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【やる&やら】最凶にして最愛のただ一人の君に捧ぐ

「鬼、ですかお?」

やらない夫の口から出た言葉に、やる夫は少々怪訝な顔をした。

やらない夫は言ってしまってから、失言したと、ハッとした。

「あっ!
いえ!決して新速出編集を鬼と言っているのではなくっ!」

やらない夫は慌ててブンブンと手を振りながら、やる夫が気分を害してしまったかと青くなったが、一方のやる夫は、キョトンとしていた。

やらない夫は、一生懸命思考を巡らせて、言い訳を考える。

「ほら、これから年末になりますでしょう?

大晦日の秋田県では、なまはげという鬼が各家庭を回る行事がありますし、旧暦の正月である節分には、豆を撒き、鬼を退散させます。

年の瀬と鬼は、深い関係があるんですよ。

なので、年末年始に鬼という題材を持ってくるのは、決して不思議なものではないのではと…その、えーと…いかかでしょう、だろ。」

やる夫は、やらない夫の話を聞きながら、腕組みをして考えていたが、どうかと問われて結論を出した。

「たしかに、それ、とってもいいんじゃないでしょうかお?

季節柄もそうですがお。

鬼だって、鬼の目にも涙、とかそういう言葉があるんですし、桃太郎に出てくるみたいな鬼から、優しい鬼まで、いろんな奴がいるんでしょうからお。

ちょっと抜けたやつとか、お調子者ものとか、さびしんぼとか、一風変わった鬼のお話とか、良いかもしれないですおね!

とゆーか、個人的にも自分、読んでみてーですお。」

やる夫が気にせず、さらに良いと言ってくれたので、やらない夫はパッと顔を明るくした。

「ありがとうございますだろ!」

やる夫は、キラキラした目線をやらない夫に向ける。

「さすが美筆先生ですお。
昨日の今日でもう素敵な題材が思い浮かんでるですもんお!尊敬しますお~!
相談に乗れれば、なんて、おこがましかったですおね。」

頭を掻きつつ困った顔をしたやる夫に、やらない夫は前のめりになりつつ手をバタバタと振った。

「そっ!そんなことありません!
新速出編集のお陰で出てきた題材ですからっ!」

一生懸命に弁解すると、やる夫は少し驚かせたようだ。

「そうなんですかお?
なら、自分もちょっと役立ちましたかおね?
えへへ。
大好きな作家先生のお役にたてるって、やっぱりうれしいですおー。」

照れながら笑うやる夫に、やらない夫もつられて頬が弛んだ。
話しているうちに頭が整理されることはよくある。やる夫は、ハッと顔を上げた。

「あ、今思い付いたんですがお、それなら鬼を題材に連作のようにしてみても、面白いかもしれないですおね。

せっかく二本書くんですからお、それを逆手にとって、全然雰囲気や性格が違うけど、主人公はみんな鬼とかにして、いつものように読み切りでも読めるようにしながら、どこかで繋げてみても面白いかもしれないし…どうですかお?」

やる夫の提案を、やらない夫は腕を組んで考える。

「なるほど、たしかに読み比べながら書けるのはいい機会ですだろ。
じゃあ、一作目を、定番の乱暴ものの鬼の話にして、二作目を泣き虫の鬼の話…というようにすれば、差もつけやすいですね。

