【やる&やら】最凶にして最愛のただ一人の君に捧ぐ
「…というわけでっ!
うちの雑誌で取り扱えないでしょうかお!」
どん!と音をたてるほどに両手を机について、やる夫はこれでもかと身を乗り出していた。
時間は午前中、場所は、淡雪講社の会議室である。
やる夫の目の前の机を挟んだ向こう側には、三人の人物が座っていた。
一人目は、やる夫の直の上司である、斎藤(さいとう)オプーナ。
オプーナは、淡雪講社の児童向け雑誌である、青い鳥かごの編集長である。
二人目は、天月(あまつき)ダディ。
こちらの彼は、淡雪講社の青少年向け雑誌、幻想華の編集長だ。
三人目は、小杉(こすぎ)でっていう。
彼は淡雪講社の社長にして、総合編集長であった。
やる夫と三人は、淡雪講社の会議室にて頭を付き合わせているのであった。
そして、その卓上には、美筆やらない夫の秘蔵の原稿があったのである。
口を開いたのはまず、オプーナであった。
「ひととおり、ざっと読ませてもらった。
たしかに素晴らしい作品だ。
だが、残念だが、やはり青い鳥かごに出すには対象年齢が合わないな。」
わかっていたとはいえ、もともと【青い鳥かご】の編集であるやる夫は内心がっかりしてしまった。
うまくいけば、青い鳥かごで、やる夫が担当のまま掲載にこぎ着けるという淡い期待もあったのだが。
次に口を開いたのは、ダディであった。
「うちの幻想華でなら、対象年齢もぴったりだし、作品自体の完成度も高くて、俺としては喜んで載せたい。
ただ、ページの空きがな…。」
困り顔でダディは腕を組んだ。
雑誌において、ページ数というものはそう簡単に変えられるものではない。
それは値段に直結してしまうし、製本の制約で一度増やそうとすれば一気に16ページも増えてしまうのだ。
気軽に増やせるものではない。
最後に、話を聞いていたでっていうが口を開いた。
「うん、確かに、この作品はぜひ載せたいっていう。
だけど残念ながら、やる夫くんの担当している青い鳥かごじゃなくて、幻想華だな。」
でっていうの言葉に、やはり内心がっかりしたが、やらない夫の作品が世に出る好機を逃すわけにはいかない。
「そっ!それで構わないですおっ!ぜひとも世にこの作品を発表したいんですお!」
やる夫の言葉に、でっていうは頷いた。
「よし、じゃあ、一旦飯休憩にしよう。
午後イチからまた細かい打ち合わせをしていこうじゃないかっていう。
やる夫君もそれでいいかい?」
「は、はいですお!
それで!」
「よし、きまり。
じゃあ、また午後イチにきてくれ。
俺たちはもうちょい話してから休憩するから、やる夫くんは先に休憩はいんな。」
「ありがとうございますお!
そ、それでは一旦失礼いたしますお!」
やる夫は、勢いよくあたまを下げてから会議室を出た。
(やった!やったぁ!
先生の作品、雑誌にのるんだお!
幻想華だから、あの原稿の作品関われないけど、先生の価値がみとめられたってことだお!!先生!万歳!)
やる夫は、字のごとく浮き足だちながら、廊下をあるいていった。
しばしたち、食事を済ませてきたやる夫は、早足で再び会議室に戻ろうと廊下を急いだ。
「お待たせいたしましたおっ!
新速出、戻ってまいりましたお!」
意気揚々と扉をあけると、そこには先ほどの三人の他にもう一人待っている人物がいた。
会議室の椅子の一つに座り、例の原稿を読んでいたが、やる夫に気づいたのか顔を挙げた。
「よう、やる夫。」
「んげ…っ、で、できない夫!」
そこにいたのは、比布出(ひふで)できない夫。
やる夫の同期の、幻想華の編集担当のメンバーであった。
「そんな嫌そうな顔するなよ。
仲良くやろうぜ?やる夫」
にやりと笑ったできない夫だったが、心は既に作品へ没入しているらしく、視線はすぐに原稿へ帰っていった。
「幻想華での担当は、比布出君だ。
新速出君、彼を先生に紹介してくれ。」
幻想華編集長のそう言われては、やる夫は断れない。
やる夫は渋々ながら頷くしかなかった。
★★★
そんなこんなで、やる夫とできない夫の二人は汽車に乗りこみ、二駅先の三ノ巣を目指すこととなった。
先日の雪は、もう北側の影にすこし残る程度に溶けていて、列車の運行は滞りない。
ボックス席に向かい合って座り、できない夫はずいぶん上機嫌、一方のやる夫は少々複雑な面持ちであった。
「いやぁ、感激だ。
これから美筆先生にお会いできるなんてな。
心踊るよ。」
「な、なんか、浮かれてるおね。」
「そりゃあ、もちろん。
俺、美筆先生にお会いできるんじゃないかって下心もあって淡雪講社に就職したんだからな。
念願かなうとなれば、浮かれもするさ。」
それを聞いたやる夫は、ますます複雑な顔をした。
「そんな顔するなよ。
前にもいっただろう?
