ツイステッドワンダーランド 短編



 明日はどのように過ごそうかなどという無意味な考えを拭った。彼、ジェイドは静かに視線を落とす。

 冷たく張り詰めるは血と同じ赤色。どんな時でも、遠くとも分かるその姿には、いつも変わらぬ凛麗さを見た。彼女を友人と認めて距離を詰めようとする者たちまで突き放そうとする容赦のなさがあるから、傍から眺めているともう少し器用に生きてもいいでしょうと思わされてしまう。

 日の下にある時、彼女は心を晒すような真似はしない。たとえそれが心を許し、沿うことを許したジェイドにであっても。彼女が何を恐れているのかは知らないが、ジェイドが口を出したところで自らの意見を曲げるような人ではない。いつだって彼女は己の決め事を順守する。

 ――――だから、一抹の寂しさすら覚えるのですけれども。

 心を許されているジェイドだって人目のある場においては素っ気なくあしらわれるのだから、他の者はもっと取りつく島もないだろう。せっかく彼女のためを思い掛けられた計らいにも、情にだって彼女は目を掛けることはしない。それは情けを掛けた者のほうが傷つき、あんな奴には二度と関わるかと思わされても仕方のないほどの所業。

 彼女の不器用さを見ていると、もっと首元を緩めてもいいのではないかと思う。だが、その締め付け具合こそがジェイドにとっては心地よいものだったりする。彼女の首を締めるも緩めるも、ジェイドの指先でなければ触れることすらかなわない。現実が堪らなく愉快で口元が緩むのを感じる。事実を確かめたくて歩みを故意に止めた。

「待ってください、監督生さん」

 夜の中に消えゆく姿に声を掛けた。ローファーが土を滑る音がして彼女が振り返る。星影の下に置いて彼女はジェイドにだけは振り返り、どうしましたかと。彼に人並みの体温を持って微笑んだ。

「もう少しだけ、僕に貴女の時間をください」

 ジェイドの問いかけに彼女の表情がわずかに顰められる。この顔はどうして急にそんなことを言いだしたのだろうと疑問を抱いているのだ。先ほどまでも十分に言葉を交わしたのではないかと言いたげに見える。

「……どうしたんですか?」

 いつからそれが手に取るように見えるようになったか。彼女の表情は一見不機嫌そうに見えるけれども、決してそれが真実ではない。どうしてジェイドがその発言をしたのか、推し量ろうとする眼差しにすぎない。

 はてさていったいこの眼差しをどうして冷たいと評することができるでしょう。そんなことを考えながら、ジェイドは目を細めて答えを述べる。

「きっと明日は、僕と会っては頂けないのでしょう?」

 決して会えないわけではない。ただ、彼女が許してくれないだけで。

 明日は学校もモストロ・ラウンジも開くことのない完全なる休み。こういうときこそふたりきりで出かけるに最適なはずなのに、その未知の領域に踏み込むことを今でも彼女は許さない。ジェイドとの関係が伏されているからだ。

 そのくせ明日の彼女は同寮の魔物やハーツラビュルの友人たち……。本当の彼女のことを知りおいているかも分からない者たちとの時間を過ごすのだろう。つがいであるジェイドを差し置いて。

 そのような彼女の行いをにこやかに笑って許していられるわけではない。だが口を挟まずにいられるのは、あくまでも本当の姿であってくれるのはジェイドの前でだけだという。たったそれっぽっちの確証があるからだ。

「今宵は時間を気にしないで良い夜ではありませんか。僕に休息を与えてくださっても良いのでは」

 夜の闇に溶ける深緑は張り巡らされてジェイドと彼女を隠してくれるから良い。ジェイドがそっと彼女の方へ手を伸ばす。木々はどこまでもジェイドと彼女の味方であった。夜空と木々の中にいるとふたりはいつも誠実さを持って向き合える。

「……構わないでしょう?」

 念を押すように微笑みを浮かべてジェイドが目を細めた。ジェイドが差し出すのは手だけではない。彼女が偽りなく心を差し出すための受け皿。

 無論、ジェイドにとって彼女との時間が有意義であることは紛れもないことである。対して隠すのが上手な彼女にとってはどうか、彼女の安息の地はこの世界においてどこであるのか。今となってはジェイドはその場所を確信し、その答えを信じている。

 風にさざめく木の葉の揺れが柔らかな調べを奏でる。風は彼女の眼差しには劣る涼しさでジェイドの伸ばした指を舐めた。目に映るこの世のものならざる赤は一瞬大きく見開かれて、そしてゆるやかに閉じる。

「……寝そびれても知りませんよ」

 土が蹴られた音がする。ざりざり、とわずかな音を立てて気配が戻ってくる。

 分かっていました。ジェイドはそうやって胸の中で言葉を吐きながら、それでも安堵で胸を撫で下ろす。彼女が行くべき道を戻ってジェイドの傍へ歩み寄る。ジェイドでは生み出せない籠った熱の感覚が手に触れるから、彼は掴んで手繰り寄せる。

「僕がそうして欲しいのですよ」

 たとえ寝そびれたとて。今を無下にして、取るに足らない明日を気にかける必要がどこにある。願わくば彼女との一分一秒を。

 今宵は詮索の光もない美しい夜だ、繋ぎ合わせた手が朝を拒む。今この時、他でもない今こそが最も心躍る時間なのだから。
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