二作ではキリが悪いですから、鬼で三部作の連作、と、いうようにはできますかだろ?」

「鬼三部作!
なんか格好つきましたおね!
編集長がダメだっていっても説き伏せてやりますお!
それで進めていきましょう!先生!」

立ち上がらんばかりの興奮をみせながら、やる夫は力強く言った。

「じゃあ…えーと、一作目は乱暴者の鬼、二作目は泣き虫の鬼…、三作目は、ちょっと今は思い付きませんが…。
そのような三部作で、お話を組み立ててみますだろ。」

やらない夫が言うと、やる夫は手を叩いて喜んだ。

「ひゃっほい!
あっ!しっ、失礼しましたお!
自分、先生のお話、ほんと好きなもんで、新作が三部作って想像しただけで興奮しちまいましてお…!」

やる夫の喜び様に、やらない夫もつられて微笑んだ。

「ふふ、新速出編集にそう言っていただけて、私もすごくやる気がでてきましただろ。
お話、頑張って組み立ててみますだろ。」

2人は、興奮して喉が乾いたのか、笑顔のままでヨモギ茶を口にした。

そのとたん、グ~と、気の抜けるような音がどこからか聞こえてきた。

ポカンとするやらない夫の前で、今度はやる夫が赤くなりながら慌てていた。

「すっ、すみませんお!
今日、昼飯食い損ねちまいましてお、自分の節操なしの腹の虫が…、失礼しましたお~。」

「なんと、ご昼食をお食べになってないのですか。
それはひもじいでしょう、今見繕ってまいりますから、新速出編集、どうかお食べになっていってください。」

「えっ!
い、いやいや、悪いですお!
そんな!先生にそんなこと、させられませんお!」

「体は資本ですよ、新速出編集。
それに、私も授業のあとで空腹なのです。
お越しいただいたお客様の前で1人で食べさせる気ですか?
そんなの、食べられる訳がないでしょう!
観念して、お付き合いくださいだろ。」

やらない夫はそう言い残すと、すわ台所に駆け込んだ。
かといって、冷飯と味噌汁程度しかないので、急いで味噌汁を温め、冷飯でオニギリを握り、秘蔵のたくあんと梅干しを出す。

釜の飯の残りを全てオニギリにして、多少煮詰まってしまった味噌汁をよそい、小皿にたくあんと梅干しを乗せて、二人前の用意を整える。

黒い長方形の角皿に、やる夫の皿には3つ、やらない夫の皿には2つのオニギリ。
大根の味噌汁がたっぷり入った椀はやる夫の分。半分ほど入った椀がやらない夫の分。
たくあんと梅干しも、心持ちやる夫の分の方が少し多い。

やらない夫はそれらを盆に乗せて、居間へと運んだ。

「すみませんだろ、新速出編集。
本当に有り合わせのものしかないのですが。」

「そんなことありませんお!
助かりますお~!
ありがとうございますお!
ありがたく、ありがた~くいただきますお!」

やらない夫は、慣れた手つきで向かい合う場所にでオニギリや味噌汁を並べる。

「あれ、先生の分、ちょっと少なめじゃないですかお?
だめですお!
先生、銀細工みたいに細いんですからお!
しっかり食べないと!」

「大丈夫です、私は昼食食べてますから。
お気になさらず、お召し上がりくださいだろ。」

「むう、そうですかお?
じゃあ、お言葉に甘えて…。」

二人揃って手を合わせてから、箸を取る。

やる夫は真っ先に味噌汁の椀を手にとった。
箸で具合を確かめてから、口をつける。
味噌の風味がやる夫の口を満たした。

「っはー。お味噌汁があったかくて、美味しいですおー。」

ほっこりと嬉しそうに味噌汁を味わうやる夫に、やらない夫は申し訳なさそうに頭を下げた。

「すみません、朝から何度も温めているので、少し煮詰まってしまいました。」

「いやいや!味が良くしみてて、柔らかくて美味しいですお。
人が作ってくれたお味噌汁飲むの久しぶりすぎて、五臓六腑に染み渡りますお~。
これなら寿命が延びますお!」

「そんなに、ですか?」

「へへ、お恥ずかしながら、いつも外食か自炊ばかりでしてお。
誰かに作ってもらった心のある料理って年単位ぶりなんですお…。

実家さえ帰ってなくて…。
けっこう近くにあるんで、遠いわけじゃないんですが、忙しさにかまけて、ここ2年くらい盆も正月も帰ってねんですお。

正月は特に作家さんへの挨拶周りもありますしお。

誰か、こう…、いい人がいるわけでもないんで、家庭の味から遠ざかってんですお。」

「なるほど…。いい人はいない、と。

こほん。

そういえば、今年の初めに来ていただきましただろ。
ふむ…。

あ、思えば私もこうして誰かと食事を共にするのは…2年ぶりくらいですだろ。

確かに…、こうして誰かと話ができる食卓はいいものですね。」

やらない夫も、どこか嬉しげに味噌汁をすすった。

「先生のご生家は遠いんですかお?」

「いえ、すぐそこなのですが…。前の戦争の関係で小金もちになった父が事業を広げようとして失敗しましてね。

私の生家だった本宅の建物も、土地の大半も手放してしまったんです。

両親は借金を返すために大陸に行ってしまい、借金は返し終わったものの、そのまま音信不通になりまして。

今は、当日使用人の下宿だったこの家と庭と私以外、何も残っていないという始末ですだろ。」

「そ、そうだったんですかお…!
すみませんお、ずっと担当してるのに、初めて知りましたお…。
自分、ほんとにそういうとこ全然気が払えないんですお。
編集長には、もっと原稿だけじゃなくて、書いてくださってる先生方に気を向けろって怒られる始末でしてお。

いやはや、その、いつまでたっても半人前でお恥ずかしい限りですお。」

「そんな!
お気になさらないでください。
それだけ、新速出編集が私のことを、身内が某か、ではなく、一人の作家としてだけで評価してくださった、ということでしょう?

