【やる&やら】最凶にして最愛のただ一人の君に捧ぐ
年が明けて、大翔十一年。
やらない夫はなかなか忙しい始まりとなった。
企画された特集号のための取材が始まり、密着取材と称して日常を一日中観察されもした。
ずっとみられている、というのは気が張るもので、取材が終わった後、やらない夫は畳の上でごろんと横になりため息をついてしまったほどであった。
だが、それでも締め切りはまってくれない。
幻想華のほうは特集号の結果によって変わるが、青い鳥かごの締め切りは変わらずやってくるのである。
だが、青い鳥かごの原稿の関係だと担当が変わらずやる夫なので、やらない夫は仕事が立て込んでも嬉しく思うほどであった。
忙しくすぎた睦月、寒さに凍えた如月がすぎると、春を感じさせる日のひかりが庭先に差し込むようになってきた。
霜が振る朝がなくなり、固く閉じていた枝先の新芽がもう朝かと目覚めだす。
時分は弥生、冬を堪え忍んだ先にやってくるめぶきの時期であった。
そして、ついに春の特大号として、やらない夫が書いたあの作品が世に送り出されたのであった。
だが当のやらない夫の日常はさほど変わらなかった。
いつものように教鞭にたち、塾が終われば筆をとり小説を紡ぐ。
そうして日常をすごすうちに、そとはすっかり春めくのであった。
★★★
発売日から数日して、息を切らせながら飛び込んできたできない夫は、やらない夫に通されるやいなや、明るい声で言った。
「先生!春の特別号大盛況でしたよ!(ざっしゅざっしゅ)
どこの書店も完売完売で(ざっしゅざっしゅ)、書店からもうないのかと問い合わせがきたぐらいでして!(ざっしゅざっしゅ)」
朝もはよから、やらない夫のところに報告にきたできない夫は、目をキラキラさせながら、両手を広げて、自分のことのように喜んで言った。
言われたやらない夫も、ホット胸を撫で下ろす。
「本当ですか!それはよかった!(ざっしゅざっしゅ)
売れなくてご迷惑になってしまったらどうしようかと。(ざっしゅざっしゅ)」
やらない夫は、柔らかい笑顔を浮かべる。
その笑顔を見たできない夫も、にっこりと笑顔を弾けさせる。
「はい!(ざっしゅざっしゅ)
やはり先生を慕う読者はおおいんですよ!(ざっしゅざっしゅ)」
握りこぶしをしながらできない夫は力説した。
「ふふ、ありがたいことです(ざっしゅざっしゅ)」
それがなんとも頼もしく思ってしまうやらない夫であった。
「……んん(ざっしゅざっしゅ)
だぁぁぁぁぁぁぁ!もう!ざっしゅざっしゅ、ざっしゅざっしゅ、うるっせえなっ!新速出やる夫っ!
今こっちは大事な話してんだよ!
ちったぁ遠慮しやがれってんだっ!」
ついに業をにやしたできない夫は、庭に面して開け放たれた障子から身を乗り出して、庭で子供達と作業中のやる夫に指をさして怒鳴り声をあげた。
やる夫は、庭の隅のほうで鍬を片手に土を耕しているのところだったのだ。
その周りには塾に来ている子供達が集まっており、わいわいと楽しげにやる夫の手伝いをしているのであった。
庭で鍬を振るっていたやる夫は手を止めて、肩に下げた手拭いで汗をふいた。
「おーん?
別にこっちを気にしてくれとはいってないおー。どうぞそっちはそっちでお話ししてくださいお。
こっちはこっちでやってるからお。」
にかにか笑うやる夫は、仕事場にいるときとは全く違い、晴れやかだった。
土いじりが好きなんだなと
誰が見てもわかりそうな顔だ。
「なんでてめえは、ひとんちの庭をいきなり開拓しとんじゃわれ!
