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黒の聖域


煌々と照らされた水銀灯の下、チャートはアエルゴ兵達に監視されながら強制労働に従事させられていた。

「いったい、何だっていきなり戦闘機のエンジンなんぞ作らされるのやら…」
ぼやきながらもチャートはスパナでボルトを絞める。

アエルゴ軍の機密戦艦は、島の沈没を回避し、難無くアメストリスの目をかい潜る事に成功していた。
そしてシディウスに拉致されてきたチャートもまた、その戦艦に乗り込まされていたのだ。
チャートは研究や整備を行う整備場に連れて来られ、身振り手振りで『目の前にあるエンジン(エドワードのロケットランチャーエンジン)で、飛行機が飛ばせるだけの推進力を出せる物を作れ。』と説明された。言われている言葉はチャートには解らなかったが、次に来る台詞は『出来なければ殺す』だということは想像に難くない。

チャートは最低限の食事と睡眠だけで、バーロウと呼ばれる整備士(グラトニー似)と一緒にエンジンと向かいあっているしかなかった。

-    ★★★

「成る程…ね。」
ロイから聞かされた作戦に、エドワードは感嘆の意を示した。
「こればかりは、我々だけではどうにもならぬ。
力を貸してくれ。」
自分で背負いたがるロイには珍しい協力要請に、エドワードはニヤリと笑った。
「ま、昔の誼でやってやらぁ。それに、こっちだって借りがあるからな!」
エドワードの力強い言葉に、ロイとハボックは安心したように笑い返した。

「そういえば、大佐達の事は聞いたけど、俺達の事話たか?」
エドワードが今更の事を口にしたので、ロイとハボックはキョトンとしてしまった。
「確かに、そう言われると、聞いていないな。」
「何で戻って来れたのかも聞いてませんでしたねぇ。」
ロイとハボックは顔を見合わせ、お互いに聞いていないと言いあった。
「俺も失念してたなぁ。
アルも今頃慌ててんだろうなぁ。」
しみじみ門の向こうに思いを馳せたエドワードに、ロイもハボックも興味を示した。
「向こうの国はどんな所なのかね?
恐ろしい兵器を作り出し、我々よりも科学の点で進んでいるとしか知らんのだが。」
「はは、なんか偏ってんなぁ。
そうだなぁ、本質的にはたいして変わらないよ。
前に帰って来た時はドイツって国にいて、今はアメリカ合衆国って国にいるんだ。今、その国同士で戦争してる。だから、強力な兵器作るのに躍起になってるんだ。
その中の一つに異次元に行くってのがあって、その実験の一つのせいで戻ってきた。
まぁ、たどり着いたのはアメストリスだったけどな。

俺とアルは今、向こうに持ち込まれたウラニウム爆弾(映画ハスキソンのアレ)を追っている。
俺は可能性が高いアメリカで科学者してて、アルはアメリカとドイツを行ったり来たりの技術スパイだ。
やっぱり、二つの世界は干渉しない方がいいんだな…。
向こうから来た物も、こっちからいった物も、ろくな事にはなってない。」
エドワードはため息をついて腕を組んだ。
「ウラニウムか…。
こちらの世界ならばただの鉛に錬成する事もたやすい物なのにな。」
「それが向こうじゃ、それ以外の使い道がないんだ。危ないばっかりさ。」
ロイの言葉にエドワードはやれやれと首を振った。
そして、エドワードは何にかはたと気付き、ニヤリとほくそ笑む。
「なんだね?その顔は。」
ロイが胡散臭げな顔をしてエドワードを覗き込んだ。
「いや、こっちの話!
なんでもないよ。
それよりも、大佐の作戦やるためには、奴らにも話しとかなくちゃな。」
そう言ってエドワードは立ち上がり、ニヤリと笑った。
「そろそろ、アメリカ軍艦に帰してくれ。今頃、艦長達が荒れてるだろうからな。」

-    ★★★

「おぉぉおおぉっっ!!!
エェドワァード・エェルリックゥゥ!!!
元気であったかっ!!!」
「うぎぃぁぁぁあっ!!!」

ぼきぼきぼぎっ!!

「ぬぉっ!エドワード・エルリック!
お主、鍛えかたがまだまだ甘いのではないかっ!?」
「あー、相変わらずっスねぇ。アームストロング議会議員。」
ハボックは目の前の光景に苦笑しながら頭を掻いた。

セントラルから連絡を聞いて駆け付けたというアームストロング議員は、やっと南部前線基地に辿りつくやいなや鉢合わせになったエドワードに思いきり抱き着き、もう子供サイズではないはずのエドワードを抱き潰した。
「大将潰れてるんで、離してもらえませんかねー?」
ハボックは余り期待のできなさそうに申し出た。
「ぬ。これはすまぬ。
余りに懐かしくなってしまったのである。」
アームストロングは腕の中で潰れていたエドワードを、ストンと下に下ろした。
「だはっ!止め刺されるかと思った…」
ぐったりしたエドワードが目の前のアームストロングを見上げ、やっととばかりに深呼吸をした。
「久しぶりであるな!元気そうで、なによりなにより。」
「うぅ、相変わらずだなアームストロング少佐ぁ。
でも、少佐がどうしてここに?」
「うむ。議会の代表としてな。
今の軍は議会の下に位置付けされておるから、軍が独歩せぬようにこうして視察が入る事になっておるのだ。」
「へぇぇ~。民主政かぁ。
でも、そこに元軍人がいていいのか?」
「アームストロング議会議員は、軍人やめてリオールで復興の手伝いしたおかげで、選挙で当選したんだ。
ちゃんと選ばれた人物を無下にはできまい?」
ハボックがニヤリとアームストロングに笑いかけた。
「うむ、問題はないぞ。
それに役職に就いたからこそ、こうしてまた出会う事が出来たのだからな!
運命的な再会に、我輩、感、動!!」
勢いよく上半身をあらわにし、感涙に咽ぶアームストロングをエドワードはちょっとひきぎみで苦笑した。
「所で、少佐は大佐に会いに行かなくていいのか?
俺、アメリカ軍艦に帰るとこなんだけど。」
「ぬ?アメリカ?」
聞き返すアームストロングにはハボックが代わりに答えた。
「あぁ、大将と一緒に門を越えて来た奴らの国の名前らしいですよ。」
「ふうむ。
ならばゆっくり話す時間はなさそうかな?」
「また機会があればこっち来るよ。
大佐と約束したし。」
「うむ、そうか。ならばその時にな」
そう言ってエドワードはハボックと共にアームストロングと別れたが、声が届かない辺りになってから、
「アームストロング少佐は、千年たっても変わらない気がする…」
「ははぁ、確かになぁ」
と言う会話を交わしたのはある意味必然的だったのかも知れない。

★★★

エドワードはフォーライフの向かえの船に乗り、ハボックに見送られながら陸を放れた。
真昼の太陽はきらきらと水面を照らし、波紋をくっきりとあらわにした。
「はは、やっぱいいなぁ!故郷はなぁ!」
エドワードは船のヘサキに腕を組んで立ち、ハボックに支給して貰った黒いコートをバサバサいわせて踏ん反り返っていた。
「…なんだそりゃ、こっちきて三日以上たってるだろうに。」
後ろでフォーライフが呆れているが、エドワードはお構いなしに言い放つ。
「俺がこの世界を救ってやるぜ~!」

エドワード本人もよくわからないテンションのまま、それでも船はアメリカ戦艦の待つ島へ波を引きながら、だんだんと近ずいていった。


17につづく。
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