【やる&やら】最凶にして最愛のただ一人の君に捧ぐ
「や、やめてぇ..。」
やらない夫の口から、か細い悲鳴が漏れる。
あと少しと希望を込めて思いきり伸ばした腕は、むなしくも掴まれて、引き戻されてしまった。
もがけども、普段農作業で鍛えられた腕力の前にどうすることもできない。
(わ、私はこのまま、
好きになった人でも、告白された人でもない、一、二回しか面識のない人に、手込めにされてしまうっていう..?
そんな、嫌だ!
でも、畳に押し付けられて、動けない..。
助けて、やる夫編集、できない夫編集、私、このままでは...!)
体を丸め、少しでも抵抗を試みるが、そんなものは相手の力の前には無力だった。
できる夫の父の手が、やらない夫の着物の合わせ目から、中に侵入を試みる。
「!!」
やらない夫は、総毛立ちながら押し返そうと、その手を掴んだ。
「やめて……!」
「受け入れてくれりゃあ、いくらでも……!」
やらない夫の細い腕が、太い腕を止め切れずぷるぷると震える。
「先生の肌は白くてきれいだなぁ?」
「ひぃ……!見ないでくださ……っ!」
やらない夫の着物の合わせが広げられ、素肌に外気が触る。
もうダメだ、そんな時だった。
「この、悪漢がぁぁぁぁぁぁぁ!」
突然、玄関側の障子が開け放たれ、飛び込んできた何者かがあった。
できる夫の父が反応するよりも早く、その人物の蹴りが、その脇腹に炸裂する。
「ぎょへぇぇぇぇ!」
できる夫の父は情けない悲鳴をあげながら、畳の上を転がり倒れこんだ。
やらない夫は、できる夫の父がなくなり、ようやく体を起こすことができた。
「やるお、へん、しゅ……っ!」
やらない夫は、はだけた着物の前を引き寄せながら、涙目で目の前のやる夫を見上げる。
「先生、ご無事ですかおっ!」
「は、はいっ!」
やらない夫は心底、心底、やる夫に惚れ直しながら頷いた。
できる夫の父がよろよろと体を起こそうとしている。
それをみるやいなややる夫はずいっと前に出た。
「この悪漢めが!
これ以上、先生にはさわらせないお!」
やる夫はやらない夫を守るように仁王立ちになって立ちふさがる。
「やる夫、間に合ったか!」
次いですごい剣幕で飛び込んできたのは、できない夫であった。
「!
ああ、比布出編集まで...!」
やらない夫は、二人を心強く思い、体を弛緩させた。
今まで緊張で体が固まっていたのを、やらない夫はやっと自覚したのだ。
「この様子じゃあ、本当に危機一髪だったか。
ああ、間に合ってよかった...!」
やらない夫の姿を見たできない夫は、ほっと胸を撫で下ろしていた。
だが、すぐに厳しい表情に戻り、転がるできる夫の父を睨み付けた。
「いや、こうしてばかりもいられない。
やる夫、そいつ縛り上げて警察に突き出すぞ!」
「!
だ、だめです!
そうしたら、できる夫くんの家は働き手を失ってしまいます!
私はなんともありませんでしたから、どうか穏便に...!」
やらない夫は二人にすがり付き、頭を下げた。
そのやらない夫の姿を見たできる夫の父は、勝ち誇ったような顔で、やらない夫を指差した。
「お、俺は、美筆先生に愛情を示していただけで、こんな仕打ちを受けるいわれは...!
それに、ほれみろ!
美筆先生が、俺のために頭を下げてくれてるだろう!
俺のことを好いてくれている証拠だ!」
できる夫の父の言葉にやる夫は盛大にため息をついたあと、腰にてを当てて怒鳴り付けた。
「バカいうんじゃないお。
この変質勘違い男!
美筆先生が頭を下げてまで守ろうとしているのは、あんたじゃなくて、塾にきているできる夫くんだお!
寝ぼけたこといってんじゃねえお!」
やる夫の言葉に、できない夫も頷く。
「そうそう、それに。
先生にはもう、先約がいる。
あんたが割り込む余地はどこにもねえんだよ。
身の程わきまえな。
この不倫野郎。」
仏を守る不動明王のように、左右からやらない夫を守るように立つやる夫とできない夫。
その迫力に、できる夫の父は気圧された。
「美筆先生に免じて、今回は許してやるお。
だけど、次はないお。」
「次ぃ先生に近づいて何かしてみろ。
旅順仕込みの拷問を見せてやる。」
もと兵隊の二人に凄まれては、できる夫の父などひとたまりもない。
「ひぃぃぃぃぃ!」
できる夫の父は、一目散に駆けていき、あっという間に逃げていってしまった。
「ちっ、根性のない野郎だ。」
できない夫は苦々しげにいいはなった。
「先生は、お怪我はなかったですかお?
