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【やる&やら】最凶にして最愛のただ一人の君に捧ぐ

「先生、その時から、お会いしたかった!
作品の熱心な愛好者を通り越して、先生、貴方ご自身を、心よりお慕い申し上げております!

つきましては、お許しいただけるのであれば、この不肖、比布出できない夫と、お付き合いいただないでしょうかっっっっっっ!」

「「えええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!???????」」

できない夫の告白に、すっとんきょうな悲鳴をあげたやる夫と、やらない夫。
一瞬、空白の時間が流れたあと。

「ふ、ふぇぇぇぇぇ…。」

あまりの衝撃だったのか、やらない夫はそのままふらふらぱたりと倒れてしまった。

「ああ!美筆先生ぇぇぇぇぇぇ!
で、できない夫っ!
お前、なんてことを!」

やる夫はにわかに立ち上がり、やらない夫が目を回しているのを見たやいなや、キッとできない夫を睨み付けた。

だが、当のできない夫のほうは、体を起こして、困った顔をして頭を掻いているばかりであった。

「しまったなあ。
先生ってば、お答えいただくまえに倒れてしまわれた…。」

のんきそうに言うできない夫に、やる夫はかっとなって怒鳴っていた。

「ん、てめっ!
あんなこと言われたら誰だって、衝撃受けるおっ!
ましてや、先生は繊細だっていってあったじゃないかお!なのにっ!
どういう要件で、あ、あんなこと!」

やる夫の言葉に一瞬きょとんとしたできない夫だったが、つづけた言葉は自信にあふれたものだった。

「そりゃあそうだが。
だけど、俺はあの作品を担当すると決まったときから、告白すると腹に決めた。
言わないなんて選択肢はなかったんだよ。」

さも当然とばかりの様子のできない夫に、やる夫のほうがあっけにとられてしまうほどだった。

「んなぁ…っ!
じゃ、ずっと機嫌良かったのは…」

「そういうこった。
お会いできる、担当になれる。告白できる。
これ以上、男として心踊ることがあるかい?」

にかりと笑みをこぼしたできない夫はとても満足気であった。

「こんなことになるなら、連れてくるんじゃなかったお…。」

聞いたやる夫の方、は困り果てたというように、頭をかかえてため息をつくしかなかった。

「?
いや、なんでやる夫が困るんだよ。
これは俺と先生の問題で、お前は関係ないだろう?
ああ、筆が乗ってきたところに、茶々をいれるなってことかい?」

できない夫は、やる夫の態度に首をひねる。

やる夫はため息を隠さず言うが、歯切れは悪い。

「それも、あるけどお…。」

できない夫は、やる夫の態度を不思議そうに眺めていたが、何かピンときたようで、突然にやりと笑った。

「あぁあ、なるほどぉ?」

「な、なんだお?そのかおは…。」

できない夫はにやりと笑ったまま、ずいと身をのりだし、やる夫の胸にトンと指をおいた。
それは置かれただけにも関わらず、標本の虫を止めるピンのように、やる夫の体をその場に縫い留めてしまったかのようであった。

笑ったできない夫は、さして強くもない口調で、しかし、確信を得たような口調で、やる夫の、目を見つめ、言い放った。

「新速出やる夫。お前、もしや、先生に恋してたか?」

やる夫は、目を見開く。

「は………!?」

やる夫は妖怪を見たような顔で、できない夫の顔を見る。
できない夫の顔には影がかかり、まさに妖艶な鬼か妖怪かのようなのである。

「な、な、そ、んな、ば、かなこと、なんか…っ」

やる夫は盛大に口ごもる。
馬鹿なと頭でこだまする。
自分でも名前がつかなかった気持ちに、いきなり名前がついてしまった。
やらない夫に対して抱いて気持ちは、尊敬ではなく、甘い恋心だったのか?
やる夫は今まで恋らしい恋というものを体験してこなかった。恋は、紙の世界でしかなかったものだった。
未知であった。
そのせいなのか、やる夫の世界が、ぐらりとゆらぐ。

「ええええ、じ、じぶ、やる、やる夫は…。」

やる夫は、あわあわと狼狽えて目をそらした。
せっかく昔、強制した一人称が戻るほどに、混乱を極めた。
そんな様子のやる夫を見て、できない夫は、はんと鼻で笑った。

「ふん、人を殺したことがない兵隊あがりが。覚悟がなっちゃいないね。」

「な、そ、それとこれとは…」

妖怪はさらにやる夫の心に踏み込み、嘲笑う。

「惚れた人がいたならば、なぜ、伝えなかった。
明日(あす)とも知れぬその命、先生のために何故、燃やさない?」

「……っっ!」

妖怪の目は、できない夫の目は、やる夫を射殺さんと輝いた。

くたり、と腰が抜けたやる夫は、だらだらと冷たい汗が背中を流れていくのを感じた。

確かに、あの雪の夜に助けてもらい、強烈に心を揺さぶられる小説を読んだ時、ともに白湯を飲んだ時、外に出て雪の中を歩いた時、円満亭で食事をした時、雪のなかで倒れた彼を運んだ時、原稿を胸に抱え、雪道を急いだ時、心はあんなに浮かれていた。

