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黒の聖域


ブラッドレイ(偽)の放つ切っ先を避け、槍の柄で絡めて弾く。
勢いを逸らされたブラッドレイ(偽)は、呻きながら仕方なく数歩後退してバランスを保つ。
そこをエドワードの槍が追い掛け、逆にブラッドレイ(偽)に技を仕掛ける。

エドワードもブラッドレイ(偽)も一進一退を繰り返していた。
サラはエドワードの背に隠れ、小さくなってその戦いを見守るしかなかった。

ー埒が空かないな…。

エドワードはもどかしげに思い始めていた。
確かにブラッドレイ(偽)は、ロイが倒した本物のホムンクルスブラッドレイに比べたら数段は劣る腕前であった。

しかし、負傷し、サラを抱えている今のエドワードには油断のならない強敵に他ならないのだ。

「貴様の格とやらはこの程度か!」

ブラッドレイ(偽)がエドワードに飛び掛かった。

「はんっ!ぬかせ!」

エドワードが足を下に思いきり踏み付けた。
眩しい光と共に、地面から錐が錬成され、飛び掛かってきたブラッドレイ(偽)を迎え撃つ。

「甘い!」

ブラッドレイ(偽)は素早くレイピアを一閃させ、鋭利な先端が切り取られた錐に足をかける。
そして錐が地面から持ち上げる勢いで見事な背面跳びを披露した。

「おぉお!すげぇ!」
そんなブラッドレイ(偽)の妙技にエドワードは素直に関心していた。

「でもな!俺にだってそれぐらいできるぜ!!」

エドワードは槍を着地したブラッドレイ(偽)目掛けて投げてから、サラを抱え上げ、円柱の足場を錬成して跳んだ。
「ぬう!待て!」

離れた茂みに着地したと同時にエドワードはある方向に駆けだしていた。

ーいるはずだ。この音なら!!

「待てと言われて待たないのが、人のさが!」
エドワードは勝ち誇るように笑い、ジャングルの中をブラッドレイ(偽)を確認しながら走り抜ける。

★★★

「ぬう…。」
ロイは近く気配に気が付いて呻きながら躯を起こした。

ーまったく…。
私には休憩も与えられないのか?

ぼやいてもしかたないが、連日酷使された躯は悲鳴を上げている。

ーただでさえ、愛しい愛しい愛娘と断腸の思いで別れたせいで中毒症状がでてきているというのに!!

ロイは悪態を零して、ふと不安になる。
普段、親バカと豪語していたロイも流石に今までサラは無事だとタカをくくっていたため、彼女の無事を疑っていなかったのだ。
サラが例のリボンを渡してくれなければ、助けは来ない。
ーいや、もう騒動は起きている。必ず、私は帰る!

ロイは扉を蹴り開けた。
そして目の前の兵を思いきり殴り倒した。

「私は出来る事をするまでだ。」

生きるために

★★★

「はははは!何処まで行くつもりだね?
先に言っておこう。この先は断崖絶壁。逃げ場はないぞ!!」
「んなこた解ってるさ!」
サラを抱えて走るエドワードに、追うブラッドレイ(偽)の声が聞こえる。
エドワードはこの先が断崖絶壁であることは解っていた。
むしろ、そうであってなくてはならなかった。
サラは不安げにエドワードを見上げていたが、諦めたのか、エドワードを信頼してか騒ぎはしなかった。