ちゃんと実力で飯を食わせてもらっている、ということですから、嬉しいですだろ。」

「そう言っていただいたけると、ちょっと心が軽くなりますお。

あ、でも、自分がなにか仕事の催促以外でしでかしたら、ちゃんと言ってくださいお!」

「仕事の催促以外でですか。」

「そりゃ、仕事が間に合わなかったら事ですからお。
そこは、ビシバシと!
締め切りは守っていただきませんと、示しがつかないですからお!」

力説するやる夫に、やらない夫は少し恐怖を覚えたが、顔がひきつらないように努力した。

そんなやらない夫を尻目に、やる夫は大口でオニギリにかぶりつく。

「ん、おにぎりも、んまーいだお!
先生、おにぎり握るの上手ですおねぇ~。」

「そう言っていただいたのは初めてです。
冷飯のおにぎりですみません。」

「冷飯好きなんで、ぜーんぜん気になりませんお!
塩加減もちょうどよくて、いくらでも食べられそうですお!

冷飯のおにぎりって、噛めば噛むほど甘味がよく分かる気がして、そこがいいんですおー。」

そういいながら、やる夫は目の前の皿に品よく並べられていたオニギリと漬物を、残らずペロリと平らげた。

最後に大切に残されていた味噌汁を全て胃におさめたやる夫は、満面の笑みで椀を座卓に置いた。

「っはー!
人心地つきましたお!
ありがとうございました、先生。
ご馳走さまでしたお!」

「お粗末さまでございましただろ。
大変いいたべっぷりで、見ていて清々しかったです。」

自分の分をゆっくり食べながらも、やる夫の食べっぷりに見とれていたやらない夫は、にっこり微笑んだ。

「がっついちゃって、失礼しましたお。
でも、すごく救われましたお。
今日は朝からバタバタしてたから、こうして落ち着いてご飯食べられて幸せいっぱいでしたお。」

「それは何よりでした。」

食事が終わった後、2人は洗い物をすませてから、もう少し打ち合わせを行ったあと、やる夫は何度も礼をいいながら帰っていった。

やる夫を見送ったやらない夫は、愛用の文机の前に座り、ライトに照らされた原稿用紙と万年筆を見ながら腕を組んだ。

「うーむ。
鬼三部作か…。
よし、ちょっとやってみるかだろ!」

やらない夫は少々悩んだ後、おもむろに万年筆を手にした。

とりあえず、思い付いたことを書き出していく。

「鬼、鬼…。
最初のお話は、乱暴者の鬼、か。
ふむ。
乱暴者…怖い鬼、狂暴な鬼、か、となると、仲間の鬼からも乱暴者に見られるような、飛び抜けて力持ちの、暴れたら手がつけられないような、鬼かな。

豪胆で、岩ような体躯、赤い肌、2本の角、虎の毛皮の腰巻きに、つり上がった目、厳めしい強面…。」

鬼の姿を考えていると、つい授業中に見かけた厳しい顔のやる夫を思い出してしまう。

「新速出編集のあの顔は、流石鬼編集って感じだっただろ、常識的に考えて。

いや、でも、新速出編集は本来優しい方だろ。

この鬼だって、きっとまわりが知らないだけで、優しさがあったりすると思うだろ。

そうだ、鬼だって、きっと…。」

やらない夫は、もう1枚原稿用紙を取り出した。


「1作目は、乱暴者の鬼の中にある優しさを、書こう。

鬼仲間にも恐がられる赤鬼…人里離れた荒れた岩山に住んでいて…。
それで、そうだ、なかなか草木が生えない岩場に珍しく植物が生えてきて、鬼が…。」

さらさらと、思い付くままにやらない夫はペンを走らせる。

やらない夫の脳裏では、生まれたばかりの、やる夫によく似た鬼が、力強く岩山を走り回っているのだった。



続く
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