俺、美筆先生の作品大好きなんだよ。
いままで出版されたやつは、だいたい持ってるくらいだぜ?
それが、担当者になれるなんて、こんなに嬉しいことはねぇな。
しかも、あの幻想華に載せる予定の原稿…。
珠玉の作品に関わらせて貰えるなんてなぁ…。」
できない夫は半分独り言のようにいいながら、うっとりとため息をついた。
窓のそとは冬の田園風景が広がっていたが、彼の目には桃源郷の花畑にでも見えているのかもしれない。
「それで?
実際のところ、美筆先生ってどんな方だ?」
「大変頭のいい、優しくて穏やかな人だお。
塾を開講していて、子供たちにもすごく懐かれていて…。
博識だし、物腰は上品だし。
ちょっと体は弱いところもあるけど、昔ほどではないって聞いたお。
ちょっとまえまで月一でアップアップしてたけど、最近は筆が乗ってきてて、調子が上がってきてるんだお。」
「ふぅん、いいじゃん、いいじゃん。
お会いするのが、本当に楽しみだなー。」
鼻歌さえ歌いそうな雰囲気で、できない夫はニコニコ笑う。
二人は二駅分列車にゆられたあと、無事に三ノ巣の駅に降りたった。
「できない夫、こっちだお。」
「おう。」
やる夫の案内で、できない夫は街の中を進む。
道順を覚えるためか、できない夫は少しキョロキョロとあたりを見渡しながら歩いていた。
「もう先に連絡はしておいたから、すぐお会いできると思うんだけどお。
あ、あそこだお。あの突き当たりの角のお家だお。」
「おお!あそこか!」
やる夫が美筆塾の看板がさがる家を指さすと、できない夫はすぐさま身だしなみを確認し始めた。
小さな手鏡を取り出して、ネクタイが曲がっていないかと確認さえしていた。
「念入りだおね。」
「とぉーぜん。さて、準備は整った!
いざ!」
できない夫は、るんたったと足取り軽く美筆家に歩いていく。
やる夫はその隣を、あまり気乗りしない顔で歩いていった。
「ごめんください、ご連絡していた新速出です。」
『あ、はい、お待ちしてました!
新速出編集!』
やる夫が声をかけると、すぐさまやらない夫の声がかえってきた。
きっと今か今かと待ちわびていたのであろう。
やらない夫の顔が現れた時、やる夫の顔は一瞬にしつパッと明るくなったが、すぐにずいと前に体を押し込んでくるものがあり、視界は遮られた。
「美筆やらない夫先生!
初にお目にかかります!
自分は、比布出できない夫!
よろしくお願いいたします!」
できない夫は勢いよく、深々と頭を下げた。
やらない夫は少々その勢いに押されぎみながらも、笑みを浮かべた。
「寒い中を遠路はるばるありがとうございます。どうぞ、中へおはいりください。」
「はいっ!
ありがとうございます!」
「み、みたことないくらい、溌剌(はつらつ)としてるおね…。」
居間に通された二人は、美筆と座卓を挟んで向かい合って座った。
二人の前にはお茶が置かれ、やる夫はさっそく経緯を説明した。
「…という訳でして、預からせていただいた原稿は、青年向け雑誌の幻想華に掲載することになったんですお。
こちら、淡雪講社の、幻想華担当編集、比布出できない夫ですお。」
やる夫に紹介され、できない夫は一つお辞儀をしてから自己紹介をはじめた。
「美筆やらない夫先生、初めてお目にかかります。
ご紹介いただきました、比布出できない夫ともうします。
淡雪講社では、青年向け雑誌の幻想華の担当をさせていただいております。」
「ご丁寧にどうもありがとうございます。
比布出できない夫編集。
作品のほう、よろしくお願いいたします。」
「はい!それはもう、間違いなく!