「身投げするつもりか!?」
「まさか!」

エドワードは振り返ってブラッドレイ(偽)にあかんべをすると、最後の茂みを掻き分けた。

それはエドワードが睨んだ通り、そこにいた。

「もう逃げも隠れもしねぇよ大総統。」
エドワードは振り返りながら両手を胸の前で合わせた。ブラッドレイ(偽)も一呼吸遅れて茂みを掻き分けた。

「ぬぁっ!?」

「悪いな!
俺達の勝ちだ!!」

エドワードの長髪を逆巻く風が激しく靡かせた。

★★★

ロイが司令室を占領し、悠々とくつろいでいた(様に見えたが実は貧血で立ってられないのだ)所に、息せき切りながら駆け付けたのはヘール・ブレーカーであった。

「てめぇか…。
ロイ・マスタング!!
仕組んでやがったなてめぇ…っ!!!」

ブレーカーはロイの顔を見たとたん、罵詈憎言をロイにまくし立てた。

「おや…。
これはヘール・ブレーカー中佐。
私を追って来たのかね?
ご苦労な事だ。」
ロイにはまるで相手にされなかったが。

「っは!
アメストリスを侮ってたよ。
弱小軍事に虚仮にされるなんてなぁ。

ここまでやられちまったらオトシマエの一つもつけてもらわねぇと気がすまねぇんだよ!」

ブレーカーは懐から拳銃を取り出すと、ロイにぴったりと標準を合わせた。

「気取ってやがるがもう動けねぇんだろう?
大元帥閣下にはちとしょぼい椅子だが、貴様にくれてやるぜ。」
ブレーカーは銃のトリガーに指をかけた。

「…誠に残念だよ。
ヒューズを二度も手にかけなければならないなんてな。
私は生きる。
だからヒューズ死んでくれ…」

★★★

エドワードは地面に両手をついた。風に負けない勢いで地面が唸りをあげた。

「サラ!耳塞いで伏せろ!!」

エドワードは自分とサラを取り巻くドームを錬成した。
半場地面の中に潜るようか格好だ。
エドワードはサラを抱えてドームの中で身を伏せた。

ブラッドレイ(偽)は、咄嗟に何もできなかった。
ただ、自分が出し抜かれ、負ける。ここで死ぬのだということをはっきりと自覚した。

何故、負ける?

ここは断崖絶壁の淵。遥か下には白波が砕け、渦が逆巻く湖の湖面があったはずだった。
逃げ場も、味方も何もないはずだった。

だのに…

「これは、見事!」

ブラッドレイ(偽)がつぶやく。

アメストリス国が誇る最新戦艦の主砲が火を吹いたのは、まさにその瞬間であった。


★★★

「合図だ。」

フォーライフは轟く爆音に胸をときめかせた。

反撃の時間だ!

「各艦ぬかるな!
元帥閣下をなんとしても救出するのだ!!」

その島の近郊に展開していたアメストリス国軍南部艦隊は、一斉にトキの声をあげた。

★★★

「全く、無茶苦茶だな。あやつらは…。」
ロイはよろよろと、ずり落ちた椅子に座り直した。

そこはすでに司令室とは言えない空間に成り果てていた。
瓦礫が辺りに散乱し、崩れ落ちる場所を把握していなければ、ロイも確実にあの世行きだっただろう。

ブレーカーが立っていた場所との間には、巨大な天井の瓦礫が隔てておりブレーカーの生死は確認がとれなかった。

だがとりあえず、切迫した死の危険は避けられたと言うべきであろう。

ロイは大きなため息をついた。
そろそろ、自分の仕掛けた物が目覚めるはずだった。これで自分の出来る事は全てこなしたはずである。

ーこれでやっと休めるな。

流石に拷問を受けた体に鞭打ちすぎた。もう、限界だ…。

ロイは椅子に深くもたれ掛かり、頭を垂れて目を閉じた。
一筋の紅が力無く垂れ下がる指先から床に落ちる。


★★★

余韻が消えたころエドワードがドームを崩すと、後ろの戦艦の方から呼ぶ声が聞こえてきた。

「エドワード!」

「はは、おぉい!ラッセル~。」
甲板から身を乗り出したラッセルに、エドワードは気軽な返事をして手を振った。

「おーいじゃねぇよ!
てめー先走りやがって!」

ラッセルはおかんむりだった。

「悪かったって。でも言っといただろ?
自分の尻は自分で拭くってな!」

エドワードは自信満々で言うが、ラッセルの額の青筋は消えない。

「お前は話しをややこしくしてる張本人だっ!!
拭いてるつもりで広げてるわい!!
今度こそ!俺達の管轄下になれ!
元帥閣下救出作戦のために、ハボック将軍に協力しろ!」

しかし、ラッセルの命令口調にエドワードが素直に応じる訳がなかった。

「やなこった!
大佐は俺が引っ立てる!」

エドワードはサラの腕をとってその場を離れた。
主砲はエドワード達が走って来た方へ撃たれたので、目的の基地まで真っすぐに道が出来ていた。

エドワードはその道をサラを抱えて走る。

ラッセルがその後ろから援護する。

なにもかもわかりきっているかのように、エドワードは自信に満ちていた。

エドワードとサラが衝撃で崩れた壁から侵入した。
埃っぽい煙った風が二人を撫でる。


二人の姿が見えなくなってすぐ、アメストリス国軍とアエルゴ国軍の水上戦が始まった。

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