そうかぁ生きてたんかぁ!元気そうだなぁ!しかしでかくなったな気付かなかったよ!はは、あのかーいかった大将がなぁ~。いや、老けたなぁ。」
「そいつはお互い様だろ!」
「確かに全くだ!おけぇりよ大将。」
そう言ってハボックはエドワードの背中をばんばんと叩いた。
「その姿、元帥に見せたかったよ」
ハボックがそう言うと、ラッセルは少し寂しそうな表情になった。
「元帥?なんだそりゃ。」
「あぁ、政権が議会に意向してな。軍だけをまとめる役職の最高位が元帥なんだ。」
ハボックが据え付けのソファに腰を下ろしながら説明した。手で二人にも座る用に促す。
「あの方はそこまで行ったんだよ」
「つーことは大佐が!?」
「あぁ。おかげで俺もこうして将軍やってんだけどな。元帥の命令で、南の方があやしいってんで来てんのさ」
「…大佐ならそういうこと必ず避けると思ってた。」
「確かに…な。でも、命令だからなぁ。俺だって家族がいるから中央に帰りたいさ…」
「ハボックさん結婚したんだ!」
「はっはっは!子供も二人いるんだ」
「だったらなおさら大佐に文句つけてやるよ!どうせ中央にいるんだろう?」
しかし、ハボックは眉間にギュッと皺をよせた。
「マスタング元帥は、今セントラルにはいない。」
「じゃあ何処だ?ふん縛って命令撤回させてやる」
ハボックは首を横に振った。
「マスタング元帥の居場所は誰にも解らない。…行方不明なんだ」
2へ続く
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