あれは間違いなく、人の心を打つ作品です!
大船に乗ったツモリでいてください!」
できない夫は、どんと胸を叩いて見せた。
「そこまで言ってくださってありがとうございます。
あの作品は私も深い思い入れがある作品なので、安心してあずけられます。」
やらない夫も、そんなできない夫に信頼を寄せたようだった。
そんな雰囲気のなか、できない夫はふと顔を曇らせた。
「俺、実は従軍経験がありまして。」
それを聞いたやらない夫は、ハッとした顔をした。
「そうでしたか。お勤めお疲れ様でございます。」
やらない夫の言葉に、できない夫は頭を下げた
。
「ありがとうございます。
世界大戦時は、大陸にも出兵いたしました。
戦は誉れと国はうたいますが…。
戦場はひどいものでした。
先ほどまで共に飯をくっていたやつが、凶弾に倒れ、先ほどタバコの火を共有したやつが、銃剣で刺突されて死んでいくのです。」
できない夫は、とても悲しげだった。
「戦争が終わり、復員したものの、どんな仕事も長続きしませんでした。
いつも、戦争の景色を思い出してしまうんです。
警告が聞こえた気がして、なんど夜中にとびおきたか。」
「それは、お辛かったですね…。」
やらない夫も悲しげな表情になる。
しかし、そこでいきなりできない夫の顔は明るさを取り戻した。
「そんなとき、転機が訪れたんです!
本屋でたまたま、先生のご本を手に取りまして、それで、気持ちが洗われたんです!
世界はこんなにも美しいものがあるって思い出させていただいたのは、まぎれもなく、先生の作品によるものでした!」
できない夫はバッと座卓の横に回り込み、手のひらをしっかり畳につけ、がばりと頭を下げた。いわゆる土下座である。
「先生、その時から、お会いしたかった!
作品の熱心な愛好者を通り越して、先生、貴方ご自身を、心よりお慕い申し上げております!
つきましては、お許しいただけるのであれば、この不肖、比布出できない夫と、お付き合いいただないでしょうかっっっっっっ!」
高らかな宣言を聞き呆気にとられたやる夫とやらない夫は、
「「えええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!???????」」
すっとんきょうな悲鳴をあげるしかできなかったのだった。
つづく
うちの雑誌で取り扱えないでしょうかお!」
どん!と音をたてるほどに両手を机について、やる夫はこれでもかと身を乗り出していた。
時間は午前中、場所は、淡雪講社の会議室である。
やる夫の目の前の机を挟んだ向こう側には、三人の人物が座っていた。
一人目は、やる夫の直の上司である、斎藤(さいとう)オプーナ。
オプーナは、淡雪講社の児童向け雑誌である、青い鳥かごの編集長である。
二人目は、天月(あまつき)ダディ。
こちらの彼は、淡雪講社の青少年向け雑誌、幻想華の編集長だ。
三人目は、小杉(こすぎ)でっていう。
彼は淡雪講社の社長にして、総合編集長であった。
やる夫と三人は、淡雪講社の会議室にて頭を付き合わせているのであった。
そして、その卓上には、美筆やらない夫の秘蔵の原稿があったのである。
口を開いたのはまず、オプーナであった。
「ひととおり、ざっと読ませてもらった。
たしかに素晴らしい作品だ。
だが、残念だが、やはり青い鳥かごに出すには対象年齢が合わないな。」
わかっていたとはいえ、もともと【青い鳥かご】の編集であるやる夫は内心がっかりしてしまった。
うまくいけば、青い鳥かごで、やる夫が担当のまま掲載にこぎ着けるという淡い期待もあったのだが。
次に口を開いたのは、ダディであった。
「うちの幻想華でなら、対象年齢もぴったりだし、作品自体の完成度も高くて、俺としては喜んで載せたい。
ただ、ページの空きがな…。」
困り顔でダディは腕を組んだ。
雑誌において、ページ数というものはそう簡単に変えられるものではない。
それは値段に直結してしまうし、製本の制約で一度増やそうとすれば一気に16ページも増えてしまうのだ。
気軽に増やせるものではない。
最後に、話を聞いていたでっていうが口を開いた。
「うん、確かに、この作品はぜひ載せたいっていう。
だけど残念ながら、やる夫くんの担当している青い鳥かごじゃなくて、幻想華だな。」
でっていうの言葉に、やはり内心がっかりしたが、やらない夫の作品が世に出る好機を逃すわけにはいかない。
「そっ!それで構わないですおっ!ぜひとも世にこの作品を発表したいんですお!」
やる夫の言葉に、でっていうは頷いた。
「よし、じゃあ、一旦飯休憩にしよう。
午後イチからまた細かい打ち合わせをしていこうじゃないかっていう。
やる夫君もそれでいいかい?」
「は、はいですお!
