このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

黒の聖域


心臓の鼓動が単調に耳に届く。

一つ一つ、鼓動の数を重ねるほどに時間が近く。

もうすぐだ。

力が入らない体。血が流れる体。息が粗い。


名を呼ぶ声がする。
駆ける足音がする。
「大佐ー!何処だ!」
「お父さん!返事して!」

ロイの意識が覚醒した。

「…サラ?
…っ! いかん!!!」

★★★


エドワードはサラを抱いて、瓦礫だらけの基地を疾走していた。
「くっそーっ!どこにいんだよ大佐ぁ!!」

ありがたいことに、アエルゴ軍はアメストリス軍の急襲を受けているせいで基地の中はかなり手薄になっていた。
二人は侵入者に思えないほどの大声でロイを呼んだが、一向に返事は帰って来ない。

「…ここにもいねぇか。
しょうがねぇ!片っ端からドア開けて確かめるしかねぇな。」
エドワードは言うが早いか手近な扉を開けていた。
しかし、そこの部屋はー…

「げっ!!」

「そこから離れろ鋼のっ!!」

ロイがあらかじめその部屋で錬成しておいた時限爆弾が、エドワード達の視界を真っ白に染め上げた。


◆◆◆


一方、ハボック将軍率いるアメストリス艦隊とアエルゴ艦隊は、湖上で激しい応酬を繰り広げていた。
砲弾が湖面を叩き、盛大な水柱が上がる。
「風は俺達の方に吹いてる!押せ!元帥閣下を救出するんだ!」
ハボックは敵のほぼ矢面で指示を出している戦艦に乗り込んでいた。
「右舷、0、1マイル先着水!」
「波に煽られるなよ!
ひっかかった?
なぁに、ちょっとばっかし波被っても沈みゃしねぇ!
主砲準備!目標、あの一番でかいの!
撃て!」
ハボックの指示で戦艦の前方に装備された主砲から、アエルゴの主船に向かって砲撃が立て続けに発射される。数発は反れたが、その中の一発が敵艦に着弾した。
「うっし!よくやった!
押せ押せ!敵は浮足立ち始めてやがる!」
ハボックは生き生きしながら指示をだす。
やっぱり現場の方が彼には向いているようだった。

★★★

「全く…っ君は、昔から…無茶ばかり…するな。
…鋼の…。」

「大佐っ!」
「お父さん!」

ロイはエドワードとサラを庇って、背中で瓦礫と熱と爆風を受け止めた。
辺りは見るも無惨に爆風で崩れ落ち、焼け爛れていた。
「君は、本当に……。」
ロイの体が傾いだ。
「お、おい!大佐!」
「きゃぁぁあっ!
お父さぁぁんっ!!」
ロイがエドワードの腕の中に崩れ落ちた。その背中は酷い火傷になっていた。瓦礫で切ったのか深い傷もあった。それこそ虫の息である。
「!
大佐、あんたなんて無茶を!」
エドワードが苦い顔をした。ロイな体はそれでなくともボロボロだったのだ。
エドワードはサラを降ろし、倒れたロイの腕を肩に回した。一刻も早く手当てが必要な状態なのだ。担架を用意している暇はない。
「お父さん、死なないで!」

「死んでくれなくちゃ困るのよねぇ。」

サラの悲鳴に、嘲笑う声が答えた。

「そのおじいさまこちらに渡して貰いましょうか?
そうすれば生きて帰れるかもしれなくてよ?」

エドワードはその人物を見て息を飲んだが、思い直した様に吐き捨てた。

「…っは!
そりゃそうか。
大総統がいりゃあ秘書官だって必要だよなぁ。」

エドワードとサラの前に現れたのは、スロウス似の拷問士マリアンヌ・トーチャーだった。

「あら、じゃあルーツ・プロダクトにあったのね?
あの坊やに…。」

(あのブラッドレイ(偽)を坊や扱い!しかもそんな名前だったのか。)