先生にご迷惑かけてんじゃないぞ白まんじゅうが!」
できない夫は、やる夫が庭を耕しているのがだいぶ気にくわないのだろう。
指を突きつけて、おもいきり叫んだ。
「そうはいうけどお。
これは先生にもちゃあんと前々から相談してあったことだお。庭に関しちゃ、先生に一任されてんだお!
ねーせんせ!」
やる夫が、できない夫の後ろから現れたやらない夫に確認するように笑いかける。
やらない夫も、にこりと笑い返していた。
「はい。
たしかに庭に関しては自分は全くの素人ですので、見識がある新速出編集と子供達にお願いしたのです。」
やらない夫の言葉を聞いたできない夫は、一瞬ポカンとしたものの、実に悔しげな顔をした。
「ぐぬぬ」
その顔を見たやる夫は、ぷぎゃー状態で指を指す。
「あはは、できない夫のそんな悔しそうな顔初めてみたかもだお!」
「おのれ、白まんじゅうが!」
目をつり上げるできない夫に、やる夫は堂々と胸をはってみせた。
「こちとら、先生とのつきあいは長いんだお~!
悔しいならほれ、できない夫も一緒に土いじりするかお?」
「やらんわ!というかお前、編集としての仕事はどうしたんだ!真面目に仕事しろよ!」
ごもっともな指摘かと思いきや、やる夫の自信は揺らがなかった。
「やる夫は今日ちゃんと休みだもんお。
仕事休んで、ここきてんだお。
有意義な休日の過ごし方だお!」
「公私混同してんじゃねえか!?」
「そら、お互い様ってもんだお!」
どうも今日は、やる夫に部があるらしい。
やる夫とできない夫のやり取りを見ていたやらない夫は、思わず笑みをこぼしてしまった。
「実は、喧嘩するほど仲がいいのでは?」
やらない夫に笑われて、やる夫とできない夫は同時に叫んでいた。
「「そんなことないです(お)!」」
それは息ぴったりで、お互い顔を見合わせてしまうほどであった。
似た者同士は間違いなさそうだ。
「ああ、もう。あの野郎は。
そうだ、先生仕事の話がまだ途中でした。
それでですね。
先生のあの作品、今年度の淡雪講社優秀作品賞の候補に上がりまして。」
「え、本当ですか。」
淡雪講社優秀作品賞とは、その年度内に青い鳥かごと幻想華で掲載された作品のなかで、編集部が選んだ候補作品の中から読者投票により選ばれた一作が得ることができる賞で、年度終わりにある淡雪講社の人気企画であった。
淡雪講社に所属している作家にとっては、編集部の厳しい目で選出されるので、選出自体が大変名誉なことであった。
「それはうれしいな。」
「でしょう!?」
できない夫はにこにこしながら言った。
「今年度は、幻想華と青い鳥かごの両方から選出されるなんて。」
「え」
できない夫の後ろでは、やる夫がおもいきり胸を張っていた。
「ふっふーん、今年度、先生は青い鳥かごから、鬼三部作を発表せてんだお?!
選出されないわけがないだろお!」
「ぐむむむ、新速出やる夫ぉ!」
できない夫は歯軋りしながら、やる夫をにらんだ。
だが、一方のやる夫はどこ吹く風だ。
子供達と一緒に庭を耕している。
「こらあ!
無視こいてんじゃない!」
「お?
なんだお?やるかお?
