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黒の聖域


エドワードは林間を走り抜け、岩陰に隠れていた二人に合流した。
「エルリック研究長!」
「待たせた!チャート!
こっちだ走れ!」
チャートとエドワードはほぼ横並びで走った。
チャートに抱き抱えられているエリザベスにエドワードは声をかけた。
「エリザベス。」
チャートの背中を見つめていたエリザベスが、エドワードの方を向いた。
「お前は何処の方向から来たんだ?
お前の親はなんか言わなかったか?」
エドワードに言われると、エリザベスは髪に結んであったリボンを解いてエドワードに渡した。
「お父さんが、渡せって…」エドワードは走りながら受け取ると、月明かりを頼りにそれを伸ばした。
「どうです?
エルリック研究長。」
チャートが走りながら覗きこんむ。
エドワードはリボンの表面に書かれた文字に視線を走らせる。
「流石、大佐。」
エドワードは広げたリボンを、落とさない様にファスナーのついたポケットに捩込んだ。
「何が書いてあったんです?」
エドワードはチャートを見て、ニッと悪戯した子供の様に笑った。
「目的地の緯度と経度。
目指す先は、別の島だ!」
「えぇっ!ここの島じゃないんですか!?
じゃあ、戦艦で行った方がよかったんじゃ?」
チャートが潜めた声で、俄然抗議をしてきたが、エドワードは首を横に振った。
「駄目だ。目立ち過ぎる。安心しろ。ちゃんと足は用意してあんだ。」
そう言ってエドワードが岩場の岩の割れ目をくぐり抜けると、そこは静かな小さな湾のようになっている場所だった。
「…よく見つけましたねぇ。」
感心したように、続けてくぐり抜けてきたチャートが呟いた。
「感心してる場合じやねぇ。早くこっちに!」
湾の奥まった所には、エドワードが錬成した例のボートが泊まっていた。
「乗り込め!」
言うが早いかエドワードは既に、操舵室に駆け込み、メーター等のチェックを行っていた。「この船、どっから持ってきたんですか?」
呆れた様な面白がる様な複雑な面持ちでチャートが船を見上げて言った。
「あぁん?
いいんだよ俺が作ったんだから。」
「はぁ…」
いまいち納得していないようなチャートだったが、説明している暇はないし、第一、もうエリザベスを乗せてから自分で乗り込んできているのだからよしとする。
「よし!出航するぞ!
揺れるからなんかに捕まってろよ!」
エドワードはエンジンに火をいれて、思いきり噴かせた。
「今助けに行ってやるから、首洗って待ってやがれ!
大佐!!」


★★★

同じ頃

月明かりは、牢の中にも届いていた。
この一週間ほど、連日拷問にかけられていた彼、ーロイ・マスタングーは、昨日、娘を逃がしてからというもの、一睡もしていなかったし、食事や水も与えられていなかった。
手は天井から吊された棒に手錠で繋がれ、足は無論足枷で自由を奪われている。意識は限界に達し、声を発しない様に歯を食いしばるのが精一杯であった。
「強情な奴だなぁ。」
アエルゴの拷問士(グリード似)は、詰まらなそうに鞭を扱いた。
「もっとアンアン言ってくれた方が俺としては、やり甲斐があるんだがなぁ。」
言って、無造作に傍らに置いてあった水の入ったバケツを手にとって、中身を傷だらけのロイの背中にぶちまけた。
「…っ」
ロイの意識が無理矢理呼び覚まされる。
傷口を血と水が混ざったものが伝い落ちていく。その雫さえ、今はロイの敵になるのだ。