それで!」
「よし、きまり。
じゃあ、また午後イチにきてくれ。
俺たちはもうちょい話してから休憩するから、やる夫くんは先に休憩はいんな。」
「ありがとうございますお!
そ、それでは一旦失礼いたしますお!」
やる夫は、勢いよくあたまを下げてから会議室を出た。
(やった!やったぁ!
先生の作品、雑誌にのるんだお!
幻想華だから、あの原稿の作品関われないけど、先生の価値がみとめられたってことだお!!先生!万歳!)
やる夫は、字のごとく浮き足だちながら、廊下をあるいていった。
しばしたち、食事を済ませてきたやる夫は、早足で再び会議室に戻ろうと廊下を急いだ。
「お待たせいたしましたおっ!
新速出、戻ってまいりましたお!」
意気揚々と扉をあけると、そこには先ほどの三人の他にもう一人待っている人物がいた。
会議室の椅子の一つに座り、例の原稿を読んでいたが、やる夫に気づいたのか顔を挙げた。
「よう、やる夫。」
「んげ…っ、で、できない夫!」
そこにいたのは、比布出(ひふで)できない夫。
やる夫の同期の、幻想華の編集担当のメンバーであった。
「そんな嫌そうな顔するなよ。
仲良くやろうぜ?やる夫」
にやりと笑ったできない夫だったが、心は既に作品へ没入しているらしく、視線はすぐに原稿へ帰っていった。
「幻想華での担当は、比布出君だ。
新速出君、彼を先生に紹介してくれ。」
幻想華編集長のそう言われては、やる夫は断れない。
やる夫は渋々ながら頷くしかなかった。
★★★
そんなこんなで、やる夫とできない夫の二人は汽車に乗りこみ、二駅先の三ノ巣を目指すこととなった。
先日の雪は、もう北側の影にすこし残る程度に溶けていて、列車の運行は滞りない。
ボックス席に向かい合って座り、できない夫はずいぶん上機嫌、一方のやる夫は少々複雑な面持ちであった。
「いやぁ、感激だ。
これから美筆先生にお会いできるなんてな。
心踊るよ。」
「な、なんか、浮かれてるおね。」
「そりゃあ、もちろん。
俺、美筆先生にお会いできるんじゃないかって下心もあって淡雪講社に就職したんだからな。
念願かなうとなれば、浮かれもするさ。」
それを聞いたやる夫は、ますます複雑な顔をした。
「そんな顔するなよ。
前にもいっただろう?
俺、美筆先生の作品大好きなんだよ。
いままで出版されたやつは、だいたい持ってるくらいだぜ?
それが、担当者になれるなんて、こんなに嬉しいことはねぇな。
しかも、あの幻想華に載せる予定の原稿…。
珠玉の作品に関わらせて貰えるなんてなぁ…。」
できない夫は半分独り言のようにいいながら、うっとりとため息をついた。
窓のそとは冬の田園風景が広がっていたが、彼の目には桃源郷の花畑にでも見えているのかもしれない。
「それで?
実際のところ、美筆先生ってどんな方だ?」
「大変頭のいい、優しくて穏やかな人だお。
塾を開講していて、子供たちにもすごく懐かれていて…。
博識だし、物腰は上品だし。
ちょっと体は弱いところもあるけど、昔ほどではないって聞いたお。
ちょっとまえまで月一でアップアップしてたけど、最近は筆が乗ってきてて、調子が上がってきてるんだお。」
「ふぅん、いいじゃん、いいじゃん。
お会いするのが、本当に楽しみだなー。」
鼻歌さえ歌いそうな雰囲気で、できない夫はニコニコ笑う。
二人は二駅分列車にゆられたあと、無事に三ノ巣の駅に降りたった。
「できない夫、こっちだお。」
「おう。」
やる夫の案内で、できない夫は街の中を進む。
道順を覚えるためか、できない夫は少しキョロキョロとあたりを見渡しながら歩いていた。
「もう先に連絡はしておいたから、すぐお会いできると思うんだけどお。
あ、あそこだお。あの突き当たりの角のお家だお。」
「おお!あそこか!」
やる夫が美筆塾の看板がさがる家を指さすと、できない夫はすぐさま身だしなみを確認し始めた。
小さな手鏡を取り出して、ネクタイが曲がっていないかと確認さえしていた。
「念入りだおね。」
「とぉーぜん。さて、準備は整った!
