ツイステッドワンダーランド 短編


 硝子を叩く雨は気が付けば激しさを増していた。昼日中だというのにも関わらず、水滴を貼り付けた窓の外には闇が覆っている。曇天の中からは低い唸り声が聞こえた。精神の集中を遮られて彼は分厚い参考書から顔を上げる。

 酷い天気だ。そう思い彼、リドルは顔を顰める。外にいるハリネズミやフラミンゴたちはこの雷鳴に怯えてはいないだろうか。仮に寮生たちが檻の鍵を閉め忘れていたなら大変なことになる。万が一にもそんなことはないだろうが……。

 ほんの少し、ティースプーン一匙程度の不安が胸の中で開くと、訳もなくそれが気にかかった。彼は歪みなく整列した文字を追うことをやめ、ぱたりと本を閉じた。女王のマントを羽織って部屋を後にする。静々と歩を進めた先、ハーツラビュル寮の談話室へと辿り着くと、ある人物を目に留めて立ち止まる。

 天気のせいか、室内の照明がいつもよりも薄暗く感じた。談話室にはぽつんと一人の生徒が立っている。その人物はこの寮内に居ながらハーツラビュルの寮服ではなく、ナイトレイブンカレッジの一般制服を身に纏っていた。ちら、とその人物の視線がリドルの方を向いて振り返る。

「こんにちは、リドル先輩」

「監督生じゃないか、エースとデュースのところに来ていたのかい?」

「ええ、そうです」

 ご挨拶が遅れてすみません、と監督生と呼ばれた生徒はリドルの言葉を肯定しつつ頭を下げた。そしてリドルを見つめ、困った様子で微笑む。

「用も済んだし、もう帰ろうと思っていたのですけど。……でも酷い雨ですから」

 そう言って赤を基調とした談話室の窓を除く。彼の身の丈の倍ほどあるアーチ窓の外は黒々とした雲が立ち込めて、雨が土砂のように降り注いでいた。雷鳴が先ほどよりも近く聞こえる。リドルは監督生の言葉の先を察して納得したように手をひらりと振る。

「それなら雨よけの魔法を……、ああ。キミはそうか」

 打開策を打とうとして、言葉を言い終える前にリドルは口を噤む。それが使えるならば苦労はしない。監督生はそれを行使する魔力がないからここで雨宿りを強いられているのだろう。リドルの言葉に首を縦にふり、監督生と呼ばれた人物は再び窓の外に視線を向ける。

「雷も近いですね。……リドル先輩は雷は平気ですか?」

「ボクを誰だとお思いだい? 子供じゃないんだ、雷に怯えたりはしないよ」

「自分は、子供の頃は怖いと思ってました、雷の音。……母が、カミナリ様におへそを取られてしまうよと言っていて」

 監督生の言葉を聞き、リドルは思わず怪訝な顔をする。そんな話はどんな本にも載っていなかったし耳にしたこともない。雷が臍を取るだなんて、非現実的なことがあるものかと眉をひそめた。

「……何だい、それは」

 目を細めて昔を語る監督生の発言が不可思議で、後も先も考えずにリドルは問うた。監督生は窓に視線を貼りつかせたまま、リドルの言葉に答える。雨が窓を叩き、雷が轟く談話室。決して静かだとは言えないのに、監督生の声は不思議と澄んでよく通った。

「迷信です。……私の故郷の、古いお話」

 ピシャン、と監督生の言葉の終わりと同時に談話室内に光が満ちる。リドルはその眩い雷光の中でも、監督生の顔から目を逸らせなかった。

 先ほどまで微笑みすら浮かべていた監督生の表情は、まるでこの空の如く曇っているようだった。それどころか錯覚か、頬には涙を滴らせているようにも見えた。いつも前向きだと感じるその眼差しには言葉にはできない悲しみが滲む。

「キミ……」

 ハッとリドルが息を呑むのもつかの間、光は潰え部屋には元の色調が戻る。同時に談話室の扉が勢いよく開いて騒々しい何かが飛び込んで来た。あっ、と何かを察したようで監督生は目を見開く。リドルの視線は、あまりの騒々しさに監督生から逸れ扉の方へと向かった。

「あー、マジで酷い雨……、全身ずぶ濡れだわ」

「すまない監督生、待たせてしまって……」

 濡髪を整えながら二人とも談話室に足を踏み入れる。発言の通り、部屋に入って来たエースとデュースの寮服は雨のせいかびしょ濡れだった。床にぽたぽたと雨雫を滴らせる姿を見てしまうと、リドルの意識の矛先はそちらへと向かってしまう。

「お前たち! 一体何をしていたらそんなにびしょ濡れになるんだ!」

 リドルが叱責を飛ばすとエースもデュースも慌てた様子で、何やらごにょごにょと言い訳を始める。……全く、事と次第によっては首を撥ねることもやぶさかではないよと、そんなことを考えながら一度だけ監督生を振り返る。

 全てがいつもの色に彩られた部屋の中では、監督生の頬に涙などなかった。
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