「あぁ。倒したよ。たいしたことなかったな。」
トーチャーはふふっと楽しそうに笑った。
「坊やですもの。
いつまでも甘さが抜けない人だったわ。まったく、足止めにも使えないのね。」
トーチャーはやれやれとため息をついた。
「まあいいわ。もともと潰れた作戦のパートナーだし。
それより、その人、渡してくれないかしら?」
「やなこった!!」
エドワードはトーチャーの回りにあっという間にオリを錬成した。
「悪いな。言いなりになる気はない。」
しかし、トーチャーは余裕の笑みを浮かべながら自分を取り巻く鉄犢をそっとなでた。
「あら凄い。
でも…。」
トーチャーが腕を横に払った。風を切り裂く音がして、ただの鉄棒になった物が、エドワードの足元にガラガラと散らばる。
「私をなめないでね?」
トーチャーの手には鋼でできた鞭が握られていた。
「撤退ぃ~っ!!」
エドワードはサラとロイを抱え上げると、その場を一目散に逃げだした。
「そんな大荷物で何処まで行けるかしらね!!」
トーチャーの腕が振るわれる度に、エドワード達の横をびゅんびゅんと鞭が通り過ぎて行く。
「ぐぁぁぁあっ!
サラ預けてくりゃよかったぁ!」
エドワードは35歳の体に鞭打ちながら必死に逃げる。
「何処まで行けるかしらね!」
トーチャーの鞭が抱え上げられているロイの背中をしたたかに打ち据えた。
「ぐぁっっ!」
流石に意識が朦朧としている今のロイには、苦痛を堪える事は出来なかった。
「大佐!
てめぇっ!止めろ!」
エドワードはロイを庇おうとするかの様に支える腕に力を込めた。
「いいわね。このまま止めを刺してあげ…!」
トーチャーの言葉を遮り、彼女の体を爆風が吹き飛ばす。「誰が…。
誰に止めを刺されるのかね?」
「大佐!」
走りながらエドワードはロイの方に視線を向けた。
「すまんな。鋼の。
まったく情けないところを助けられてしまったものだ。」
「息も絶え絶えの癖にカッコつけんな!
んな元気があるなら自力で走れ!」
「それは無理と言うものだよ。」
ロイはエドワードが抱えているもう一人の乗客に微笑みかける。
「サラを助けてくれたのだなありがとう。」
「そういう事はちゃんと助かってから言え!」
「ごもっとも。」
エドワードは目を血走らせ、叫ぶ様に声をだす。
「後ろ!どうなってる!?」
ロイは確認のために顔を上げて、表情を固くした。
「…凄いな。
まともに当てたつもりだったんだが、まだ怒りをたぎらせて走ってきとるよ。」
「ま、マジで!?
お、俺、そろそろ限界なんだけどっ!」
「そ、それはまずいな…」
エドワードのペースが徐々に落ちて来たのか、その差はだんだん狭まり、鞭が風を切り裂く音が聞こえる。
「お待ち!」

「させるか!!」

鋭い声とともに錬成光がエドワード達が駆けていた通路の壁をなめ、あっという間に破壊された。
「ぎぇっ!?」
驚いたエドワードが飛びのいてすぐ、その場を巨大な木の根が掠めた。
木の根はトーチャーをがんじがらめに搦め捕り、鞭にもびくともしない。
「エドワード!無事か!」
壁の向こうから飛び込んで来たのは、軍服姿のラッセルだった。
「ラッセル!」
エドワードが限界とばかりに喘ぎながら崩れた。
「大佐はこの通りだ!」
エドワードは肩に寄り掛かるロイを指差した。
「流石!
撤退だ!元帥とお嬢様を!」

ラッセルは穴の向こうから軍人を呼ぶと、三人を助け起こして速やかにその場を撤退した。

◇◇◇

「おのれっ!
アメストリスの豚どもめ!」
トーチャーが木の根の中で、もがきながら悪態をついていた。
絡まりあった根はトーチャーをからかう様にびくともしなかった。
そこへ…
「あっれれぇ~[D:63912]
こぉんなところに、トーチャーおばはんがいるぅ~[DX:E72F][DX:E72F]」
「ちっ!シディウスかっ!」
トーチャーは露骨に眉間に皺を寄せた。
「あはは[D:63893]
随分とブザマだねおばは~ん[D:63908]」
きゃらきゃらとシディウスはトーチャーをからかう様に回りを跳びはねた。
「遊んでないで助けたらどうよ!!」
「やっだも~ん[D:63898]
僕がそんな性格じゃないの知ってるくせにぃ~[D:63892]」
シディウスは落ちていたトーチャーの鞭を蹴飛ばし、トーチャーが巻き付かれている根に足を置いた。
「この戦いは失敗したけど、いいもの貰っちゃったからね[D:63903]
ここ撤収して、下の軍艦で移動するってさ[DX:E733]
早くしたほうがいいよ[DX:E728]」

ニヤリとシディウスが笑った。

「ここの島、爆破して沈めるから[D:63893][D:63892]」

「っな!!」

トーチャーがシディウスを見上げたままで凍りついた。
「んじゃ、そゆことで~[D:63734]」
シディウスはそのままトーチャーに背を向けて歩きだした。
高笑いがいつまでも通路に響きわたっていた。

★★★

ラッセルが三人を運び込んだのは、ハボック将軍が乗った戦艦だった。
三人は直ぐさま医務室に運び込まれ、手当てを受ける。
しかし、悠長に安心している暇はなかった。戦艦が大きく揺れ、直ちに始動を始めたからだ。
「うわっ!乱暴だなぁ。」
エドワードは座っていた椅子からずり落ちそうになり、不平を零した。
「致し方なかろう。
この手の基地には大概自爆装置が仕掛けられているのだ。今のうちに出来るだけ撤退しなければ我々にも被害が被る。」
エドワードはロイの言った台詞に青くなった。
「ちょっとまて!それじゃ、チャート研究員は!」
エドワードはラッセルに視線を向けるが、ラッセルは残念そうに首を横に振る。

「そんな…!」


離脱したアメストリス艦隊の後方で基地が閃光を放つまで、さして時間はかからなかった。
沈んでいく島を暁の光が、最後の手向けとばかりに照らしだしていた。

15に進む。
14/25ページ
スキ