お医者を呼びますかお?」
やる夫は心配そうにやらない夫を覗き込む。
「いえ、大丈夫です...。」
「だけど、顔色は悪いな。
やる夫、先生を居間に運んで休んでいただこう。」
「確かに、それがいいおね。」
二人は頷くと、やらない夫を労りながら、居間のほうへ案内した。
座布団に座らせられ、暖かい白湯をひとくちのんで、やらない夫はようやく落ち着いた気がした。
「お二人とも、ありがとうおざいました。
お二人がきていなかったらいったいどうなっていたことか。
お二人は恩人です。
しかし、どうして私の危機に合わせたようにお越しになられたのですか?
偶然でしょうか?」
「いや。
ちょっと淡雪講社のほうも、ちょっと大変なことになっていまして。」
「それで、まずいってんで、急遽我々が飛んできた次第でしてお。」
「はぁ...。」
少しつかれた顔をするやる夫とできない夫の姿に、やらない夫は首をかしげる。
「淡雪講社の一大事と、私が襲われているところに駆けつけられたという話が繋がらないのですが。」
「それはですおね...。」
やる夫とできない夫はチラッと顔を見合わせたあと、ことの経緯を話し始めたのだった。
★★★★
少し時間は遡る。
その日の朝のこと、淡雪講社のでっていうのデスクの上はとんでもない騒ぎになっていた。
「なななななな、なんだこの手紙の数は!」
会社の上層部にあたるでっていうと、オプーナとダディは揃って悲鳴を上げた。
郵便局員が数人がかりで運んできた大きな木箱。
中からでてきたのは全て、やらない夫への老若男女からの恋文だった。
しかも、試しに何枚か開封してみると、そこにあったのはドロドロとした濃く熱い感情の固まりばかりで、爽やかな恋文なんかではなかったのである。
「みんな極端な恋文ばっかり...、しかもまだ郵便局員が運んできやがる!
おい、やる夫、できない夫!
お前ら軍人上がりっていう!
今すぐ美筆先生のところに行ってしばらく護衛してくれ!
こんな片想いこじらせたやつが全国にいたんじゃ、特に変なのもわいて出かねんっていう!」
という英断により、やる夫とできない夫は一路汽車に乗り、駆けつけたということなのであった。
★★★★
「ぜんこくから、てがみ...。」
やらない夫は、思わずポカンと口を開けて驚いてしまった。
もちろん、やらない夫とて応援の手紙や嬉しい感想をもらったことは何度もある。
しかし、大きな木箱に満載された手紙など、見たことも聞いたこともない。
やらない夫はそこまで反響があることに、内心すごく嬉しく思ってしまってもいた。
「作品が好きだっていってくれる人は大歓迎ではあるけど、あんなネジがぶっとんだ手紙をおくられちゃったらな。」
「そ、そこまでですか。
いったいどんな内容が?」
「あー、好きだっていう感情を真っ赤なインクで書きなぐったようなのとか、結ばれなかったら一緒に死のうみたいなこと書いてあるやつとか、先生のことを迎えにいくとか、先生が男と知ってか知らずか女性のように口説く恋文とか、あとは...。」
「性的に気持ちよくして天国を見せてあげるみたいな気持ち悪いのもあったお。」
「ひい。」
やらない夫が青くなって体をすくませる。
「そんなんだらけでしてお...。」
「というわけで、あまりに危険なので、我々がしばらく交代で護衛することになりました。
申し訳ないのですが...。」
「しばらく、夜はどっちかが泊まり込みますお。」
「へぉ...?!」
現実味がもてずに気軽に頷いていたやらない夫は、突然のやる夫の爆弾発言に思わず悲鳴が盛れていた。
「できない夫が先生に何かしないか心配だお。」
「俺は紳士なの!
ちゃんと先生が了承してくれるまで、手は出さねえよ!」
「案外、律儀だおね」
やる夫とできない夫が、机の反対側で言い合いをするのを、やらない夫はゆらゆら揺れながら聞いていた。
自分が大好きな人と、自分を好きだといってくれている人、その双方が、代わり番こに泊まりに来る。
それも毎日毎日。
「それはもはや、同棲みたいなものなのでは...?」
思い当たった時、やらない夫は顔を赤くしながら後ろにひっくり返ったのであった。
最凶にして最愛のただ一人の君に捧ぐ
つづく
やらない夫の口から、か細い悲鳴が漏れる。
あと少しと希望を込めて思いきり伸ばした腕は、むなしくも掴まれて、引き戻されてしまった。
もがけども、普段農作業で鍛えられた腕力の前にどうすることもできない。
(わ、私はこのまま、
好きになった人でも、告白された人でもない、一、二回しか面識のない人に、手込めにされてしまうっていう..?
