ツイステッドワンダーランド 短編
ダルいから次の授業さぼろーっと。気だるげに首を鳴らしながら中庭を歩く彼が、その思考に至るまでに過程は存在していない。思いついたからそうする。
彼の双子の兄弟ジェイドであればきっと、セケンテイ? タテマエ? だとかそういうものを加味して授業に真面目に出るという選択をするのだろう。だが彼、フロイドは違う考えを持つ。未来のために今の自分を誤魔化し、本当に保証されているのかも分からない”何時か”のために嫌なことばかりを積み上げることに何の意味があるだろう。
アズールに叱られないか、ジェイドに面倒くさく絡まれないかだけをほんの頭の片隅に置くのだとしても。それを重要視して行動を決めることはない。今、素直でいられることがフロイドにとっては重要なのであった。
なぁにしよっかな。
サボる、のならば。木の上でぷらぷらと足を垂らして昼寝だとか……。身体は無気力で満ちているからエネルギーを使いたくない。そのようなことを考えていると何気なく脇の木陰に、見知った気配を捕らえて視線をやる。
「あは……っ」
蹲った小さな背中を認識し、彼の黄金色の瞳が悪戯めいて光る。最近見つけた楽しいオモチャ。からかうとビクっと小さい身をますます縮め、それでいて変なところで肝が据わった。魔法すら使えない不思議な子。
「小エビちゃんだぁ」
小エビちゃんと一緒に遊ぼーっと。そう決めた彼はこっそりと気配を消して彼女の近くへ歩み寄る。いつもみたいにギューッと締めたらどんなカオすんだろ。その時々によって違う反応を見せる彼女の表情は楽しいから、いつも見ていて飽きない。大きく手を広げて、驚かせるために彼は彼女に影を落とす。
しかしその腕は彼女を捕らえることなく、下げられてしまう。
「……小エビちゃん」
「フロイド、先輩……?」
「どうしたの、それ」
彼女を視界に捕らえた時の理由のないわくわくは音もなく消える。フロイドは意図せず、目の前の光景に声色が低くなった。生垣の奥、大木の木陰しゃがみ込んでいた彼女の目は怯えと取り繕えていない動揺の色。
「何でもないので……!! ちょっと鞄が破れちゃって、学園長が支給してくれた鞄、もう前からボロだったから」
いつになく、妙に饒舌に喋る。彼女が小さな手で覆えもしないのに隠そうとしているのは引き裂かれた、形を成していない鞄と教科書。見るからに彼女の言葉が虚言だと分かる、切り口をみれば魔法でつけられた傷だと一目瞭然でわかるもの。
誰がそんなことをしたのか、そんなことはどうでもいい。魔法も使えないくせに、目立ちたがりで目に余る……。そんな負け犬の遠吠えは至る所で耳にした。どうせ誰か彼女を疎む雑魚にやられたのだろうということは簡単に察せる。簡単に誰にでも、稚魚にすら至れる解を彼女は偽ろうとする。
「見なかったことにしてください、フロイド先輩。こんなダサいのエースたちに見られたくないので」
馬鹿みてぇ、とフロイドは思う。そんなことのためにこんな理不尽に対して笑っているつもりだろうか。彼女自身ではどうしようもない鞄のきれっぱしを握りしめて手を震わせているくせに。大きな真珠みたいな瞳に溢れんばかりの塩水を溜めている。怒っても悲しんでもおかしくない物事を、その小さな体に押し込めていったい何になるのだろう。
こんなことまでして、タテマエのために笑ってなきゃいけねえわけ?
「馬鹿じゃん、小エビちゃん」
馬鹿でちっぽけな、魔力のかけらも持たない無力な小エビ。戦うすべもなく、できるといったら泣きわめくことくらいだろうに。それすらできなかったらどうなるだろう。言いたいことも吐き出したい感情も苦い魔法薬を飲み込む様に鼻をつまんで飲み下して。そしてフロイドにそんな崩れそうな姿を見ても見て見ぬふりをしていろと。笑わせる冗談だ。
「……オレに指図してんじゃねえよ」
フロイドは考えるよりも先に、壊れそうな小さな体を抱きしめる。ぎゅう、と締め上げて彼女の姿が他から見えないようにその場に腰を下ろす。立っているとどうしても目立つが、座ってしまえば生垣に埋もれて彼らの姿は他からは見えないだろう。
「ふろいど、先輩。何を……」
「なんでオレが、小エビちゃんの言うこと聞かなきゃいけねえの?」
黙ってやる義理もない、慰める気もないし、この子のために自分が何をするわけでもない。しかしかといって気に入らない理不尽を呑む気はない、叩き割ってもいい。だから自分に良いように、フロイドは彼女を抱きしめる。触り心地が良いからそのフワフワの髪を撫でてやる。
「黙っててほしいならさあ、オレと授業サボって。勝手にどっか行ったら締めるから」
監督生と何処かから彼女を探し、呼ぶ声がする。フロイドは長い腕を回して彼女の両耳を塞ぐ。今この時間は自分の腕の他、この子を縛り上げるものは必要ない。オレの可愛いオモチャ、珍しく自分の中に縋りついてしおらしくしている彼女を取り上げられないように抱きしめておく。
小エビちゃんの身体あったかい……、気持ちいからこのまま寝よーっと。そうやって今日も気ままにフロイド・リーチの何気ない時間が過ぎていく。