じゃあこの鍬でどっちが早く耕せるか競争だおー!」
「ああん?!やってやろうじゃねえか。
帝国陸軍の奉仕活動で鍛えた鍬さばき、なめんなよ!?」
できない夫は腕捲りしながら庭に降り、ずんずんとやる夫のほうに歩いていった。
「あはは、あのお二人、何だかんだいい好敵手なんじゃないですか。」
やらない夫は、どことなくほっとしたような顔で、ムキになって言い合う二人を眺めた。
(案外、いい落と所を見つけることができるかもしれない。)
やらない夫はそんな希望を少し胸に抱いた。
しかし、この時点のやらない夫は、まだ知らなかったのである。
淡雪講社優秀作品賞が、今後の波乱の引き金になるということを。
最凶にして最愛のただ一人の君に捧ぐ
続く
やらない夫はなかなか忙しい始まりとなった。
企画された特集号のための取材が始まり、密着取材と称して日常を一日中観察されもした。
ずっとみられている、というのは気が張るもので、取材が終わった後、やらない夫は畳の上でごろんと横になりため息をついてしまったほどであった。
だが、それでも締め切りはまってくれない。
幻想華のほうは特集号の結果によって変わるが、青い鳥かごの締め切りは変わらずやってくるのである。
だが、青い鳥かごの原稿の関係だと担当が変わらずやる夫なので、やらない夫は仕事が立て込んでも嬉しく思うほどであった。
忙しくすぎた睦月、寒さに凍えた如月がすぎると、春を感じさせる日のひかりが庭先に差し込むようになってきた。
霜が振る朝がなくなり、固く閉じていた枝先の新芽がもう朝かと目覚めだす。
時分は弥生、冬を堪え忍んだ先にやってくるめぶきの時期であった。
そして、ついに春の特大号として、やらない夫が書いたあの作品が世に送り出されたのであった。
だが当のやらない夫の日常はさほど変わらなかった。
いつものように教鞭にたち、塾が終われば筆をとり小説を紡ぐ。
そうして日常をすごすうちに、そとはすっかり春めくのであった。
★★★
発売日から数日して、息を切らせながら飛び込んできたできない夫は、やらない夫に通されるやいなや、明るい声で言った。
「先生!春の特別号大盛況でしたよ!(ざっしゅざっしゅ)
どこの書店も完売完売で(ざっしゅざっしゅ)、書店からもうないのかと問い合わせがきたぐらいでして!(ざっしゅざっしゅ)」
朝もはよから、やらない夫のところに報告にきたできない夫は、目をキラキラさせながら、両手を広げて、自分のことのように喜んで言った。
言われたやらない夫も、ホット胸を撫で下ろす。
「本当ですか!それはよかった!(ざっしゅざっしゅ)
売れなくてご迷惑になってしまったらどうしようかと。(ざっしゅざっしゅ)」
やらない夫は、柔らかい笑顔を浮かべる。
その笑顔を見たできない夫も、にっこりと笑顔を弾けさせる。
「はい!(ざっしゅざっしゅ)
やはり先生を慕う読者はおおいんですよ!(ざっしゅざっしゅ)」
握りこぶしをしながらできない夫は力説した。
「ふふ、ありがたいことです(ざっしゅざっしゅ)」
それがなんとも頼もしく思ってしまうやらない夫であった。
「……んん(ざっしゅざっしゅ)
だぁぁぁぁぁぁぁ!もう!ざっしゅざっしゅ、ざっしゅざっしゅ、うるっせえなっ!新速出やる夫っ!
今こっちは大事な話してんだよ!
ちったぁ遠慮しやがれってんだっ!」
ついに業をにやしたできない夫は、庭に面して開け放たれた障子から身を乗り出して、庭で子供達と作業中のやる夫に指をさして怒鳴り声をあげた。
やる夫は、庭の隅のほうで鍬を片手に土を耕しているのところだったのだ。
その周りには塾に来ている子供達が集まっており、わいわいと楽しげにやる夫の手伝いをしているのであった。
庭で鍬を振るっていたやる夫は手を止めて、肩に下げた手拭いで汗をふいた。
「おーん?
別にこっちを気にしてくれとはいってないおー。どうぞそっちはそっちでお話ししてくださいお。
こっちはこっちでやってるからお。」
にかにか笑うやる夫は、仕事場にいるときとは全く違い、晴れやかだった。
土いじりが好きなんだなと
誰が見てもわかりそうな顔だ。
「なんでてめえは、ひとんちの庭をいきなり開拓しとんじゃわれ!
先生にご迷惑かけてんじゃないぞ白まんじゅうが!」
できない夫は、やる夫が庭を耕しているのがだいぶ気にくわないのだろう。
指を突きつけて、おもいきり叫んだ。
「そうはいうけどお。
これは先生にもちゃあんと前々から相談してあったことだお。庭に関しちゃ、先生に一任されてんだお!
