ツイステッドワンダーランド 短編


 そんなことを言われるのは心外だった。

 先輩や先生たちに対してはもちろんだが、同級生や後輩にも気を配るように心がけていた。全寮制の学園生活なのだ、トラブルひとつ、人間関係の拗れによって過ごしにくい環境になるのは真っ平ごめんだと彼は考えている。

 だからこそトレイ・クローバー個人の振る舞いだけではなく、例えば幼馴染の言動に対するフォローをいれるだとか、手のかかる後輩たちの面倒をみるだとか。周囲が円滑に回るようにも気にかけてきた。

 だから、このような言葉を掛けられる謂れはないというのに。その人物はトレイに対し、この世のものならざる何かを見る眼差しで言った。

「……先輩が怖いです」

 彼に対してそう発言をしたのはオンボロ寮の監督生、トレイよりも二つ下の学年の生徒である。"魔法が使えない"という魔法学校においては特殊な人種だが、個性的な人間溢れる学園の中では決して人間性に問題があるとは思わない。むしろ珍しく協調性のあるタイプの人間だった。彼の所属するハーツラビュル寮の問題児、エースとデュースと一緒に居るところを頻繁に見かける。ハーツラビュルに遊びに来ることも少なくはない。

 それもあって、校舎内でも監督生の姿は目についたから彼は良く声をかけた。うちの問題児と仲良くしてくれているという点では親しみがあったし、何より入学早々の事件で関わりもできてしまっていた。トレイとしては同寮の後輩たちと同じ程度には可愛がっているつもりでいたのだ。時にはケーキを馳走し、はたまた勉強を見てやることも間違いなくあった。慕われこそすれ、恐れられる理由がどこにあるのか。

 ――――いったい、俺の何が怖いんだろうな。

 自身の行いを振り返ってトレイは考えてみる。……そこまで怖い顔をしているつもりはないんだが。

 きつい表情をしてしまっているのなら改めるべきかもしれない。しかし自分と比べると幾分マシになったとはいえ、リドルの方が怒りで顔を真っ赤にしていることのほうが多いはずじゃないか。それに他にもマレウスとか、お近づきになるには覚悟がいる奴だっているだろう。

 雰囲気や口調に至ってはもっと分からない。この学園で監督生と面識があるやつと自分を比較しても、他の奴らのヤバさには到底敵わないと思う。何故彼らを差し置いて、監督生はトレイのことを怖いなどと言うのだろうか。

 嫌われるのは本意じゃない。トレイは眼鏡の奥で目を伏せながらそう思う。監督生はトレイにとって妹のように可愛いと思える存在だ。魔法が使えないというハンデを持ちながらも、あのエースとデュースと対等に渡り合えるだけの口達者さを少し気に入っている。

 だからこのまま、訳も分からず遠ざけられているわけにはいかない。トレイは偶然を装って、菓子を土産に監督生と顔を合わせることにした。

「あぁ監督生か、ちょうどいいところに会ったな」

「……トレイ先輩」

「シュークリームを作りすぎたんだ。よかったら貰ってくれないか」

 そういってトレイは箱一杯に詰めたシュークリームを監督生に手渡す。グリムと一緒に食べるといい、とできる限りにこやかに微笑みかける。監督生は決してトレイの贈り物を拒まなかった。しかしトレイの微笑みを見て、ぎゅっと唇を真一文字に結ぶ。そしてぎこちなくトレイから視線を逸らすのだ。

「あ、ありがとうございます……」

「どうした、浮かない顔をしているがシュークリームは嫌いだったか? それとも何か困りごとがあるんじゃないか」

 監督生の一瞬の表情の翳りを、これまで数多くの人間に応対し、適切に対処してきたトレイが見逃すわけもない。すかさず彼は言葉を継いで、監督生に対して畳みかけていく。

「俺でよければ話を聞くよ。まぁ、助けになってやれるかは分からないけどな」

 さりげなく監督生の肩に手を置く。すると彼は、ひゅっと監督生が息を呑んだのが分かった。なんだ、そんなに威圧的だったか。そう思って慌てて手を引っ込める。

「ああ、悪い……。俺のことを怖いって前に言ってたよな」

 監督生は硬直したまま言葉を吐き出した。

「怖いに決まってますよ、そんなの」

 じっと上目遣いにトレイを見ながら監督生は断言する。……さすがに、面と向かって言われると俺だって傷つくんだけどな。苦笑してしまうトレイを睨み、監督生はきっぱりと言う。

「トレイ先輩といると私、絶対甘やかされてダメになります」

「え?」

 どういう意味だと問い返す前に、頬を赤く染めた監督生はぴゅうっと脱兎のごとく逃げ去ってしまった。後に残されたトレイは監督生の言葉を噛み締めて、その真意を探ってみる。やはり全くもって心外だと思わざるを得ない。

「……はは、まいったな」

 監督生が口にした彼への恐怖の理由に対し、困り顔でトレイは頭を掻く。簡単に状況をまとめた上で、トレイは彼の結論を心中でぽつりと呟いた。

 ――――俺にとってはその方が都合がいいんだが。
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