そんな、嫌だ!
でも、畳に押し付けられて、動けない..。
助けて、やる夫編集、できない夫編集、私、このままでは...!)
体を丸め、少しでも抵抗を試みるが、そんなものは相手の力の前には無力だった。
できる夫の父の手が、やらない夫の着物の合わせ目から、中に侵入を試みる。
「!!」
やらない夫は、総毛立ちながら押し返そうと、その手を掴んだ。
「やめて……!」
「受け入れてくれりゃあ、いくらでも……!」
やらない夫の細い腕が、太い腕を止め切れずぷるぷると震える。
「先生の肌は白くてきれいだなぁ?」
「ひぃ……!見ないでくださ……っ!」
やらない夫の着物の合わせが広げられ、素肌に外気が触る。
もうダメだ、そんな時だった。
「この、悪漢がぁぁぁぁぁぁぁ!」
突然、玄関側の障子が開け放たれ、飛び込んできた何者かがあった。
できる夫の父が反応するよりも早く、その人物の蹴りが、その脇腹に炸裂する。
「ぎょへぇぇぇぇ!」
できる夫の父は情けない悲鳴をあげながら、畳の上を転がり倒れこんだ。
やらない夫は、できる夫の父がなくなり、ようやく体を起こすことができた。
「やるお、へん、しゅ……っ!」
やらない夫は、はだけた着物の前を引き寄せながら、涙目で目の前のやる夫を見上げる。
「先生、ご無事ですかおっ!」
「は、はいっ!」
やらない夫は心底、心底、やる夫に惚れ直しながら頷いた。
できる夫の父がよろよろと体を起こそうとしている。
それをみるやいなややる夫はずいっと前に出た。
「この悪漢めが!
これ以上、先生にはさわらせないお!」
やる夫はやらない夫を守るように仁王立ちになって立ちふさがる。
「やる夫、間に合ったか!」
次いですごい剣幕で飛び込んできたのは、できない夫であった。
「!
ああ、比布出編集まで...!」
やらない夫は、二人を心強く思い、体を弛緩させた。
今まで緊張で体が固まっていたのを、やらない夫はやっと自覚したのだ。
「この様子じゃあ、本当に危機一髪だったか。
ああ、間に合ってよかった...!」
やらない夫の姿を見たできない夫は、ほっと胸を撫で下ろしていた。
だが、すぐに厳しい表情に戻り、転がるできる夫の父を睨み付けた。
「いや、こうしてばかりもいられない。
やる夫、そいつ縛り上げて警察に突き出すぞ!」
「!
だ、だめです!
そうしたら、できる夫くんの家は働き手を失ってしまいます!
私はなんともありませんでしたから、どうか穏便に...!」
やらない夫は二人にすがり付き、頭を下げた。
そのやらない夫の姿を見たできる夫の父は、勝ち誇ったような顔で、やらない夫を指差した。
「お、俺は、美筆先生に愛情を示していただけで、こんな仕打ちを受けるいわれは...!
それに、ほれみろ!
美筆先生が、俺のために頭を下げてくれてるだろう!
俺のことを好いてくれている証拠だ!」
できる夫の父の言葉にやる夫は盛大にため息をついたあと、腰にてを当てて怒鳴り付けた。
「バカいうんじゃないお。
この変質勘違い男!
美筆先生が頭を下げてまで守ろうとしているのは、あんたじゃなくて、塾にきているできる夫くんだお!
寝ぼけたこといってんじゃねえお!」
やる夫の言葉に、できない夫も頷く。
「そうそう、それに。
先生にはもう、先約がいる。
あんたが割り込む余地はどこにもねえんだよ。
身の程わきまえな。
この不倫野郎。」
仏を守る不動明王のように、左右からやらない夫を守るように立つやる夫とできない夫。
その迫力に、できる夫の父は気圧された。
「美筆先生に免じて、今回は許してやるお。
だけど、次はないお。」
「次ぃ先生に近づいて何かしてみろ。
旅順仕込みの拷問を見せてやる。」
もと兵隊の二人に凄まれては、できる夫の父などひとたまりもない。
「ひぃぃぃぃぃ!」
できる夫の父は、一目散に駆けていき、あっという間に逃げていってしまった。
「ちっ、根性のない野郎だ。」
できない夫は苦々しげにいいはなった。
「先生は、お怪我はなかったですかお?