ねーせんせ!」
やる夫が、できない夫の後ろから現れたやらない夫に確認するように笑いかける。
やらない夫も、にこりと笑い返していた。
「はい。
たしかに庭に関しては自分は全くの素人ですので、見識がある新速出編集と子供達にお願いしたのです。」
やらない夫の言葉を聞いたできない夫は、一瞬ポカンとしたものの、実に悔しげな顔をした。
「ぐぬぬ」
その顔を見たやる夫は、ぷぎゃー状態で指を指す。
「あはは、できない夫のそんな悔しそうな顔初めてみたかもだお!」
「おのれ、白まんじゅうが!」
目をつり上げるできない夫に、やる夫は堂々と胸をはってみせた。
「こちとら、先生とのつきあいは長いんだお~!
悔しいならほれ、できない夫も一緒に土いじりするかお?」
「やらんわ!というかお前、編集としての仕事はどうしたんだ!真面目に仕事しろよ!」
ごもっともな指摘かと思いきや、やる夫の自信は揺らがなかった。
「やる夫は今日ちゃんと休みだもんお。
仕事休んで、ここきてんだお。
有意義な休日の過ごし方だお!」
「公私混同してんじゃねえか!?」
「そら、お互い様ってもんだお!」
どうも今日は、やる夫に部があるらしい。
やる夫とできない夫のやり取りを見ていたやらない夫は、思わず笑みをこぼしてしまった。
「実は、喧嘩するほど仲がいいのでは?」
やらない夫に笑われて、やる夫とできない夫は同時に叫んでいた。
「「そんなことないです(お)!」」
それは息ぴったりで、お互い顔を見合わせてしまうほどであった。
似た者同士は間違いなさそうだ。
「ああ、もう。あの野郎は。
そうだ、先生仕事の話がまだ途中でした。
それでですね。
先生のあの作品、今年度の淡雪講社優秀作品賞の候補に上がりまして。」
「え、本当ですか。」
淡雪講社優秀作品賞とは、その年度内に青い鳥かごと幻想華で掲載された作品のなかで、編集部が選んだ候補作品の中から読者投票により選ばれた一作が得ることができる賞で、年度終わりにある淡雪講社の人気企画であった。
淡雪講社に所属している作家にとっては、編集部の厳しい目で選出されるので、選出自体が大変名誉なことであった。
「それはうれしいな。」
「でしょう!?」
できない夫はにこにこしながら言った。
「今年度は、幻想華と青い鳥かごの両方から選出されるなんて。」
「え」
できない夫の後ろでは、やる夫がおもいきり胸を張っていた。
「ふっふーん、今年度、先生は青い鳥かごから、鬼三部作を発表せてんだお?!
選出されないわけがないだろお!」
「ぐむむむ、新速出やる夫ぉ!」
できない夫は歯軋りしながら、やる夫をにらんだ。
だが、一方のやる夫はどこ吹く風だ。
子供達と一緒に庭を耕している。
「こらあ!
無視こいてんじゃない!」
「お?
なんだお?やるかお?
じゃあこの鍬でどっちが早く耕せるか競争だおー!」
「ああん?!やってやろうじゃねえか。
帝国陸軍の奉仕活動で鍛えた鍬さばき、なめんなよ!?」
できない夫は腕捲りしながら庭に降り、ずんずんとやる夫のほうに歩いていった。
「あはは、あのお二人、何だかんだいい好敵手なんじゃないですか。」
やらない夫は、どことなくほっとしたような顔で、ムキになって言い合う二人を眺めた。
(案外、いい落と所を見つけることができるかもしれない。)
やらない夫はそんな希望を少し胸に抱いた。
しかし、この時点のやらない夫は、まだ知らなかったのである。
淡雪講社優秀作品賞が、今後の波乱の引き金になるということを。
最凶にして最愛のただ一人の君に捧ぐ
続く