ツイステッドワンダーランド 短編
念願だったナイトレイブンカレッジに入学してからの日々は、驚きの連続でそれ以上に楽しかった。もちろん勉強は難しいし、寮の規則は予想より不可解で完全に理解できないものも多かった。それでもこの学園の生徒の中できちんと胸を張れる優等生に、母さんに誇れる息子になると息を巻いて頑張っているつもりだ。そして彼、デュースにはこの学園で得た唯一無二の友がいる。
ひとりはデュースの所属するハーツラビュル寮の同級生エース。捻くれたところのあるやつだが、器用で世渡り上手。時折イラっとする言動がないわけではないけれど、それ以上に頼りになったし何事もコイツには負けたくないと思わせてくれる奴だった。
一匹はこの学園に迷い込んだ魔物グリム。破天荒な性格で入学式からコイツのせいで大騒ぎだった。一時は退学処分の危機にも巻き込まれて肝を冷やしたこともある。トラブルメイカーで手のかかる魔物だったけれど、それ以上に放っておけないやつだった。そして最後の一人は。
「デュース」
慣れ親しんだ声に、不意に名前を呼ばれて彼は振り返る。そこには小柄な生徒がひとり立っていた。ひらりと手を上げデュースに若干柔らかな笑みを向けてくる。地味な黒髪の、一見目立たないその人物は彼の友のひとりだった。
「監督生、どうかしたのか」
「いや……、見かけたからついね」
そういって黒髪の間から、賢者の石を思わせる赤の瞳を覗かせる。オンボロ寮の監督生であるその人物は魔法が使えず、さらには勉強していないというよりは、この世界においてまったくの無知だと感じさせるヤツだった。どこで生活していたのか分からないが、魔物であるグリムと同じくらいに常識にも疎い。
けれども勉強は真面目にするのか、はたまたエースのように要領がいいのか。少なくとも監督生の座学のテストの点数はデュースよりも良好だ。
「何してるのかなぁ、って」
「僕は今から部活に行くところなんだ」
ふうん、と監督生は僕の答えを聞いておいてそれ以上を言わない。入学してからの数か月、結構な時間を一緒に過ごしているけれども、デュースは監督生という人物がつかめていなかった。ミステリアスと言えば聞こえがいいが、口数は少ないしとても不愛想だ。
けれどもデュースは監督生をマブダチと評する。普段はこうでも、魔法が使えなくても監督生は他のふたりとデュースと並べるほど逞しい。そして間違いなく友人想いの奴だった。
「これ、あげるよ」
ずいと差し出された拳の下に掌を差し出すと、チョコレートの包みが転がり出た。エネルギーの補給は大事だから、と薄く笑った監督生に彼は礼を述べる。
「ありがとう」
監督生を始めとして、友人たちは本当はいい奴らなのだ。三者三様で性格も考え方も全く違うが一緒に居て気楽だった。コイツらに出会えてよかったと心の底からそう思う。
彼らのおかげで学校生活が楽しいのだし、どんな苦難も乗り越えられると信じている。壁だろうとなんだろうとぶち壊して、勝利に向かって進めるのだと信じて疑わない。
「監督生はこれからどうするんだ」
「ん……、さぁね」
だがその信じて進んだ道の先には何があるのかと、時々デュースは不安になることがあった。特にこの監督生に関してがそうだ。デュースの問いに監督生は明確な答えを残さない。この掴みどころのない性格も相まって、いつか煙のように居なくなってしまうんじゃないかと考えることがあった。
一緒に学園生活を送る姿は想像できる。監督生に勉強を教えてもらって、バカやってるところを諫められて。きっとこれからも当たり前のようにそうだ。今までがそうであったように、これからも変わりない日常があるんだと漠然と思うことはできる。
「デュース」
監督生の声は透き通る、まるで消えてしまいそうな程に。ぞわりと胸が騒いでデュースは思わず息を堪えた。
……本当に時々、不安になるだけなんだ。エースは簡単に、グリムもどうにかしてこの学園を卒業して生きていく未来が想像できる。僕は警察官になれるように努力する。だけど監督生がこの学園の外でどんな生き方をするのか分からないんだ。
「それじゃ」
闇に溶ける夕日のような眼差しがデュースを逸れて見えなくなる。頼りない体がデュースから遠ざかってどんどん小さくなっていく。きっとオンボロ寮に戻るだけのはずだが、そうとも言い切れないのが言葉にならない気持ちを作る。
かつて僕の夢を応援すると言ってくれた大切なダチだ。未来にあるはずのダチの幸せを、理由もなく想像すらできないのはどうしてなんだろうか。
手の届かない後ろ姿に聞いてみたくて友を呼ぶ
「……監督生」
僕たちは一緒に大人になれるよな。