お医者を呼びますかお?」
やる夫は心配そうにやらない夫を覗き込む。
「いえ、大丈夫です...。」
「だけど、顔色は悪いな。
やる夫、先生を居間に運んで休んでいただこう。」
「確かに、それがいいおね。」
二人は頷くと、やらない夫を労りながら、居間のほうへ案内した。
座布団に座らせられ、暖かい白湯をひとくちのんで、やらない夫はようやく落ち着いた気がした。
「お二人とも、ありがとうおざいました。
お二人がきていなかったらいったいどうなっていたことか。
お二人は恩人です。
しかし、どうして私の危機に合わせたようにお越しになられたのですか?
偶然でしょうか?」
「いや。
ちょっと淡雪講社のほうも、ちょっと大変なことになっていまして。」
「それで、まずいってんで、急遽我々が飛んできた次第でしてお。」
「はぁ...。」
少しつかれた顔をするやる夫とできない夫の姿に、やらない夫は首をかしげる。
「淡雪講社の一大事と、私が襲われているところに駆けつけられたという話が繋がらないのですが。」
「それはですおね...。」
やる夫とできない夫はチラッと顔を見合わせたあと、ことの経緯を話し始めたのだった。
★★★★
少し時間は遡る。
その日の朝のこと、淡雪講社のでっていうのデスクの上はとんでもない騒ぎになっていた。
「なななななな、なんだこの手紙の数は!」
会社の上層部にあたるでっていうと、オプーナとダディは揃って悲鳴を上げた。
郵便局員が数人がかりで運んできた大きな木箱。
中からでてきたのは全て、やらない夫への老若男女からの恋文だった。
しかも、試しに何枚か開封してみると、そこにあったのはドロドロとした濃く熱い感情の固まりばかりで、爽やかな恋文なんかではなかったのである。
「みんな極端な恋文ばっかり...、しかもまだ郵便局員が運んできやがる!
おい、やる夫、できない夫!
お前ら軍人上がりっていう!
今すぐ美筆先生のところに行ってしばらく護衛してくれ!
こんな片想いこじらせたやつが全国にいたんじゃ、特に変なのもわいて出かねんっていう!」
という英断により、やる夫とできない夫は一路汽車に乗り、駆けつけたということなのであった。
★★★★
「ぜんこくから、てがみ...。」
やらない夫は、思わずポカンと口を開けて驚いてしまった。
もちろん、やらない夫とて応援の手紙や嬉しい感想をもらったことは何度もある。
しかし、大きな木箱に満載された手紙など、見たことも聞いたこともない。
やらない夫はそこまで反響があることに、内心すごく嬉しく思ってしまってもいた。
「作品が好きだっていってくれる人は大歓迎ではあるけど、あんなネジがぶっとんだ手紙をおくられちゃったらな。」
「そ、そこまでですか。
いったいどんな内容が?」
「あー、好きだっていう感情を真っ赤なインクで書きなぐったようなのとか、結ばれなかったら一緒に死のうみたいなこと書いてあるやつとか、先生のことを迎えにいくとか、先生が男と知ってか知らずか女性のように口説く恋文とか、あとは...。」
「性的に気持ちよくして天国を見せてあげるみたいな気持ち悪いのもあったお。」
「ひい。」
やらない夫が青くなって体をすくませる。
「そんなんだらけでしてお...。」
「というわけで、あまりに危険なので、我々がしばらく交代で護衛することになりました。
申し訳ないのですが...。」
「しばらく、夜はどっちかが泊まり込みますお。」
「へぉ...?!」
現実味がもてずに気軽に頷いていたやらない夫は、突然のやる夫の爆弾発言に思わず悲鳴が盛れていた。
「できない夫が先生に何かしないか心配だお。」
「俺は紳士なの!
ちゃんと先生が了承してくれるまで、手は出さねえよ!」
「案外、律儀だおね」
やる夫とできない夫が、机の反対側で言い合いをするのを、やらない夫はゆらゆら揺れながら聞いていた。
自分が大好きな人と、自分を好きだといってくれている人、その双方が、代わり番こに泊まりに来る。
それも毎日毎日。
「それはもはや、同棲みたいなものなのでは...?」
思い当たった時、やらない夫は顔を赤くしながら後ろにひっくり返ったのであった。
最凶にして最愛のただ一人の君に捧ぐ
つづく