わかろうと思えば答えなど安易に導き出せただろうに。

「貴様みたいな腰抜けに、先に先生をとられてなくて良かったよ。
先生は、俺が守る。俺が愛する。
俺のものだ。」

「す、すぇんせぇがっ!
先生が、お前を、え、ぇ、選ぶ、とは!
限らない、だお!」

やる夫は最後の抵抗とばかりに、声を絞り出した。

「たしかに。
先生に振られてしまうことも考えられる。
そりゃそうだ。
だがな、何故一度であきらめなきゃならない?
先生にフラれたら…、認められる男になればいいんだ。
何度も何度も挑戦して、この心うちを知ってもらう。
俺を知ってもらう。
そして、好きになってもらえばいいんだ。そうじゃないかい?」

「…っ」

なんて一本気のある男だろうか、自分にそんな真似できるだろうか。
やる夫は一瞬自信がなくなった。
妖怪はさらにそこを突いてくる。

「俺は本気だ、新速出やる夫。
どうした、もしお前が先生好きだというのなら。
もし、先生を好きでものにしたいなら、貴様も、本気でくるんだな!
俺を押しのけて、先生を奪いに来い、それができなければ、お前は半人前の兵隊上がりの腰抜けだ!」

できない夫は、すでに所有者であるかのように、くたりと眠るやらない夫の頬を撫でながら言った。

「いや、でも、自分、やる夫は、え、え、やる夫は、せん、先生、を愛して、えええ愛してるのかお?」

やる夫はいまだ混乱が収まらずぐるぐると目を回す。

「ちっ!これだから童貞は。」

聞いたできない夫は、まるで吐き捨てるかのように言い放つのであった。

「ん…?」

そんなとき、小さなうめき声が二人の耳に届いた。

ハッとして視線を向けると、やらない夫がしぱしぱと瞬きを繰り返し、畳の上で目を覚ましたところだった。

「あ、先生、御無事・・・。」

やる夫がほっとした声色で声をかけたが、それを遮ってできない夫が、ずずいっと前に出て視線を遮った。

「先生、目が覚めましたか、驚かせてしまい、申し訳ありませんでした。
お加減はいかがでしょうか、お水でもお持ちいたしましょうか。」

やらない夫は、身を乗り出してきたできない夫に驚いた顔をしたが、大丈夫だと返した。

「えと、あの、ちょっと記憶が混同しておりまして、あの、私は、どうしたのでしたっけ。」

「はい、自分のお付き合いの申し出に混乱したのか、お倒れになってしまいまして。」

「はう、夢じゃなかったぁ・・・!」

やらない夫は、再び倒れそうになったが、今回は耐えられたようで、少しのけぞっただけであった。

「それで、先生、早速ですが、お返事をお聞かせ願いませんでしょうか。」

できない夫は、目をキラキラさせながらやらない夫に詰め寄る。
やらない夫の方は、少し目を泳がせた。

「あの、えと。」

「自分とお付き合いをいただけるか、ということに対しての答えいただけませんでしょうか。」

「う、うう、お、おつき、あいですか。」

やらない夫の目が、すい、と動いて、できない夫の後ろで座るやる夫を探した。
できない夫の腕と体のわずかなスキから、見えたやる夫の姿。
だがそれはやらない夫がいつも思いを寄せているやる夫とは程遠い、自信を無くした姿であった。

その姿を垣間見たやらない夫はやる夫を心配するとともに、自分の気持ちがやる夫のなにかの迷惑になってしまったのではないかと悲しくなった。
だが、やらない夫が好きなのは、やる夫だった。

あの秘密にしていた小説は、最凶にして最愛のための作品なのだと、声高に叫べたら、どんなにか。
だが、やらない夫は他人からこんなにも熱烈に求められたのは初めての体験だった。
なんて返したらよいか、博識な彼の辞書にも記載はなかったのである。

「す、すみません。
比布出編集。
私は、今、自分がどう思っているのかわかりかねます。
ですので、あなたのお気持ちには、お答えしかねます。
ご、ごめんなさい。」

やらない夫の言葉に、大抵のものはへこたれることであろう。
だが、比布出できない夫はそんなことなかった。

「なるほど、たしかに、今日初めてちゃんとお顔を合わせてお話したのですから、先生が自分の人となりをご存じないのは当然。
それでいきなり、お付き合いをなどと不安になって当然です。
それでは、自分がいかに先生を思っているか、しかとお分かりいただきましょう。
それからまた、お伺いいたします。
自分とお付き合いいただけるかと、ね」

できない夫は、すっと体を引き、軽快に笑いながら立たずまいを直した。

「新速出編集・・・。」

やらない夫は心配げに、やる夫を見たが、やる夫の方はじっと下を見てうつむいたままであった。

「さて、何はともあれこれからです。
よろしくお願いいたしますよ。先生。」

できない夫は、にこりと笑う。

やらない夫は、恋がまた所帯なさげに宙に浮くような気持になり、彼自身、その気持ちがどこに流されていってしまうのか、わからなくなってしまった。
春は来るのは、いつになろうか。
やらない夫は、わからなくなるのであった。

最凶にして最愛のただ一人の君に捧ぐ
つづく
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