ロイが痛みに堪えていると、鉄扉が叩かれる音がした。
拷問士は何事かと扉の小窓を開く。
「俺だ。」
「こりゃ、ヘール・ブレーカー中佐」拷問士はぎょっとなって扉を開いた。
ロイはブレーカーが悠々と入って来るのを眺めた。
アエルゴの軍服を着た、いつか自分の腹部を蹴りつけたあの軍人である。そいつが、死んだ親友のマース・ヒューズにそっくりなのだからまったく嫌になるというものだ。
「いい様じゃねぇか。アメストリスの元帥さんよ。」
ヒューズの声が、刺を含んだ言い方をする。それがロイには拷問より辛かった。
「申し訳ねぇ、中佐。なっかなか強情で、だんまりばっかなんすよ。」
「なぁに。心配すんな。
もうこいつの用は済んだからな。」
その言葉に仰天したのは、ロイの方であった。ぎょっとして顔を上げたロイは、そのまま前髪を掴まれて無理矢理ブレーカーと視線を合わせられる。
「な…ぜだ…?
出力…装置の全てを…理解しているのは…私だけの…はず…」
ロイの途切れ掠れる声には、驚愕と絶望が含まれていた。
ブレーカーの目が、すっと細まった。
「あぁ。確かに…な。
お前の国から設計図や証言は得られなかったよ。もっと確実なもんが飛んで来たんでなぁ。」
「そんな…まさか!」
ブレーカーが言った言葉は、ロイには信じがたいものだった。あのエンジンの全体設計図の完成した物を見たのはロイだけであり、もうそれはとっくに燃やしてしまったのだ。
アメストリスにジェットエンジンを作れる者はいない筈なのである。
「しかしなぁ~。
否定されても、こっちの船に二発も突っ込んで来たんだぜ。しかも、爆発しないでちゃんと丸のままな。
いやぁ、親切な国だなぁ全く。」
ブレーカーは嫌らしく笑い、ロイの顔を覗きこんだ。

「もう、てめぇを生かしておく必要も失くなったって事さ…」

-…ヒューズ…。

遠い過去に失った左眼に、戦友が見える。

-そうだ。こいつは違う。ヒューズじゃない。
私は死ねない。私はまだ必要とされているのだから。

ロイはブレーカーを鼻で笑ってやった。
「私は…他の情報も握っているというのに…殺すか。なかなか…潔いんだな。
元帥を手中に…納めておいてすぐ…殺してしまうとは、豪気だ。」
ロイはブレーカーに笑い返してやる。
「何ぃ?」
ブレーカーの指に力が篭る。
余計に引っ張られながらもロイは笑っていた。
「私の頭には…アメストリス軍の全てが把握されているんだ。私なら探り出して使うがな。」
ブレーカーは眉間に皺を寄せるが、思い直したのか優位に立つ者の笑みを再び取り戻した。
「アメストリス軍の元帥閣下は、もっと痛い目に合うのがお望みらしいな。
いいだろう。
アエルゴ式のフルコース、とくと味わって貰おうか。」

ロイの隻眼は、元帥としての光を帯びていた。

「私をなめるなよ。
若造。」

ブレーカーとロイの視線が交錯し、互いの殺気が矢となって相手を狙う。

「メイデン!(グリード似拷問士の名前)」
「うっす。」
ブレーカーの呼びかけにメイデンは直ぐさま返答した。
ブレーカーはロイを睨みながら、メイデンに強い口調で命令する。
「本気でやれ。
情報は搾り採れるだけ搾り採るんだ。」
「了~解。」
メイデンは早速使う器具を選びにかかる。
「甘いと元帥に失礼だからな…っ!」
ブレーカーの拳がロイの鳩尾を衝いた。
「ーかはっ!」
流石に耐え切れず、喉の奥から息が漏れる。血の味も滲む。
ブレーカーはロイの前髪を離すと、ぐったりしたロイに鞭をくれた。
鋭い音がして、床に血飛沫が散る。
「ー…っ!」
ロイの顔が苦痛に歪んだ。
「ま、じっくり味わえや。元帥閣下。」

-まだまだ、夜は長がそうだ…

それでも、ロイは自分が企てた方向へ事が進み、なおかつ新しい希望に彼の口元は笑っていたのだった。

次は10、遂に大台だ
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