いざ!」
できない夫は、るんたったと足取り軽く美筆家に歩いていく。
やる夫はその隣を、あまり気乗りしない顔で歩いていった。
「ごめんください、ご連絡していた新速出です。」
『あ、はい、お待ちしてました!
新速出編集!』
やる夫が声をかけると、すぐさまやらない夫の声がかえってきた。
きっと今か今かと待ちわびていたのであろう。
やらない夫の顔が現れた時、やる夫の顔は一瞬にしつパッと明るくなったが、すぐにずいと前に体を押し込んでくるものがあり、視界は遮られた。
「美筆やらない夫先生!
初にお目にかかります!
自分は、比布出できない夫!
よろしくお願いいたします!」
できない夫は勢いよく、深々と頭を下げた。
やらない夫は少々その勢いに押されぎみながらも、笑みを浮かべた。
「寒い中を遠路はるばるありがとうございます。どうぞ、中へおはいりください。」
「はいっ!
ありがとうございます!」
「み、みたことないくらい、溌剌(はつらつ)としてるおね…。」
居間に通された二人は、美筆と座卓を挟んで向かい合って座った。
二人の前にはお茶が置かれ、やる夫はさっそく経緯を説明した。
「…という訳でして、預からせていただいた原稿は、青年向け雑誌の幻想華に掲載することになったんですお。
こちら、淡雪講社の、幻想華担当編集、比布出できない夫ですお。」
やる夫に紹介され、できない夫は一つお辞儀をしてから自己紹介をはじめた。
「美筆やらない夫先生、初めてお目にかかります。
ご紹介いただきました、比布出できない夫ともうします。
淡雪講社では、青年向け雑誌の幻想華の担当をさせていただいております。」
「ご丁寧にどうもありがとうございます。
比布出できない夫編集。
作品のほう、よろしくお願いいたします。」
「はい!それはもう、間違いなく!
あれは間違いなく、人の心を打つ作品です!
大船に乗ったツモリでいてください!」
できない夫は、どんと胸を叩いて見せた。
「そこまで言ってくださってありがとうございます。
あの作品は私も深い思い入れがある作品なので、安心してあずけられます。」
やらない夫も、そんなできない夫に信頼を寄せたようだった。
そんな雰囲気のなか、できない夫はふと顔を曇らせた。
「俺、実は従軍経験がありまして。」
それを聞いたやらない夫は、ハッとした顔をした。
「そうでしたか。お勤めお疲れ様でございます。」
やらない夫の言葉に、できない夫は頭を下げた
。
「ありがとうございます。
世界大戦時は、大陸にも出兵いたしました。
戦は誉れと国はうたいますが…。
戦場はひどいものでした。
先ほどまで共に飯をくっていたやつが、凶弾に倒れ、先ほどタバコの火を共有したやつが、銃剣で刺突されて死んでいくのです。」
できない夫は、とても悲しげだった。
「戦争が終わり、復員したものの、どんな仕事も長続きしませんでした。
いつも、戦争の景色を思い出してしまうんです。
警告が聞こえた気がして、なんど夜中にとびおきたか。」
「それは、お辛かったですね…。」
やらない夫も悲しげな表情になる。
しかし、そこでいきなりできない夫の顔は明るさを取り戻した。
「そんなとき、転機が訪れたんです!
本屋でたまたま、先生のご本を手に取りまして、それで、気持ちが洗われたんです!
世界はこんなにも美しいものがあるって思い出させていただいたのは、まぎれもなく、先生の作品によるものでした!」
できない夫はバッと座卓の横に回り込み、手のひらをしっかり畳につけ、がばりと頭を下げた。いわゆる土下座である。
「先生、その時から、お会いしたかった!
作品の熱心な愛好者を通り越して、先生、貴方ご自身を、心よりお慕い申し上げております!
つきましては、お許しいただけるのであれば、この不肖、比布出できない夫と、お付き合いいただないでしょうかっっっっっっ!」
高らかな宣言を聞き呆気にとられたやる夫とやらない夫は、
「「えええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!???????」」
すっとんきょうな悲鳴をあげるしかできなかったのだった。
つづく